511.ゴブリンの迷宮 part5
511.ゴブリンの迷宮 part5
ゆっくり触れると、血のように赤く染まった魔瘴石は、徐々にその色を薄くしていき、代わりに清浄な青い光を放ち始めた。
「これで浄化は完了した。この迷宮は完全に死んだはずだ」
「分かった。皆、ゴブリンキングの様子はどうだ?」
「うーん……倒れて動かなくなったのと元気なのがいる……あ、元気なヤツ等は出口に向かってく」
「マズイな……アルド、アシェラ、疲れてるとは思うが、任せても良いか?」
「ああ、もう魔瘴石を守る必要は無いからな。危なくなったら空へ退避するよ」
「大丈夫、ボクに任せて。キッチリ倒してくる」
「念のため、カズイさんもアルド達に付いて行ってください。空から援護を頼みます。オレとネロはこの場でライラの護衛をする。心配そうな顔をするな、アルド。危なくなったら、ライラを背負って空へ逃げる。それより、キング共に逃げられると厄介だ。ちゃちゃっと頼むぜ」
「分かった。アシェラ、カズイさん、行こう」
「うん」
「分かったよ」
ライラの体調はすこぶる良いらしいが、足にチカラが入らないと言っている。
これも解呪の影響なんだろうか。
徐々に回復しているものの、やっぱり心配だ。
後でアオに聞くことを心のメモに書き込んで、通路に逃げるゴブリンキングを追ったのであった。
◇◇◇
「アシェラ、そっちに行ったぞ!」
「見えてる!」
通路に向かったゴブリンキングは全部て6匹だった。
他に向かってくる固体はいないので、残りはこれで全てなのだろう。
「完全復活したオレのチカラを思い知れ!」
目の前のゴブリンキングへ牽制のウィンドバレットを叩き込み、懐へ潜り込んで心臓へ短剣を突き入れる。
これで3匹……
顔を上げると、アシェラがオレと同じく3匹目に魔法拳を撃ち込んだ所だった。
ゴパッと有機的な音が響き、ゴブリンキングの腹に大穴が空いている。
おま、今の突き、軽いジャブぐらいだったじゃねぇか!
何なの、その破壊力……コボルトの主もアシェラなら勝ってたんじゃないのか?
嫁が恐い……絶対に浮気だけはしない事を誓いつつ、恐る恐る話しかけたのであった。
「あ、アシェラさん? これで全部ですか?」
聞かれたアシェラは、辺りを見回して確認中だ。
これだけ開かれた場所なら、魔力視の魔眼であれば見落とす事は無いだろう。
「うん。周りにはいない。たぶん、これて全部だと思う」
「そうか……ライラも心配だし、戻ろうか」
「分かった」
「カズイさん、聞いての通りです。祭壇へ戻りましょう」
「分かったよ……でも僕、付いて来る意味あったのかな? アルド達が速すぎて、何も出来なかったよ……」
敢えて何も返さずに、聞こえないフリをさせてもらった。
安全策を取れるなら、間違いなく取った方が良いのです。予備戦力は戦術の基本ですよ?
◇◇◇
祭壇へに戻ると、ライラは既に自分の足で立っており、至って健康そうに見える。
「ライラ、体調は大丈夫か?」
「うん。お腹がスッキリして、凄く軽い」
まるで便秘が治ったように話すが、本当に大丈夫なのだろうか。
何かあってからでは遅い……やはり早めにアオから話を聞いておきたい。
「ルイス、解呪の件をアオに聞きたい。呼んでも良いか?」
「ん? あー、もうゴブリンキングはいないだろうし……そうだな、殲滅戦を始める前に休憩するか」
ルイスの言葉に各々が荷物を下ろし、休憩に入った所で、指輪へ魔力を流してアオを呼び出したのである。
「アオ、少し聞きたい事がある」
「何だい? 怖い顔をして……また何か面倒な事になったの?」
「面倒な事……そうかもしれないな。聞きたいのは呪いの事だ。さっき全員が交代で魔瘴石を………………」
魔瘴石を触って呪いを解呪した際、個人差が思っていたより大きかった事を話していく。
「………………って事だ。アシェラとルイスは立てなくなるぐらい。反対にネロは指先がチクっとした程度。カズイさんは電気が流れたような痛みを感じた……しかもライラに至っては意識まで失ったんだ。これは呪いの強さと質の違いで起こってる違いなのか? 変な副作用が出るなんて事は無いよな?」
「なるほどね。アルドが何をそんなに気にしてるのかが分かったよ。確かに呪いと一言で言っても、色々な物があるからね。アルドが言うように、痛みの大きさは呪いの強さに比例する」
「やっぱり……って事はネロの呪いが一番 軽かったって事なのか? 逆にライラが一番強く呪われてたって事なんだな?」
「まぁ、そうだね。呪いは魂に混ざってるから……無理矢理 引き剥がそうとすれば、当然痛みを伴うよ」
「そうなのか……解呪の個人差については分かった。それで副作用なんかは出ないんだよな?」
「それは問題無い。前にも言ったけど、瘴気はより大きい方に集まる習性があるんだ。魔瘴石を触った程度なら、魂に影響は無いよ」
良かった……ライラやアシェラ、皆にも悪い影響は出ないのか……しかし、コイツの今の言いよう……少し引っかかる。
「アオ、お前は今、「触る程度なら」って言ったよな? もしかして、影響が出る事もあるって事なのか?」
