3.魔法
3.魔法
この世界に転生して4年が経過した。
これだけの時間を生活する事で、幼いながら幾つもの事を学ぶ事ができた。先ずは暦。驚く事に、この世界の時間は日本と殆ど同じであったのだ。
1年は12ヶ月、1ヶ月は30日、1日は24時間である。
そして1週間は地から始まり水、火、風、光、闇の6日間。5週間で1ヶ月だ。
ほとんどの者は闇の日を休日としているが、商人だけは火の日を休みとしている。恐らく皆が一斉に休んでも困るので上手く出来てるのだろう。
話は変わるが、3歳になった頃から文字と算術の勉強が始まった。毎日、朝食が終わってから昼食までの3時間ほど。
先生は執事のローランド、ナイスミドルなイケメンである。
文字は日本語より英語に近いようで、簡単なのか難しいのか正直な所 良く分からない。
日本では英語の成績は赤点ばかりだったが、この体になってからは驚く程 簡単に記憶できる。文章特有の文法と単語を覚えるだけで終わりそうだ。これなら日本の時のような事にはならないと胸を撫で下ろした。
算術は基本、四則演算ができれば問題ないらしく、今さら勉強する必要は全く無い。方程式や三角関数、微分・積分なんてこの世界には存在しないと思われる。
もう少し年齢が上がると、歴史や礼儀作法、武術や魔法等、色々な科目が増えるらしい。
そして実際に初めての授業を受けてみたのだが……これはキツイ。34歳にもなって1+1を2時間かけて習う事を想像してほしい。簡単すぎてツライ。
どうやって時間を潰すかが本当に辛かった。最近はエルと同じ内容ではなく自習が増えてきたのが唯一の救いだ。
エルには申し訳ないが、最近は主に歴史や物語の本を読んで過ごす事が多くなりつつある。
実は4歳ともなると過不足なく歩けるようになっており、屋敷の中で行った事が無い場所はごく僅かな立ち入り禁止場所のみである。
そんな中でオレのお気に入りの場所は書庫。この中世のような世界では、まだ印刷技術は無く全ての本は写本であった。
本が恐ろしく高価な物と認識されている世界で、意外な事に爺さんはオレ達に書庫の出入りを許してくれている。
まぁ、最初から許してくれた訳ではなかったが、オレがあまりにも本を読みたがったのと、粗雑には扱わずむしろ丁寧に本を扱う姿を見て、許してもらえたというのが本当の所だ。
色々あったが本を読む許可が出たのは事実である。オレはここぞとばかりに母さんを連れて書庫に入り浸った。
最初は楽しそうに本を読んでくれてた母さんだったが、毎日何時間も同じ本を読まされ、その度に文字の意味を聞かれるのに嫌気がさしたのだろう。最近では父さんや字の読めるメイドにその役を押し付けようと画策している。
ある闇の日の休日、朝食が終わり早速 書庫に向かおうと歩きだした所で声をかけられた。
「兄さま、また書庫ですか?」
声の主は弟のエルファスだ。
「もちろん! はやく魔法書を理解して魔法を使うんだ!」
「魔法!」
「エルも早くいくぞ」
「はい。母さまも一緒に!」
オレは母さんの眼から光が消えて死んだ魚の目になったのを見逃さなかった。
「ワカッタワ マホウショ ヲ ヨミマショウ」
オレは何も気が付かないフリをして、書庫への道をスキップをしながら歩いていく。
その隣で母さんが、「ワタシ ハ マシーン……マホウショ ヲ ヨム マシーン……マホウショ ナンテ モエテシマエ」と、呪いの言葉を吐いているのは、気付かないフリをさせてもらった。
書庫には魔法書だけでなく、歴史書や辞典、物語。変わった物では自伝や帳簿なども置いてある。
オレはお馴染みになった、魔法書を笑顔で母さんへ手渡した。
母さんは何回、何十回、もしくは100に届く回数を読まされたであろう魔法書を見ると、とうとう諦めたかのように苦笑いを浮かべながら口を開く。
「アル、そんなに魔法が使いたいの?」
「うん! 使いたい!!」
母さんは嬉しそうなオレの顔を見て、苦笑いを浮かべながらゆっくりと話し始めた。
「ハァ……アル、良く聞いてね。魔法書を読んだだけでは、魔法は使えるようにならないの。魔法書は魔法を使える者にしか意味がないのよ。もう少し大きくなったら喜んで魔法を教えてあげる。それまでもう少しだけ待てない?」
オレは母さんの言葉を聞いて、心の中で納得していた。
何故か? 魔法書には「魔力操作」や「魔力変化」、「魔力の共振」などの言葉は出てくるものの、それがどういった物なのかは一切 書かれていなかったからだ
何か理由があるのか? そんな考えに至ったとしても、大きくなるまで魔法が教えて貰えない事に変わりは無いわけで……折角、魔法がある世界に転生したのに、これでは蛇の生殺しだ。
オレの不貞腐れた様子を見ていた母さんは、更に話かけてくる。
「子供には魔法を教えちゃいけない事になってるの。何故だか分かる?」
子供に魔法……分別の付かない子供が、魔法なんて超常のチカラを持つなど、社会が許容出来るわけがない。
魔法と言っても、コップ1杯の水を出す物から、夜の灯りになる物。果ては山1つを吹き飛ばしたという伝説まである。
子供程度に大きな事はできないというのは思考停止だ。マッチ1本の火でも家は焼けるのだから……
それでも何とか魔法を教えてもらえるよう、必死に言葉を探していく。
「僕が魔法でイタズラをするから?」(なんとか魔法を教えてもらうキッカケをつくらねば!)
