506.迷宮探索 弐 part2
506.迷宮探索 弐 part2
血と内臓の匂いが充満する広場で、1晩を過ごす悪夢を体験させられた……分かった事は、思っていた物とは微妙に違う結果である。
普通、死体が迷宮に吸収されるのに10時間ほどかかるのだが、ここゴブリンの迷宮ではその半分。僅か5時間ほどで呑まれてしまったのだ。
全員が困惑しつつ地面に沈んでいくゴブリン達を見つめていると、ネロが訝し気な顔で壁を凝視し始めた。
「どうしたよ、ネロ。壁に何かあるのか?」
こうルイスが声をかけても、当のネロは猫耳をピクピクと動かすだけで何も言葉を返さない。
そうして完全にゴブリンの躯が消えた所で、ネロは尚も壁を睨みつけながら小さく口を開いた。
「……何か来るんだぞ」
そう口にした瞬間、壁から無数のゴブリンが沸き始める。
「くそっ、そう言う仕組みかよ。休ませるつもりは無いってか……アルド! 今回は1人で何て我儘は聞かないぜ。全員、戦闘準備だ。総力戦で始末するぞ」
ルイスの言葉を受け、全員が素早く脱いでいた鎧を着込み、散らばっていた荷物を一カ所に集めていく。
この間にもゴブリンは壁から次々と零れ落ち、以前と同じ規模になるのに大した時間はかからなかった。
「アルドとアシェラは遊撃、入り口側の数を減らせ。ライラとカズイさんはキャンプ地から魔法で奥側を攻撃。オレとネロは2人の護衛と荷物を守るぞ。準備が出来次第、各自行動を! 行け!」
流石はルイスだ。この指示もオレとアシェラが、ライラとカズイの魔法の邪魔にならないよう差配されている。
そこからは全員が自分の出来る最大限を発揮し、5分が過ぎた頃には立っているゴブリンの姿は無くなっていた。
「ふぅ……これでゴブのヤツは、暫く沸かない思う。アルド、アシェラ、ライラ、カズイさんは睡眠を取って魔力を回復してくれ。ネロ、悪いがお前はオレと交代で見張りだ」
「分かったぞ! オレがアルド達を守るんだぞ!」
ネロの元気一杯の声に苦笑いを受かべつつ、オレ達は暫しの仮眠を取らせてもらう事にした。
しかし、こんなスプラッターな場所で寝るとか……オレは小さく溜息を吐いてから、眠りに付いたのである。
◇◇◇
微睡から徐々に意識が覚醒していく……ゆっくり目を開けると、アシェラとライラの顔が飛び込んできた。
「アルド、おはよう」「おはよう、アルド君」
「おはよう、アシェラ、ライラ……皆は?」
まだ寝ぼけた頭ではあるが、既にカズイも起きており、どうやらオレが一番最後に起きたようだ。
「よし、アルドも起きたな。この迷宮についての考察を始めるぞ。恐らく後30分もすれば、またゴブ共が沸き出すはずだ。各自、荷物を片付けながら聞いてくれ」
そこからルイスが話した内容は、オレも薄々感じていた内容だった。
ルイス曰く、この迷宮は他より幾つか違う点があると言う。その最たるものがリポップの早さ。
魔物の躯であれ装備であれ、動かない物は5時間で迷宮に呑まれる。そして直ぐに新しいゴブが生み出されるのだ。
これは他の迷宮とは明らかに違う。まるでこの事実が自体が1つの罠のような……
「お前達4人は魔力を回復しているが、オレとネロは2/3って所だ。このまま進んでも、魔力は交代で休憩すれば何とか回せるだろうが、問題は食事と休息……正直、奥を目指して良いのか判断出来ない。アルド、お前の意見を聞かせてくれ」
「オレの意見か……お前の言う通り、この迷宮で十分な休息を取るのは難しいと思う。踏破を目指すなら、短期決戦。長くても3日以内に踏破しないと、徐々に疲労が溜まって飲み込まれるだろうな……」
「3日……安全マージンを取るなら2日に抑えたい。問題は迷宮の深さか……」
ルイスはそれきり何かを考え込んで、口を閉ざしてしまう。
2日で迷宮を踏破。無謀な話のように聞こえるが、オレとしては案外 出来てしまうような気がしている。
