510.ゴブリンの迷宮 part4
510.ゴブリンの迷宮 part4
ゴブリンキングの群れへ突っ込んで、オレが最初にやった事は「フラッシュ」を撃つ事だった。
上空で皆の配置を見て、思ったより祭壇まで距離がある事に気が付いたのだ。
この距離なら、万が一目が眩んでも数秒もあれば復活する。申し訳ないと思いつつ、これだけ絶好の機会を手放す事は出来なかった。
「ギャアアアア!」「ガァァァァ!」「ギィィィィ!」
幾つもの絶叫が響き渡る中、ゴブリンキング共は目を抑え、自分の得物である大剣を辺り構わず振り回している。
あ! 今の剣はそっちのゴブがやったんだからな。オレに怒るのは筋違いだぞ。
視覚を奪われたゴブ共は、半ば同士討ちの様相を呈し始めている。
この隙を見逃すほど、オレは甘くじゃない。
空間蹴りを織り交ぜ、1匹の額に短剣を突き入れ、もう1匹には魔力武器(片手剣)を心臓に突き刺した。
このボーナスタイムに、もう1匹ぐらい……
魔力武器(大剣)で3匹目の首を跳ねた所で、オレの隣を大剣が振り抜かれる。
うお! 危ねぇ!
ガァァァァ……
やっぱり復活してたか……ちょっと舐め過ぎたかもしれん。
残り7匹のゴブリンキングは、目をこすりながらも、オレを射殺さんと睨みつけている。
「オレもこのまま勝ち逃げするつもりは無いんだよ……真正面から叩き潰してこそ、吹っ切れるってもんだ。ここからは、今のオレに出来る最大限で挑む! クソゴブ共……お前等も死ぬ気でかかってこい! 行くぞ!」
そう叫んだ瞬間、最大のバーニアを吹かす。
姿勢は低く、地を這うように1番近くのキングへ突っ込んでいく。
ヤツは、あまりの速さに驚いた顔で狼狽えているだけだ。
瞬時に魔力武器(片手剣)を両手に起動した所で、更に左へバーニアを吹かした。
「悪いな、これは「騙し」だ。狙いはお前じゃない。左でボーッと突っ立ってるお前だよ!」
バーニアが描く軌道は、本来 生物が辿る動きとは全く違う。
完全に虚を突かれた左のゴブは、キョトンとした顔で棒立ちだ。
恨むなら自分の迂闊さを呪え。
右手の魔力武器で首を刎ね、そのままの勢いで体を1回転させ、左の魔力武器を後ろのキングの額へ突き入れた。
これで残り5……
真正面からオレの動きを見て、ゴブリンキング共は軽いパニックに陥っていた。
それはそうだろう。先ほどまでは不意打ちである。
コイツ等もキング……王と呼ばれるだけの実力は持っているのだ。それが正に蹂躙されているのだから。
「まだだ……まだ足りない。本気を出せ! オレが逃げ出したなるくらいの恐怖を感じさせてみろ!」
オレの望みは、恐怖を打ち破っての勝利だったのだが……オレの殺気が漲った瞬間、奴等はなんと武器を放り出して逃げ出しやがった!
お、おま……ちょ、待て……違うだろ! お前らが逃げ出してどうする! オレに恐怖を感じさせてほしいのに……
追いかけたい衝動に包まれるも、祭壇を放置など出来るはずも無い。
どうしてこうなった……逃げるゴブ共を呆然と見つめていると、後頭部にウィンドバレット(そよ風バージョン)がぶち当たる。
は? え? 何で?
「アルド! 戻ってこい! 今直ぐにだ!」
何故かルイスの怒りを含んだ声が響き渡ったのである。
◇◇◇
祭壇に戻ると全員が揃っており、何故かアシェラとライラが小さくなっていた。
「ルイス……これは……」
オレが話す途中に、食い気味のルイスの声が響き渡る。
「アルド、アシェラ、お前等、ゴブリンキングは10匹が限界って言ってたよな? どこがだよ! アシェラはその10匹を、目にも止まらねぇ速さで瞬殺しちまうし、お前はお前でゴブ共を煽り散らかして恐怖を叩き込んでやがる。しかもライラはまだこっちに気が付いてねぇゴブまで探し出して、ウィンドカッターで細切れにしちまった。お前等 夫婦、どうなってんだよ! お前等がいればゴブリンキングの30匹どころか、50匹いても蹂躙出来るじゃねぇか! ハァハァ……」
おぅふ……これはルイスさんが怒り散らかしているのもしょうがない。
あれだけ綿密に立てた計画が、全く……これっぽっちも機能していないのだ。
確かに多少のサバは読んだが、この結果は想定外すぎる。
「ごめん……前に戦った時はもっと速くて硬かった……こんなに弱いとは思わなかった……」
「ごめんなさい……私も……前は魔法が全然通じなかったのに……今だと簡単に切れちゃった……」
こう話すのはアシェラとライラだ。
ライラの件は知らないが、アシェラがゴブリンキングと戦ったのはブルーリングが襲われた時だったはずだ。
あの時は母さんとアシェラが死力を尽くして、8匹のゴブリンキングの内、4匹を倒したと聞いている。
あれから7年……アシェラはあの時の母さんと自分を足すより強くなってるのか……
何とも感慨深げに2人を見つめていると、後ろから声が……
「アルド! お前、何 他人事の顔してやがる! お前も一緒だろうが! 何が「戦闘が怖い」だ。さっきのアレは何だよ! ゴブリンキングより、お前の方が100倍怖いわ! 見てて、ゴブ共が可哀そうになってきたわ! あれじゃあ救世主じゃ無くて、悪魔だっつぅの!」
あらん……ちょっとハッチャケ過ぎちゃけ過ぎたって言うか……でもオレだって、必死だったんですよ?