「そうねぇ、イタズラに使っちゃダメねぇ」
「イタズラに魔法は使わない! 約束するから」(イタズラなんてしません! メイドの花園を覗くだけです)
母さんはジッとオレを見つめながら、諭すように口を開いた。
「例えばね、これからアルにお友達ができて、ちょっとしたケンカで魔法を使っちゃったり……そんな事があるかもしれない」
「僕は友達に魔法なんて使わないよ」
「ふふ、そうね。アルは使わないのは分かってるわ。でもね、使う子は必ずいるの。だから「10歳になるまで魔法を教えてはならない」って決まりが出来たの」
「……」(くぅ~、そんな法があるとは……オレだけ例外に……難しいかぁ)
「アル、分かってくれる?」
「……」(くそーー魔法つかいたいぃぃぃぃぃぃ)
「アル……」
「……」(ハア、しゃーない今回は諦めるかぁ)
「……」
「母様わかった。魔法は大きくなってからにする」
「良い子ね、アル。その代わり、魔法が上手に使える様になる遊びを教えてあげる」
「!! やる! やりたい! 教えて母様!」
「フフッ、急に元気になったわね。それじゃあ教えてあげる。その代わり、もう魔法書は読まないわよ!」
「ありがとう、母様。大好き!」(魔法を教えて貰えるなら 魔法書はドウデモイイデス)
オレ達の会話を聞いていた、もう1人の声がこの場に響いた。
「母さま、兄さま、僕もやりたい!」
エルは自分だけ仲間外れになるのを恐れるように、普段とは違い大きな声で叫んでいる。
母さんはオレからエルに視線を移し、微笑みながら語りかけた。
「勿論よ、エル。アナタも一緒に覚えましょ」
その日からオレ達は、母さんから「魔法が上手に使えるようになる遊び」とやらを教わる事になったのである。
居間----------
オレとエルが居間のソファに座った所で、母さんが話し出す。
「これから教える事は魔力操作という技術よ。この魔力操作だけでは魔法は発動しない。魔法を使うにはもう1つ魔力変化という技術が必要になるわ」
2つの技術で魔法は出来ているらしい。
「ただの魔力を水の魔力や火の魔力に変化させて、初めて魔法が使えるのよ。逆に言うと魔力変化だけでも魔法は使えるわ。ただし魔力変化だけだと風の魔法であれば風が吹くだけ。水の魔法であれば手の平から水が溢れるだけね」
魔力変化が魔力をそれぞれの魔法に変化させる技術のようだ。
「例えば風の魔法のエアカッターであれば魔力変化で風の魔力に変化させ、魔力操作で刃を作るの。そうすれば、こんな風に」
母さんが軽く指揮者のように指を振ったと思ったら、指先から何かが飛び出した。しっかりとは見えないが、空気が屈折して何かが飛んでいくのが分かる。
次の瞬間、部屋の隅に置いてあった花瓶の花が1輪、音も無く落ちた。
母さんの指先と落ちた花を何度か見比べた後、母さんの顔を見上げると、そこには今まで見た事ないぐらいのドヤ顔で、オレ達を見つめる母さんがいた。
母さんの授業は分かり易い。読んでもらっていた魔導書では何が言いたいのか判らなかった事が、説明を受けて実践すれば驚く程、簡単に理解できた。
百聞は一見にしかず、論より証拠、犬も歩けば棒に当たる。
「さあ2人共そこに立ってみて」
オレとエルは言われた様に、少しの間隔を空けて立つ。
「そしたらゆっくりと瞼を閉じてみて。瞼が閉じきる寸前、微かに光が見える所で止めて」
俗に言う半眼というヤツなのだろう。言われた通りに半眼になるまで目を閉じた。
「眼を完全に閉じちゃうと体がフラつくし、眼を開いてると瞬きをする。フラつかないで瞬きをしない所まで瞼を閉じればOKよ」
“行動の意味を教える”自分が今、何の為に何をしているか。しっかりと説明してくれる。
「次は体の力を抜いて自分が一番リラックス出来る立ち方で立ってみて……出来たわね。じゃあ次いくわよ。そのまま力を抜いて……リラックスよ……」
母さんの言葉通りに肩のチカラを抜き、リラックスしていく。
「リラックスしてきたら自分の中に意識をゆっくりと移してみて……」
オレ達を脅かさない様に小さな声で話してくれる。
