516.一国二制度
516.一国二制度
いきなりフェンリルとドライアドが現れて、少しの時間が経った頃。
宰相がいきなり叩頭礼……いわゆる土下座を始めた途端、諸侯だけじゃなく王とドーガまで同じように跪いてしまった。
「わんわん! わわわん!」
この場にフェンリルの嬉しそうな声が響くが、誰も返そうとしない。徐々にフェンリルの声が寂しそうな物に代わっていく中、唐突に声を上げた者がいる。
「フェンリル様、お久しぶりだぞ。王都へお帰りなんだぞ」
まさかこの場にネロがいるとは思わなかったのだろう。フェンリルは間抜けな顔の後、ドライアドを振り落とす勢いで嬉しそうにネロへ飛びついた。
「うわ、ふぇ、フェンリル様、くすぐったいんだぞ。やめて欲しいんだぞ」
フェンリルは馬乗りになってネロの顔を舐めている……えーっと……何このカオスな空間。
グレートフェンリルの王族と重鎮が土下座する中、フェンリルとネロが嬉しそうに遊んでるとか……
オレは天を仰いで、考えるのを止めた。
◇◇◇
30分ほどが経ち、マナスポットの調整を終えたアオが、フェンリルとドライアドへ文句を言っている。
「だ・か・ら! 前にも行っただろ! 調整が終わる前に飛ばれると、余計な手間が増えるって! 何回 同じ事を言わせるんだよ!」
「アオちゃん、うるさいんだーーー。調整なんて適当で良いのーー」
「そんなわけ無いだろ! ハァ……もう僕は何か疲れたよ。アルド、この場は任せたからね……」
「ちょっ! アオ!」
オレの制止も聞かずにアオは消えてしまった。任せるって……オレにどうしろと?
ギギギっと音が鳴りそうになりながら振り向くと、王や重鎮達は最初よりだいぶ落ち着いており、小声ではあるが声が漏れ聞こえてくる。
曰く『あ、あれがフェンリル様……なんと神々しい……』『グレートフェンリルの地に、フェンリル様がお帰りになられた……』『こ、これがマナスポットの解放……本当に今代の使徒様だったのか……』とマナスポット解放とフェンリル帰還に関する物が殆どだったが、一部 不穏な言葉があった。
『あの少女は誰だ? フェンリル様の背に乗るなど、なんたる不敬』『あの獣人族の青年は誰だ? 何故フェンリル様がああも慕われる……』『私もフェンリル様に舐められたい!』などなど、ドライアドとネロに関する物である。
最後のはきっと特殊な性癖の人だと思うので、無視しておこう。
王や重鎮達は頭を下げたままで、決して自分から動こうとはしない。
神殿関係者なら、この空気を何とか……そんな思いで彼等を見るも、頭を地面に擦りつけて更に話にならない様子だ。
やっぱりオレが何とかするしか無いのか……ハァ……嫌だなぁ。
『グレートフェンリル王、並びに諸侯の皆様方、今更 紹介するまでもありませんが、コチラがアナタ方の精霊であるフェンリル様です。お顔を上げて子孫の顔を見せてあげてください』
こう話す事で、やっと全員が恐る恐る顔を上げていく。
『お……おぉ……輝くような銀髪……何と優美なお姿……わ、私は、今 死んでも悔いは無い……』『ふぇ、フェンリル様……フェンリル様が本当に……』
この様子に気が付いたのはフェンリルである。ネロを舐めていた顔を上げ、ドライアドを乗せたまま、王と諸侯の下へと歩いて行く。
「わんわん! わんわん!」
『な、何と言われているのだ?』『くっ、フェンリル様のお言葉を理解出来ぬとは……神官! フェンリル様は何とおっしゃっておられるのか!』『も、申し訳ありません……私共にも理解出来かねます』
「わん。くぅーん」
悲しそうなフェンリルの声に反応したのはドライアドだった。
「私がフェンリルの声を聞かせてあげるーーー。あのね、皆、元気だったか?って言ってるよ。それに王都が凄く大きくなっててビックリしたってーーー」