どうやらオレ達は、自分で思っているよりずっと強くなっていたようだ。
改めてジョーが言った「一歩ずつ前に進むしかない」の意味が身に染みる。
これなら……きっと大丈夫。オレは前に進んで行ける。心からそう思えた。
オレのどこか吹っ切れた顔を見て、ルイスは小さく溜息を吐いて口を開く。
「ハァ……んっとに……お前の顔を見たら、怒ってるのがアホらしくなってくる……それで、もう大丈夫なのか?」
「ああ、心配かけてすまなかった。オレはもう大丈夫。これからも悩む事は沢山あるんだろうが、その時に出来る事、やるべき事をやっていく。それしか出来ないから……」
「そうかよ……分かったぜ。じゃあ、切り替えて踏破を再開するぞ。あれだけ煽り散らかせば、もうゴブリンキングは向かって来ないとは思うが、気は抜くなよ。それと最初の作戦は変更して、全員でこの場を守る。アルドは入口側、アシェラは反対側で警戒を続けてくれ。ライラとカズイさんは、引き続き空で待機。次はオレとネロが魔瘴石に触る。その間の指揮はカズイさんに任せます」
「わ、分かったよ。僕にルイス君みたいな指揮は難しいと思うけど、頑張ってみる」
「カズイさんなら大丈夫ですよ。じゃあ指揮を頼みます」
「うん……じゃあ、ルイス君から順番に魔瘴石を触って。皆、周りの警戒は怠らず、敵を見つけたら大きな声で報告して」
たどたどしいながらも、カズイさんの指揮は的確だ。ルイスは満足そうに小さく頷いた後、ゆっくりと魔瘴石に手を伸ばす。
「ぐぅっ……」
ルイスが魔瘴石に触った瞬間、苦しそうな声を上げて膝を付いてしまった。
「ルイス!」
駆け寄ろうとするオレへ、カズイの指示が飛ぶ。
「アルド、待って。その場で辺りの警戒だよ。さっきのアシェラさんも同じだったから……たぶん魔瘴石を触ると激しい痛みがあるみたい。ネロ君、ルイス君を看てあげて。大丈夫そうなら、次はネロ君の番だよ」
「ルイス、大丈夫か? 立てるかなんだぞ?」
「ああ、大丈夫……大丈夫だ。体全体を大きな手で握り潰されたみたいな感覚だった……正直、これは何度も体験したく無いな……」
体を握り潰されたような痛み……なるほど、だから最初にアシェラが参戦してくるまで、時間がかかっていたのか……納得だ。
「カズイさん、指揮を交代します……しかし、少し肩が軽くなった気がするな……体の調子も良い……もしかして、オレも呪われてたって事なのか?」
「ボクも凄く痛かったけど、魔瘴石を触った後は、体が軽くなった気がする」
「ルイスだけじゃなくてアシェラもか……やっぱり定期的に魔瘴石を触った方が良いのかもしれないな」
オレの言葉を聞き、ルイスとアシェラは露骨に眉をしかめている。
そんなに痛いのか……痛いんだろうな。でもオレが触ると魔瘴石を浄化しちゃうからなぁ……あ、証が無い左手で触れば良いのか?
うーん……やっぱり止めておこう。だって痛いの嫌いだし、オレが触っても意味無いのは分かってるし……
思考が逸れた。
「じゃあ次はネロだ。すっげー痛いからな? 気合を入れてから触れよ」
「わ、分かったんだぞ……そんなに怖がらせないで欲しいんだぞ……」
そう話しながら、ネロは恐る恐る魔瘴石へ触れた。
「痛っ……」
確かに痛そうではあるのだが……ネロの痛がりようは、静電気がビリっときた程度に見える。
「は? それだけか?」
「痛かったんだぞ。冬にビリっとする時みたいだったぞ」
本当に静電気程度の痛さだったようだ。これは……どうなってる?
