517.ブッキング
517.ブッキング
ブルーリングへ帰ってきて1週間が過ぎた。
この間は、チビさんへコボルトのお礼に酒を持って行ったり、瞬歩の修行に精を出したりと、溜まっていた件を精力的に片づけている。
そうして当面の諸々を終えて自宅の庭で瞬歩の修行中、何気なく出た愚痴へ共に修行していたアシェラが口を開いた。
「オレの国外追放があけて、もう直ぐ半年かぁ。そろそろカムル王子の所へ顔を出さないとなぁ。あんまり放置して、前みたいに難癖をつけられても面倒なんだよなぁ」
「うん、それが良い。貴族の諸々は、正直 良く分からない。何か言ってくる前に、対処した方が良い」
「そうだよなぁ。問題はグレートフェンリルか。アイツ等、準備が出来たら直ぐにでもフェンリルを呼べってウルサイし……留守にするのもなぁ。どうした物か……」
実はブルーリングへ帰る際、「王直々の頼み」と言うパワーワードで泣きつかれた件があるのだ。
それはフェンリルの件。ヤツ等からすると、やはりフェンリル降臨は何においても優先する事案らしく、「体制を最速で整える。アルド君には申し訳無いが、その際にはフェンリル様へ再度の来訪を打診してほしい」と、王直々に釘を刺されているのだ。
「マナスポットへ話しかければ、私の精霊に聞こえますので、フェンリル様へ伝えるよう言ってありますよ」と、遠回しに断ったのだが、どうやら今代の使徒がフェンリル降臨の立役者であると周りに誇示したいのだとか。
父さんとエルからしても使徒の宣伝は渡りに船らしく、全面的に協力するよう厳命されている。
「国の制度なんて、そう簡単に変えられないだろうに……早くて数ヶ月はかかるはずなんだけどなぁ。うーん……アシェラ、やっぱりグレートフェンリルに行ってくる。直接 スケジュールを確認した方が早そうだ」
「むぅ、ボクも付いていく?」
「大丈夫だよ。あっちはフェンリルの件で手一杯だからな。悪巧みをする余裕は無いよ。それに予定を聞いたら直ぐに帰ってくるつもりだし」
「……分かった」
アシェラの少し心配そうな顔を背に、早速 領主館へと向かっていく。
実は瞬歩の修行だが、既に行き詰っていたりする。理由は簡単で、ネロがルイスと一緒にティリシアへ戻ってしまったからだ。
当然ながら、オリハルコン入りの靴もネロが持っていったわけで、今はアシェラと一緒に足からウィンドバレットを出す以外 やる事が無い。
既に超特急でボーグにオリハルコン入りの靴を頼んであるものの、早くて2週間はかかると聞いている。
どうせなら、この空いた機会にカムル王子への挨拶を済ませてしまえれば、と言うわけだ。
早速、アオにグレートフェンリルの王都へ飛ばしてもらうと、そこには数人の神官達がマナスポットに祈りを捧げていた。
『うわ!』
『あ、驚かして申し訳ありません。私はアルド=ブルーリングと申します。陛下か宰相、若しくはドーガ殿下に会いたいのですが……』
『あ、アルド=ブルーリング様……今代の使徒様のお名前……わ、分かりました、直ぐに手配致します。少々お待ちください』
『ありがとうございます』
いきなり飛んで申し訳なかったかな……しかし、神殿関係者にオレの名前は知れ渡ってるのか。
しょうがない事とは言え、いつまでオレが使徒だと秘密にしていられるのだろう。フォスターク王国に知られたら、なし崩しで独立になるのだろうか。
各種族に同盟を締結するよう動いている以上、どうしようもない事ではあるのだが……そう遠くない未来に、漠然とした不安を感じるのであった。
◇◇◇
30分ほど待たされた所でドーガがやってきて、今は王城の客間の1つで向き合っている。
『今日はどうしたよ?』
『ちょっとフォスタークの王都へ行く用事があるんだ。こっちの時間がまだかかるなら、先に済ませようと思って進捗を聞きにきた』
『なるほどな。使徒様にはジッとしてる時間は無いってか。しかしフォスタークの王都ねぇ……因みにどれぐらいかかる予定だ?』
『うーん……先触れを出して、返事を貰ってからになるだろうからな……向かうのは2週間から1ヶ月後って所だな。そこから王都へ向かって、話をするとして……賞味2ヶ月って所か』
ドーガは一転、難しい顔で眉根を寄せている。
『2ヶ月か……先触れを出した時点で、日程の変更は出来ないよな?』
『ああ。相手はフォスタークのカムル殿下だ。先触れを出して予定を合わせてもらう以上、やっぱり行けませんは通じない。申し訳ないが、こっちの件は全て終わってからになる』