『この少女はフェンリル様のお言葉が分かるのか?』『おお! まさかこの少女はフェンリル様の侍女か?』『そこの少女、フェンリル様にお慕いしていると伝えてはくれまいか?』
諸侯の要求が一斉にドライアドへ殺到する。最初は嬉しそうに相手をしていたドライアドだったが、要求は尽きる事無く、徐々に面倒臭くなっているのが見て取れた。
「もぅーーー! 一編に言われても分からないーーー! やっぱり止めたーーー!」
ドライアドの言葉に、一瞬 王や諸侯から剣吞な空気が立ち上る。
これはマズイ。万が一、エルフの精霊であるドライアドへ失礼な言葉が飛んだりしたら、種族間の争いに発展しかねない。
『お待ちください!!』
オレは有無を言わさない迫力で声を上げ、無理矢理 全員の言葉を遮った。
『皆様、フェンリル様の王都への御帰還、おめでとうございます。私も私の精霊も、お喜び申し上げます。しかも この祝いの席へ、エルフの精霊であるドライアド様までお越しいただけるなど、この王都は精霊の祝福に満ち溢れていますね』
ここで「アナタ達、この少女はドライアドですよ?」などと真正面から言えば、先ほどのドライアドへの態度で罰を受ける者が出かねない。
敢えてさり気なく「この少女はドライアドですよー。態度には細心の注意を払ってねー」と伝える事で、オレは何も見ていないと暗に伝えているのだ。
その証拠に、諸侯たちは青い顔で『ま、まさか……こ、この少女が、ドライアド様だと?』『え、エルフの精霊様がグレートフェンリルに降臨した? な、何故……』『こ、これはマズイ……先ほどの態度……ヘタをすればエルフと外交問題になる……』と呟いている。
正直、これ問題を大きくしたくない。きっとドライアドやフェンリルも、そんな事は望んで無いだろうから。
『皆様、ドライアド様は大変慈悲深い方です。フェンリル様のお言葉を皆さんへ届けるために、このグレートフェンリルへ降臨されました。感謝を持って接して頂ければ幸いです。それに私の精霊アオは言いました。全ての精霊は世界の秩序を守る存在であると。であれば種族や生まれなど小さな事です。どんな精霊であれ、敬意を持って対すれば、慈愛に満ちた答えが返ってくるでしょう』
ざわついていた諸侯達は、オレの迂遠な言葉の真意を悟ったのだろう。徐々に場が落ち着いてくる。
そんな中、王は土下座のまま居住まいを正し、ハッキリと口を開く。
『我等の精霊フェンリル様、及びエルフの精霊ドライアド様、私は今代のグレートフェンリルの王を務めますゲイン=ロワ=グレートフェンリルと申します。お二方の御光臨、誠に嬉しく思います。特にフェンリル様におかれましては、無事の御帰還、獣人族を代表してお喜び申し上げます……』
王が最大限の敬意を払って接しているのは分かる。しかし、相手はフェンリルとドライアドだ。長ったらしい口上を聞き、明らかに面倒臭そうな顔をしている。
「わんわん! わわわん!」
「そうだよねーー私もそう思うーー」
「わん。くぅーん」
「うんうん。また今度にしようー」
コイツ等は一体何を話しているのか……この緊迫した空気の中で、何故か全員がオレに縋るような目を向けてくる。
オレ? えー、アナタ達、オレが口出しすれば、後から「不敬だ」とか言ってくるんじゃないのん?
しかし獣人族からすれば、フェンリルのご機嫌を損ねないかと気が気では無いようで……結局、心の中で特大の溜息を吐き、人族語で口を開いたのである。
「あー、アド。フェンリルは何て言ってるんだ?」
「んー、何かねー、フェンリルが言うには、こんなに畏まられると悲しくなるんだってーー。だから今日はもう帰ろうかって話してたのーー」
「くぅーん……」
「マジか……」
ここでフェンリルが直ぐに帰ろうものなら、コイツ等は何かとんでもない勘違いをする気がする。
ヘタすると、オレにまで飛び火しかねん!