先ほど、ルイスは立っていられないほどの痛みを味わった。アシェラも同じような反応をしたそうなので、かなりの痛みだったのだろう。
この違いは……あ、もしかして体に貯まっていた瘴気の量の違いなのか? 呪いの大きさと言っても良い。
ここまで個人差があるのは、そう言う事なのかもしれない。
念のため、後でアオに聞いてみるつもりだが、今は鉄火場だ。
もう大丈夫だとは思うものの、ゴブリンキングの残党が襲ってこないとも限らない。
「釈然としないが、今はどうしようもない。アルド、分かる範囲で良い。後で精霊様へ原因を聞いてくれないか?」
「分かった。アオがすまない……アイツはいつも大事な事を言わないから……」
オレの愚痴に、ルイスは苦笑いを浮かべて肩を竦めている。
そんなオレから視線を切り、空気を変えるようにライラとカズイへ話しかけた。
「じゃあ、次だ。ライラ、カズイさん、降りて来てくれ。先ずはカズイさんから触ってください」
「う、うん……分かったよ……ゴクリ」
カズイは緊張の面持ちで、ゆっくりと魔瘴石へ手を伸ばしていく。
「あばばばば……」
カズイが魔瘴石に触れた瞬間、ルイスやネロとは全く違い、何故か痺れている……え? 何これ? 電気? 嘘?
直ぐに手を離して大事には至ってないが、床に手を付いて荒い息を吐いている。
「カズイさん、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫……なのかな? 体中、足が痺れた時みたいになったよ……それにルイス君やアシェラさんの言うように、体が軽くなったって事は無いかな……逆に重くなったかも……」
「そうなんですか?」
カズイの状態は気になるが、今のが電気なら電線を繋げば流れるのか?
もし本当に電気なら、カズイ発電が完成してしまう! この世界に産業革命が起きてしまうじゃないか!
冗談は置いておいて、あれが電気でも現状 利用なんて出来るはずも無い。
そんな事より、瘴気の浄化に個人差があり過ぎる。溜めている瘴気の量なのか、種類なのか……迷宮を出たら、早目にアオへ聞いてみるつもりだ。
そんな思考を遮るかのように、ルイスの声が響く。
「ちょっと思う所はあるが、取り敢えずカズイさんは終わったな。次はライラ、これで最後だ。アルド、ライラが終わり次第、魔瘴石を浄化してくれ。他の者はゴブリンキングの観察を。そのまま死んでくれれば良いが、そうじゃないなら殲滅しておかないとマズイ。迷宮から解放される以上、いつかは地上へ這い出てきやがるからな」
少し緩んでいた空気だったが、ルイスの言葉に全員が気合を入れ直す。
そして最後のライラが、ゆっくりと手を伸ばし魔瘴石へと触れた。
「あ……」
ライラは消え入りそうな声を漏らした後、体を硬直させた後、ゆっくりと崩れ落ちていく。
「ライラ!」
オレは最速のバーニアを吹かし、倒れる寸前のライラを抱き上げる事に成功する。
直ぐにソナーを打ち、体に異常が無いかを確認した。
くそっ、ライラ……どこにもおかしな所は無いと思うが……でもオレは医者じゃない。健康体かどうかなど、分かるはずも無い。
「ライラ! ライラ! 頼む、目を開けてくれ……頼む……」
泣きそうな心で呼びかけていると、当のライラはゆっくりと目を開けていく。
「ライラ! 気が付いたか? おかしな所は無いか?」
「うん……アルド君…………もっと強く抱きしめて欲しい……」
あれ? 思ってたのと違うような……何か元気そうですね、ライラさん……いきなり倒れたから焦ったが、顔色も良いし……しかも何故かオレの胸に顔を埋めて頬ずりしてるんですが……
ハァ……心の中で溜息を吐き、ゆっくりとライラを引き剥がす。
やはりライラは元気そうだ。しかし、さっきのは何だ? ライラの体から、黒いモヤみたいな物が魔瘴石に吸い込まれていくのが見えた……あれが呪いなのか? それにしては量が多すぎじゃないか? モヤは腹の辺りから沸き出したように見えた……本当に大丈夫なんだろうか。
「アルド、心配する気持ちは分かるが、魔瘴石の浄化を頼む。ライラは念のため休んでろ。他の者はゴブリンキングの観察だ。良いな?」
あ……確かにルイスの言う通り……ここはまだ迷宮の最深部だ……色々と気になる事はあるが、気を抜くのは早すぎる。
「分かった。直ぐに浄化する」
オレは目の前に浮かび禍々しく赤い光を放つ魔瘴石へ、指輪を付けた右手をゆっくりと伸ばしたのであった。