「そう……良いわよ……体の中を温かいモノがゆっくり流れているのがわかる?もし感じられたら……それが魔力よ」
オレは言われたようにしたつもりだったが、一向に魔力の感覚が掴めない。
どれぐらい時間が経ったのだろう。1分?10分?さすがに1時間は経ってないはずだ。
少し疲れを感じ始めたオレは仕切り直しとばかりに眼を開け、周りを見渡してみる。
ボンヤリとした光、部屋が暗いわけではなかったが“それ”は確かに光っていた。
「エル……わかる?それが魔力よ……」
ボンヤリと光るエルを見つめながら、嬉しそうな母さんの声が響いた。
暫く経った後---------
「今日はこれぐらいにしましょう!」
エルが光ってから2時間ほどだろうか昼食の時間になりオレ達は魔力操作を終了した。
今日の昼食は父さん、母さん、オレ、エルの4人。
いつもは母さん、オレ、エルの3人が固定で、そこに父さんが入ったり入らなかったりの3~4人である。
皆で昼食を食べながらでの話題は、当然ながら魔力操作だ。
「エル 1回で“魔力を感じられた”らしいじゃないか すごい事だよ!僕なんてひと月以上かかった」
「なんかね!あったかいのがぐるぐるするの!」
子供らしく拙い言葉だが、その感覚を伝えようと必死に話しているエルは、満面の笑みを浮かべ心の底から嬉しそうだ。
父さんはエルの話を一通り聞いてから、オレの方に向き直った。
「アルは魔力を感じられなかったのかい?」
「体の中を意識するってのがよく分からなくて……」
「そうか、魔力だけは自分で感じるしか方法が無いんだ。魔力の大小はあるにせよ、まったく無い人はいないからね」
「魔力の無い人はいない……オレにも魔力は絶対にあるんだ」
「そうだよ。僕も魔力を感じるのには苦労したんだ。自分には魔法が使えないんじゃないかと子供の頃は本当に悩んだよ」
「父様も……」
しかし、オレは直ぐに魔力を感じられたエルとの才能の差を感じてしまって、父さんの言葉を頭では理解できても、どうしても納得できなかった。
「……」
「……」
「聞いてほしい。アル、君はまだ若い、若すぎる。本来なら魔力操作なんてずっと先の話なんだ。もっとゆっくりで良いんだ。あまり早く飛び立たないでおくれ。僕はまだまだ父親をしていたいんだから」
父さんはオレを真直ぐに見つめ、優しさに溢れた眼差しを向けてくる。
「若い……ゆっくり……わかりました。父様」
父さんの言葉は尤もなのだろう、本来は10歳を過ぎてから習う物のはずが、無理を言って4歳から習っているのだから……
そうして、昼食も終わり、そろそろお昼寝の時間かと思われる頃合い。
「兄さま、眠いです」
「ごめん、エル。一回でいいんだ。魔力操作を見せてくれ!」
「僕はあったかいのが分かるだけですよ……」
「その“あったかいのをぐるぐる”するのが見たいんだ。頼むよ!1回だけ!」
そうして眠い目を擦りながらぐずるエルに、泣きの1回を頼み込んだ。
渋々ながら承知してくれたエルを、瞑想に入る前から真剣に観察していく……自然体になって完全にリラックスしてるようだ。しかし、特別な感じは特に無い……
ただ静かに……気配と言うのだろうか……目の前にいるのに、ふと見失いそうな感覚におちいる。
すると、ゆっくりと、しかし確実にエルの体が光り出していく。
その光を見ていたオレは“光に吸い寄せられる蛾”の様にふらふらとエルに近づいて行った。
(綺麗だ……)
ゆっくりと手を伸ばしエルの肩に触れると、一瞬エルの体がピクっと動いたが、すぐに元の状態に戻っていく。
一方、オレはエルの肩に置いた手から何か“あたたかいもの”が流れてくるのを感じられた。
“あたたかいもの”に危険な感じは無く、むしろ心地良さを感じオレは身を委ねていく……10秒?20秒?きっと1分は経ってない時の中で、エルの光に飲み込まれるようにオレの手がゆっくりと光り出すのを感じた。
光は徐々に手首、肘、肩とどんどんアルドの体全てに広がっていく。
遠目で様子を見ていたラフィーナは、まるでエルファスの光と同調するように光り出すアルドを見て、座っていたソファから飛び上がった。
(魔力が他人に伝播するなんて聞いた事がない!)