何故か? この迷宮は生れて30年と若い迷宮と聞いているのが1点。それに迷宮に呑まれる時間が5時間など聞いた事が無い。こんな特性がある以上、この仕様自体が壮大な罠の気がする。
迷宮のリソースに限りがあるのなら、その皺寄せは迷宮主の強さや迷宮の深さになるはずだ。
しかも、広場に比べて通路にゴブリンの数はかなり少ない事から、通路だけを殲滅して、広場のゴブリンは無視しても良いんじゃないかと思っている。
勿論、休息を取る際には広場のゴブリンも殲滅する必要はあるのだが。
尚も何かを考え込んでいるルイスへ、間違っている可能性と同時に、オレの仮説を話してみる事にした。
「ルイス、オレなりに考えてみたんだけどな………………」
全てを話し終わった頃、辺りに散らばったゴブリンの死体が徐々に飲み込まれ始めた。
「なるほどな……他に方法も時間も無いか……分かったぜ。お前の言う作戦を試してみよう。但し、このパーティのリーダーはオレだ。撤退を決めたら絶対に従ってもらう。良いな?」
「分かってる。頼りにしてるよ、リーダー」
ルイスは肩を竦めてから、一転 大声で矢継ぎ早に指示を出していく。
「全員、聞いてたな? 先ずはこのクソみたいな場所から逃げ出すぞ。前衛はオレとアルド、中衛はライラとカズイさん、シンガリはアシェラ。ネロ、悪いが先頭で斥候を頼む。通路で敵を見つけたら直ぐに戻って、アシェラの代わりに後方の警戒だ」
「分かったんだぞ!」
「じゃあ、全員行動開始。各自、荷物を忘れるな」
作戦は決まった。全員が自分の荷物を背負い、最速で逃げ出すべく奥の通路へ走り出した。
「ネロ、先行し過ぎるな! ライラとカズイさんの足に合わせろ!」
「ごめんだぞ。あ! 通路の中にゴブが3匹いるぞ」
「3匹……ネロ、排除を頼めるか? 通路に入るまでは隊列を崩したくない」
「簡単なんだぞ。皆が来る前に倒すんだぞ!」
そう告げた瞬間、ネロの足元に陽炎のような物が立ち上り、姿がブレた。
何だ今の加速は……全力のバーニアと同じかそれ以上じゃないか……今のがウィンドバレットを利用した歩法……
ネロは弾丸のように飛び出し、すれ違いざまに2匹のゴブリンの首を刎ねてしまう。
直ぐに方向転換しようと踏ん張るが、そこはやはりネロだった……恐らく調子に乗って勢いをつけ過ぎたのだろう。
着地に失敗して見事に地面を転がっている……おま、ちょっと格好いいと思ったオレの感動を返せ!
しょうがない……ルイスの言う通り、ゴブの1匹程度で隊列を崩すは悪手だ。
直ぐにウィンドバレット(魔物用)を起動し、残りの1匹の頭を撃ち抜いてやった。
「助かる、アルド。このまま走り抜けるぞ。ネロ、ゴブリンはアルドが倒した! 前方の警戒を頼む!」
「わ、分かったんだぞ」
ネロは小さくなって斥候に戻っていくが、さっきの歩法……発動も加速も申し分無かった。
ウィンドバレットを利用しての加速……ここまで技として昇華してたのか……
オレだけで無く、アシェラとライラ、カズイまでもがネロの成長に戦慄しつつ、通路へ逃げ込んだのであった。
◇◇◇
迷宮へ入って丸1日が過ぎた。
あれから作戦の通り、4つの広場を空間蹴りで通り抜け、5つ目で野営を行っている。
「アルド、そろそろゴブが沸く時間。次はアルドとライラが休憩する」
「分かったよ。じゃあ、魔力を回復する前に、オレとライラで倒してくるよ」
「任せて。アシェラ達には絶対に近づけさせない」
これはどういう状況なのか……相談した結果、野営をするに当たって、しっかりと休息の時間を取るため、パーティーを3つに分ける事を決めたのだ。
編成は、慣れ親しんだ相手と言うことで、ルイスとネロチームが1つ。
残りは後衛のライラとカズイを分けるため、カズイ、アシェラチームとオレ、ライラチームに分かれる事となった。
くぅ……アシェラがカズイとペアとか……その席はオレが座るはずなのに! NTRの旦那はこんな気持ちなのか?