『そりゃそうだよな……参ったな』
『どうした? 法の整備なんて数か月はかかるだろう? ヘタすると年単位じゃないか?』
『普通はそうだ。だがな、今回はフェンリル様 御光臨の案件だ。親父も諸侯も、宰相まで必死になってこの件を纏めてやがる。この調子だと1ヶ月後には、準備が整っちまいそうでな』
『マジで? 1ヶ月って無茶し過ぎだろ……大丈夫なのか?』
『今回は重職の貴族にだけ内密に公表するらしいぜ。そっから徐々に法衣貴族や領地を持たない貴族、豪商に伝えて、最後に民へ大々的に発表するつもりらしい。その際には同時に、身分に関係なく神殿への立ち入りを認めるそうだ。尤も、全員が一遍に来ても入れねぇからな。予約制になるだろうって話だ。ただ、どのタイミングでフェンリル様が来られるか分からねぇからな。実際に見られるかは運次第だろうって話だ』
『なるほど。身分に縛りを付けないのか。中々思い切ったな』
『最初は貴族の特権にするつもりだったらしいが、それじゃあ民が納得しないって話になったんだよ。不満が溜まって、こんな事で反乱でも起きたらバカらしいだろ? だったらいっそ、予約制にして全員に解放するって事らしい』
獣人族はそんなにフェンリルに会いたいのか……オレからすれば、ちょっと抜けたハスキーみたいな物なんだけど……おっと、思っても絶対 口には出さないぜ。
『って事で、アルド、1ヶ月後の件、何とかならねぇか? 悪いとは思うが……頼む!』
『そう言われてもな……こっちもそろそろ顔を出さないとマズイんだ』
それからもドーガと話したものの、良い案は出なかった。いっそオレ無しで進めてほしいと言ったのだが、「同盟」の件がある以上、最大限にオレの功績を諸侯に印象付けたいらしい。
その件を出されると、一気に断りづらくなる。本来 関係無いはずの獣人族が、妖精族のために骨を折ってくれているのだ。
かと言って、国外追放があけて半年……ブルーリングへ帰ってきて3ヶ月ほど。そろそろ挨拶に行かないと、流石にマズイ。
結局オレは、「少し考えさせてくれ」とドーガへ話し、逃げるようにブルーリングへ帰ってきたのであった。
◇◇◇
「しかしどうするかな……エルに相談したい所だけど、まだドライアディーネから帰ってきてないしな……父さんも王都だし……しょうがない、申し訳ないとは思うが祖父さんに相談させてもらおう」
エル、氷結さん、ナーガさんが不在で、父さんは王都。コッソリ王都に飛んでも良いのだが、不要なリスクはなるべく下げたい。
結果、祖父さんのいる、執務室の部屋をノックするしかなかった。
「お祖父様、アルドです。少し相談したい事がありまして……」
「入れ」
執務室では、祖父さんとローランドが何やら書類の束を前に難しい顔をしている。
「どうかしたんですか? 何か問題でも?」
2人はお互いの顔を見合わせ、小さな溜息を吐いて口を開いた。
「お前とアシェラの装備の件だ。2つで神金貨8枚……それにエルファスの分も必要なのだろう? 合わせて12枚……既に金は払ってあるが、予算をどうやって調整するか……頭が痛い」
おぅふ……そうだった。既にローランド経由でボーグへ鎧の改造は頼んであるが、オリハルコン8枚なんて先払いじゃないと作れるはずが無い。
しかもエルの分も……オレが瞬歩を覚えれば、エルも当然ながら使えるようになる。であればエルの鎧も改造するのは当たり前だ。
「す、すみません……僕が無理を言ったせいで……」
「良い。これは使徒の仕事に必要な物だろう? であれば、これは世界の値段と同義だ。多少の無理はワシ等が何とかする。お前はお前の成すべき事を成せ」
「はい……ありがとうございます」
この話を聞き、更に獣人族の問題を持って行くなど……そっと顔を背け、部屋を出ようとした所でローランドの声が響く。
「アルドぼっちゃま、バルザ様へ何か要件があったのでは?」
うーん……非常に言い難い。ただでさえ祖父さんは、引退して隠居の身なのだ。無理難題ばかりを持ってくると、その内ポックリ逝きそうで怖い。
「あー、ローランド、ちょっと相談したい件があったけど、忙しそうだからまた今度にする。では失礼します、お祖父様」
「待て、アルド。話せ」
「え? あ、そんな大した事では無いので……本当に大丈夫です」
「お前が大した事以外、相談にくるはずが無かろう。良いから話せ」
なんと! ワテクシがいつも問題ばかり持ってくるとおっしゃるか!