「そりゃそうだよ。魔瘴石は簡単に言えば、瘴気が結晶化した物だ。浄化する前の魔瘴石を、食べたり取り込んだりすれば、人としての形を保てなくなるのは当たり前じゃないか」
コイツは……今の話が本当なら、ぶっちゃけ魔瘴石って劇物じゃねぇか! 流石にワザと食べるバカはいないと思うが、怪我をした箇所に触れたり、間違って口に入る事が無いとは言い切れない。
「ハァ……お前は……じゃあ最後だ。カズイさんだけ解呪した際の様子が違った。何でか分かるか?」
「何だよ、アルドは……自分の無知を僕のせいにしないでくれるかな? カズイの様子……痺れるような感覚だったんだよね?」
「ああ、そうだ。カズイさんの話では、足が痺れた感じが全身を襲ったそうだ」
「うーん……それだと護られてたんじゃないかな?」
アオの言葉は全くの想定外の物だった。
「は? 護る? オレ達は呪いを解呪したんだろ? 護るって……どう言う事だ?」
「アルド、前に言ったじゃないか。呪いは瘴気に想いを乗せる事で、この世界に影響を及ぼすって。だったら悪い想いばかりじゃなくて、良い想いだってあるに決まってるだろ」
「は? ちょ、ちょっと待ってくれ……じゃあ何か? もしかして、誰かがカズイさんの安全を祈って、それが呪いとなって護ってくれてたと……」
「そうだね。でも所詮は想いだからね。たぶん疲れにくいとか風邪をひきにくくなるとか、その程度の効果だと思うよ」
「マジか……」
これは非常にマズイ気がする……効果の大小なんて関係ない。カズイさんの安全を祈る心が呪いにまで昇華され、それを解呪してしまった事が問題なのだ……心当たりは幾つかある。
アルジャナのベージェにいる家族、それとオクタールの見習い神官だって言う彼女だ。
名前は確かクリューと言っていた……祈り……見習い神官……あー、何かシックリ噛み合っちゃうんですが……これ最悪のパターンじゃないですかね?
ギギギっと音が出そうになりながら振り返ると、カズイは泣き笑いのような顔で固まっている。
うわー、きっと無事を祈り続けてくれた彼女への嬉しさと、それを魔瘴石に吸わせてしまった申し訳なさに、どうして良いのか分からなくなっているんだ。
「か、カズイさん……こ、これはですね……あの……どう言って良いのか……」
オレの声だけが響き、誰も声を上げようとはしない。
結局、全員で必死にフォローし、カズイが立ち直るまで暫くの時間が必要なのであった。
◇◇◇
迷宮の最深部から、3日かけて地上へ帰還した。
行きは1日半で、帰るのに何故3日も時間がかかったのか? これは道中のゴブリンを殲滅しながらの道程であり、尚且つしっかりと休息をとったためである。
オレ達がグレートフェンリルから受けた依頼は「ゴブリンの迷宮」の踏破であり、本来 殲滅は入っていない。
しかし放置すれば、少なくない被害が出るのは明確である。相談の結果 殲滅していく事を決めたのだ。
だってねぇ、新たに同盟を結ぼうって相手に、こんな事で禍根を残したく無いじゃないですかー。
呪いの解呪って目的はあったにしても、強行軍での踏破だったのは勿論、それなりの危険はあったのだ。
リターンを最大限 追及するのはあたり前の話である。
オレ達にとってゴブリンを殲滅する程度、大した手間があるわけでも無いのだから。
こうして少し緩い空気で迷宮から出て来たオレ達へ、待機していた騎士の隊長が嬉しそうに声をかけてきた。
「皆さん、良くご無事で……3日前よりゴブリンが溢れ出したので、もしやと思いましたが……こんな短時間で迷宮を踏破されたのですね?」
「はい。依頼通り、「ゴブリンの迷宮」を踏破してきました」
「やはり……流石はドラゴンスレイヤーです。素晴らしい! 直ぐに王都へお連れしますので、王へご報告をお願いします」
それだけ言うと隊長さんは、1小隊5名をオレ達の護衛に付け、残りの35名と共に「ゴブリンの迷宮」の入口を、隊列で囲うように配置していく。
むむむ……もう中には何もいないと思うんですが? 見逃してたとしても、精々1~2匹じゃないかな?
「あの……もうゴブリンは殲滅してきましたので、何も出て来ないと思いますよ?」
「は? 殲滅してきた? この短時間で、踏破だけでは無く殲滅までしてこられたのですか?」
「あ、はい……溢れて回りに被害が出ても嫌なので、帰りの道中で全て倒してきました」
隊長さんだけで無く、全ての騎士達がオレ達をアホ面で見つめている。
少し詳しく話した結果、35名がボーっと突っ立ってる意味も無い事から、騎士達の大部分はオレ達と共に王都へ帰還する事となった。
しかし万が一があるとマズイので、3個小隊15名が数日間ここを見張るそうだ。
「では行きましょう。迷宮を踏破した皆様を、我等ていどが護衛するなどおこがましいですが、精一杯 努めますのでよろしくお願いします」
「いえ、助かります。私達も少し疲れていますので……」
隊長は1つ大きく頷いた後、騎士達へ声を張り上げた。
「英雄の凱旋だ! 我等の誇りにかけて、絶対に無傷でお返しするぞ。各自、索敵を密にしろ。アリ1匹見逃すな!」
「「「「はい!」」」」
騎士達の気合が凄い……そんなに張り切らなくても……
喉まで出かかった言葉を、空気を呼んで そっと飲み込んだのであった。