通常、瞑想状態に入っている時、誰かに触れられても瞑想から抜け出すだけだ。多少、驚きはするがそれだけである。
(何が起こってるの?)
ラフィーナはアルドとエルファスの横に立ち、祈るような気持ちでアルドの手を両手でゆっくりと握り、そのまま、ゆっくりとアルドの手をエルファスの肩から離していく……
(大丈夫、大丈夫なはず……)
ラフィーナの祈りが通じたのか、2人の光は徐々に小さくなっていき、やがて消えていった。
光が消えると直ぐに2人は嬉しそうに眼を開け、お互いの顔を見て興奮しながら話し出す。
「あれが魔力か!エル、ありがとな」
「兄さまと僕のあったかいのが混ざってグルグルしてたねー」
「おう、何か、あたたかくて気持ち良いな」
「うん!」
ラフィーナは心配していた分だけ、楽しそうに話す2人に向かい、つい大声を出してしまった。
「アル!エル!」
何か言う事があるはずだが、上手く言葉が出てこない……元気そうな2人の顔を見ていると、安堵のためか涙が零れてくる。
一方の2人は楽しく話していたら急に母親が泣きだしてしまい、どうして良いか分からずパニックだ。
そんなカオスな空間だったが、ラフィーナは深呼吸をして気持ちを切り替えると、子供達に早口で体の具合を聞いた。
「大丈夫?痛い所は?苦しくない?どこかおかしい所はある?」
答える前に矢継ぎ早に質問が飛んでくる。
「心配かけてごめんなさい。大丈夫です」
「痛くないよ。兄さまと“あたたかいもの”をぐるぐるしてたの」
それぞれの言葉で無事を告げると、ラフィーナはその言葉を聞いてやっと安心する事ができた。
「よかった……もう心配かけさせないで……」
そうして魔力操作の初歩は、一応の終わりを見せたのである。
お昼寝タイム-------------
2人の子供がお昼寝に入って、やっと静かな時間が訪れた頃合い。
ラフィーナは先程の光景を思いだしながら、魔法研究室の一員&魔法使いとしての知識をフル動員していた。
(たとえ兄弟とは言え自分以外と魔力を受け渡すなんて聞いた事がないわ。もしかして双子だから魔力の質が同じで、魔力の受け渡しができた?)
先程のアルドとエルファスの様子を思い出し、自分なりの仮説を立ててみる。
(双子であれば同じ事ができる?双子の魔法使いの文献か……研究室にあったかしら。偶然?何か新しい技術?)
とりとめのない考えが浮かんでは消えてゆく。
(2人の様子では危険は無さそうだけど……どんな影響が出るか……やっぱり魔力の受け渡しを禁止したほうが良いのかもしれない)
ラフィーナからすれば魔法の発展など知った事では無く、アルドとエルファスに悪い影響が出ないか、その一点に尽きる。
(ハア……しばらくは様子を見るしかないか……)
暫く考えてみたが、良い考えは浮かばない……今は目を離さずに見守るしかないようだ。
1人、思い悩んでいると同じベッドで幸せそうに寝ている2人の姿が目に入ってくる。
(ハア、人の気も知らないで……もう。絶対に母さんが守ってあげるから、私のかわいい天使達)
ラフィーナは2人の身を案じながらも、あどけない寝顔に癒されていた。