悔しい妬ましい……心の中で嫉妬心を爆発させながら、血の涙を流しつつカズイに譲ったのである。
そんなオレの姿を見て、カズイは頬を引きつらせ、ネロとルイスは呆れて小さく首を振っていたのは特筆しておく。
そんな道程も、8個の広場を越え9個目の広場に至る所で、不意に空気が変わる感覚を感じた。
「ルイス、ちょっと待ってくれ」
「ん? どうした?」
「今、おかしな感覚を感じた。この感じ……迷宮主のいる階層に入った時と似てる」
「は? 迷宮主だと? ちょっと待て。ネロ、ストップだ。全員ライラとカズイさんを中心に集まれ。ネロは前方、アシェラは後方の警戒を頼む」
ルイスの指示で全員がライラとカズイを中心に集まっていく。
「アルド、どう言う事だ? 迷宮主って……オレ達はまだ階層を1つも越えて無いだろ」
「オレにだって分からない。もしかして似た感覚ってだけで、迷宮主はずっと先かもしれない。ただ、警戒だけはしておいた方が良い」
「警戒って……もしかしてお前、あの広場が階層だったって言いたいのか?」
「分からない。でも、この迷宮は他と違い過ぎる。だったら、そんな事があっても不思議じゃないんじゃないか?」
ルイスは苦い顔で口を閉ざしてしまった。自分では判断が出来ないのだろう。
誰もが言葉を発しない中、アシェラとネロが口を開く。
「アルドが言ってる事は本当。ボクも同じように感じた」
「お、オレもアルドが正しいと思うぞ……勘違いかと思って言わなかったけど、この通路に入って匂いが変わったんだぞ……」
「アルドだけじゃなく、アシェラにネロもか……なるほど。迷宮には、オレ達の知らない謎がまだまだ沢山あるって事か」
ルイスは少し考えてから、これからの行動を話し始める。
「流石にこのまま迷宮主に挑むのは危険過ぎる。ただ何もせずに帰るなんて冒険者失格だ。違うか?」
「ああ、そうだな。で、リーダー様はどうするのが良いと思うんだ?」
「ここまで来るのに、オレ達なら1日半もあれば問題無い。次にやって来る時のためにも、迷宮主が何かだけは確認しておきたい」
ルイスは全員を順番に見つめ、自分の判断の可否を問うてきた。
「まぁ、妥当な判断だな。オレは賛成だ」
「オレも賛成なんだぞ。ここまで来て帰るだけなんて、勿体ないんだぞ」
「ボクも賛成。敵のチカラを把握しておくのは大事な事」
オレ、ネロ、アシェラは賛成か……しかし残り2人、カズイとライラは答える事無く、何かを考えている。
「ライラとカズイさんはどう思う? 正直に話してくれ」
「私も基本的には賛成。でも倒せそうだとしても、今回は一度 戻った方が良い。戦うなら、なし崩しじゃなくて万全の状態で挑むべき」
「なるほど。確かに今のオレ達は魔力も半分しか残って無いか……カズイさんはどうです?」
「ぼ、僕も迷宮主を確認しておくのは大切だとは思うけど……もし見つかって逃げられなくなる事は無いのかな? アルドも本当に戦えるか分からないんでしょ? だったら……偵察するなら、僕とルイス君とネロ君の3人で行くのが良いと思う……アルドだけは何があっても失うわけにいかないから……もう以前のコボルトの時みたいな事は嫌なんだ……」
カズイの言葉は、オレが思ってもいなかった物だった。
あの戦いで心に傷を負っていたのは、オレだけじゃなかったって事か……不甲斐ない使徒で申し訳ない……心の中で頭を下げてから、ゆっくりと口を開く。
「偵察をするのは決まりだな。問題は方法か……」
「そうだな。ただカズイさんの言う事は尤もだ。お前の命だけは絶対に守らないといけない。だったら索敵はオレ、ネロ、カズイさんで行う」
「ちょっと待ってくれ。お前等だけで行くのは反対だ。この迷宮はゴブリンしか出ないって言うなら、恐らく迷宮主はゴブリンエンペラー。オレ達が空を飛べるとは言っても、この通路の高さは3メードも無いんだぞ。安全に逃げられるとは思えない。行くなら全員で向かうべきだ」
そこからは、全員がやいのやいのと意見を出し合い、意見が纏まる様子は無い。
「待て待て、分かった。一度 1つ前の広場まで戻ろう。どっちにしても魔力が減ってるんだ。回復だけはしておくぜ。そこで誰が行くかはジックリ決める、それで良いよな? アルド」
「ああ、問題ない」
結局、簡単に答えは出ず、取り敢えずは休息を取る事になったのである。