しかし思い返してみれば、違うとハッキリ言いきるのも難しく……でもですね? オレが問題を起こしてるんじゃなくて、向こうからやってくると言うか……
どう答えようか悩んでいる間も、祖父さんとローランドのジト目が突き刺さる。
オレは心の中で溜息を吐き、ゆっくりと口を開いたのである。
「実は………………」
ドーガとの話とカムル王子の件。絶妙なタイミングでブッキングした事を話していく。
「………………と言う事で、獣人族の王子ドーガ殿から1ヶ月後にフェンリルを呼んでほしいと頼まれてしまいました」
「なるほど。確かにカムル殿下は、旗頭になってお前の減刑を願い出てくれた。お前が戻って3ヶ月……早急に登城して、礼を述べるのは当たり前だ。しかしグレートフェンリルの件か……」
「はい。正直、どうして良いのか……どちらかを優先すれば、どちらかが後回しになります。後回しにした方は、間違い無く禍根が残るかと……」
「ハァ……」
祖父さんは特大の溜息を吐き、黙り込んでしまった。
出来る事なら、マナスポットで飛んでチャチャッと済ませられれば……両方とも、やろうと思えば1日もあれば事足りるのだ。ただ貴族のしきたりや慣習が、それを許してくれないだけで……
執務室には何とも言えない空気が圧し掛かっている。そうして暫くの時間が過ぎた頃、祖父さんが重い口を開いた。
「グレートフェンリルの件はエルファスに任せるしかあるまい。向こうは使徒でさえあれば、お前でなくとも構わんのだろう?」
「それはそうだと思います。僕が同席を乞われている理由は、フェンリル降臨を使徒の功績にして、新しい種族との同盟を前に進めるためですから」
「カムル王子の件はお前でなければ意味が無い。であればお前は王都へ向かい、エルファスがグレートフェンリルの件を引き継ぐべきだ。それに将来、妖精族としての政治はエルファスが担うのだろう? ここらでグレートフェンリルとの交渉は、エルファスが矢面に立つ方が良い」
「言われてみれば……確かに同盟の件は纏まりつつあります。いつまでも僕が前に出るより、後々の事を考えればエルに任せるべきですね」
祖父さんは薄く笑みを浮かべて頷いている。
「後はエルファスに了承を得れば問題ないだろう。なるべく早目に確認しておけ」
「分かりました。直ぐに収納経由で伝えます。後はグレートフェンリルにも伝えないといけないですね」
「そちらは使いの者を送る。アルド、お前は嫌うだろうが、使徒である以上、使い走りのような事は自重しろ。これは国同士の交渉事だ。親しみを持ってもらう事は構わんが、軽く見られんよう注意しろ。良いな?」
「はい……分かりました」
久しぶりに祖父さんからお叱りを受けてしまった。祖父さんの言う事は尤もだと思う反面、どうしても面倒臭いと感じる心がある。
やはりオレには貴族は無理そうだ。何か失敗する前にエルに引き継いだ方が良い。後は任せたぞ、エル。
早々に執務室をお暇し、早速エルへ収納経由の手紙を送るのだった。