「あー、フェンリルさん? この人達はお前に会えて、凄く嬉しいみたいだぞ? だからもうちょっと居てやってくれないか?」
「くぅーん」
「本当はフェンリルも、ギギの子供達ともっと触れ合いたいみたいーー。私も子供達に同じような態度 取られるから、フェンリルの気持ちが分かる……」
おぅふ……これはどうすれば良いのか……両方の気持ちが分かるだけに、どうすれば良いんだろ。
王たちへ、もっとフレンドリーに接しろって言っても難しいだろうしなぁ。
うーん……こじれる前に、ここは一旦 引いた方が良い気がしてきたぞ。
「分かったよ。フェンリル、ギギの子供達へはオレから話しておくから。後日、改めてここに来てくれないか?」
「わん!」
「よそよそしくしないなら、何時でも来るってーーー。アルドちゃん、フェンリルだけズルイんだーーー。私の子供達にも話してーー!」
「ああ。エルフにも話す、約束だ」
「ありがとーー! アルドちゃん! じゃあ、今日は帰るねーー」
「わんわん! わん!」
それだけ言うと、2人は直ぐに消えてしまった。お前等、そんなに嫌だったのか……まぁ、親しいと思って喜んでやってきたら、全員から跪かれればそう思うのもしょうがないのか。
一度、お互いの心情を理解した方が良い。
そうは思うが、この場には納得していない者が多数いるわけで……獣人族の皆さんは、悲しそうな顔や悔しそうな顔、酷い者だと泣いている者までいる。
『あー、皆さん、少しお話しませんか?』
オレはそう絞り出すのが精一杯なのであった。
◇◇◇
フェンリルが帰って2日が過ぎた。
この間は、マナスポットの解放など忘れてしまったかのように、フェンリルの真意についてを何度も聞かれている。
『本当にフェンリル様は我等を嫌いになられたのでは無いのですか?』
『ハァ……何度も申したではありませんか。 フェンリル様は皆さんの事が大好きで、それ故 距離を取られた事に傷ついたのです』
『そうは申されても……フェンリル様と対等に接するなど……ヘタをすれば不敬罪で首が飛んでしまいます』
『それはそうかもしれませんが、当のフェンリル様が望んでいるのですよ?』
これは一体どう言う状況なのか?
あの場で何がどうなったのかを理解出来た者は、獣人語と人族語を話せる者だけだった。
具体的にはオレ、カズイ、ネロの3人のみ。
王や諸侯が事の子細を聞きたがるのは当然で、オレは王と諸侯から呼び出され、何度目か分からない詰問をされているのだ。
『しかし困りました……お互いの主張が理解できるだけに、どうしたら良いのか……』
オレの独り言に、王が返してくる。
『アルド君の言う通りだ……フェンリル様のお気持ちは嬉しいが、こればっかりは……本当は私達もアルド君の従者のように振る舞えれば良いのだが……』
『親父、もう良いじゃねぇか。そもそもフェンリル様自身が望んでるんだぜ。ネロのヤツもフェンリル様へ普通に接してただろ? 』
『ドーガ、お前はその姿を民へ見せられるのか? 事情を知らない者が見たら、「フェンリル様へ何という不敬を!」と怒り狂うだろう。ヘタをすれば反乱が起きる』
マジで? フェンリル撫でると、反乱起きるの?
何てくたらない戦いなんだ。そんな戦で死んだら、アホそのものじゃないか。
反乱は大袈裟としても、不満が溜まるのは間違いないらしい。
例え当のフェンリルが望んではいても、「はい、そうですか」とは言えないのも事実なのだ。
『ハァ……参りました。いっそ神殿の中は、治外法権だったら簡単な話なのに……』
オレの何気ない言葉に反応したのはドーガだ。眉根を寄せつつ聞いてきた。
『アルド、ちがいほうかんって何だ?』
『マジか……お前、王子なのに何で知らないんだよ……えーっと、どう言ったら良いのか……例えば、他国に置いてある領事館の中では、その国の法じゃなくグレートフェンリルの物が適用されるだろ? それと同じで、神殿の中は別の法で縛れないかと思ったんだよ』
地球で言えば要はバチカン市国である。主権国家であるイタリアの中に、バチカン市国と呼ばれる別の国があるのは有名な話だ。
グレートフェンリルでも、神殿内限定でフェンリルへ対等に接する事を許せば問題は解決する。
『アルド君、今の話、詳しく聞かせてもらえないだろうか?』
『本気ですか? 単に思いついただけですよ? 1つの国で2つの法を運用するなんて、言うほど簡単な事では無いですよ?』
『フェンリル様の望みと国の形……どちらも捨てられぬのであれば、どんな案でも飲み込むしかあるまい』
『そうですか……分かりました。私も文献で呼んだだけなのですが………………』
随分前に、フォスターク学園で読んだ物語に書いてあったと嘘を吐き、イタリアとバチカン市国の概要を語っていった。
細かな点に関しては全て「覚えてない」と答えさせてもらい、何とか大枠だけは伝えられたと思う。
そもそもの話、オレ自身がバチカンの事など詳しく知らないのだ。
学生の頃に「へー、バチカンって名前は聞いた事あったけど、一応 国なんだ~」と思った程度である。
現実にこの制度を運用するのであれば、きっと恐ろしい量の事務手続きが必要になるはずだ。神殿関係者と文官には是非 頑張ってもらいたい。
こうして「準備が出来たらマナスポットへ話しかけて、アオへ伝えてください。フェンリル様の再降臨の手配をします」とだけ伝え、オレ達は2ヶ月ぶりに待望のブルーリングへ飛んだのであった。




