第七話 水車
俺がこの世界にやってきて一週間が過ぎた。
修道院でカドルホスさんとグビラさんと一緒に生活するようになり、ここでの生活にも少しずつ慣れてきた。
俺はBlenderの能力を使って修理屋をやることになり、クルド村の人の依頼を受けて修理の仕事をしている。修理と言っても、俺の場合はBlenderで同じものを作り出すことになる。この力は当然秘密で、村の人達には言っていない。
クルド村は人口が二百人くらいで、俺が思ってたよりはでかかった。だから細々とした壊れたものが毎日のように出てきて、俺はそれを有償で直していた。
今の俺は、グビラさんの遠い親戚という設定だ。木工職人として修行中で、ある工房での修行が一段落して家に帰る途中、グビラさんの所に立ち寄ったということになっている。いるのは期間限定で、その間だけ修理屋をやっている、というわけだ。
「雨だ…結構強いな」
作業小屋で包丁の柄を直していると、雨足の強い音が聞こえてきた。豪快に屋根に雨音が響く。よく見ると、小屋の隅の方で雨漏りしていた。後でグビラさんにも言っておこう。
「ふぃー急に降ってきたわい」
グビラさんが小屋に入ってきた。服に点々と雨の跡があり、顔や頭も濡れていた。グビラさんは袖で顔を拭った。
「まったく、ついさっきまで日が出ていたのに急に雨とはな。今年も雨期が近いな」
「雨期? ずっと雨が続くんですか?」
「うん。四月終わりから一月ばかりな。ほとんど雨の日ばっかりなんだ。それが終わったら秋の作物の苗を準備する」
この世界の暦も12ヶ月だった。月齢も同じで一ヶ月は30日。今はギバンナ国歴五百十七年で四月十七日だ。四月終わりから雨ということはもうじきだ。日本で言う梅雨のようなものだろうか。
「修道院でも何か育ててるんですか?」
「修道院の周りにはない。だが村の畑を借りていてな。私らが食べる分の半分くらいはそこで作ってる」
「自給自足なんですね」
「それはそうだろう。天から降ってくるわけでなし」
「市場で売ってたりしないんですか?」
「市場か。村にはない。ヒッケンに行けばあるが、それは町の住人のためのものだ。それに少々値が張る。足りない分は村で分けてもらうんだ。その代わりに農作業を手伝ったり、カドルホスが文字や算術を教えたりする」
「そうなんですね」
毎日の食事はグビラさんが用意してくれていた。パン。スープ。チーズ。時々卵料理。気にせず食べていたが、考えてみればスーパーやコンビニがあるわけではないのだ。買うにしてもそんなに気軽に買えるものではないのだろう。
「雨か。そう言えば…すっかり忘れてたな。どうしよう」
グビラさんが腕組みをして考え込む。
「どうしたんですか?」
「いや、な。修道院の奥には水車小屋があるんだが、それが冬の間に壊れてしまったんだよ。近くにあった木が雪で倒れてな。それで雨期までには直そうと思ってたんだが、結局雨期になってしまった」
「雨期に使うんですか」
「ああ。使うというか、使えるようになるんだ。川から水を引いてるんだが、冬から春にかけては水位が低い。だが雨季になると雨水で水位が上がるから、それで水車も使えるようになるんだ。小麦を挽いたり豆をついたりするのに使うんだよ。夏頃に新しい麦が取れたらしばらくは修道院でパンを焼くんだが、それは自前の水車で挽いたやつなんだ。挽きたて、焼き立てはうまいぞお」
そのパンを想像しているのか、涎でも垂らしそうな顔だった。
「直すのって大変そうなんですか?」
「うん。小屋はまだいいんだが、水車の車部分が潰れてな。あと回転する歯車も折れてた。町の職人に頼もうとしたんだが向こうも忙しいようでな……結局頼みそびれてしまった」
チラッとグビラさんが俺を見る。
「……お前さんの力で直せんもんかのう?」
「水車をですか?」
水車は見たことがあるような無いような。ただ、水車の回転で石臼を挽いて粉を作るのは知っている。具体的な構造はわからないが、横回転を縦回転に変えるのに歯車が必要だったはずだ。
「出来るかも知れませんけど……どうかなあ?」
Blenderは3Dの立体物を作ることが出来る。しかし製図用のソフトウェアではない。それをやるのはCADだ。Blenderでも正確な構造を作るのは無理では無いと思うけど、やってみないと分からない。それにそもそも、俺の技術で作れるのかどうかが分からない。
「見るだけ見てみますかね。直せるかは分かりませんけど」
「ほう! やってくれるか。じゃあ雨が上がったら見に行こう」
「分かりました」
午後になると雨はやみ、俺とグビラさんは水車小屋に来ていた。
靴は木靴ではなく新しい革靴を用意してもらっていたが、水たまりやぬかるみでベチョベチョになる。これなら木靴のほうが良かったかも知れない。
「完全に…壊れてますね」
水車小屋の小屋部分は片付けたらしく、屋根も壁もなくなって水車部分が野ざらしになっていた。水車は半分ほどが潰れており、取り外して地面に置かれている。いくつものパーツが散乱し、思っていたよりひどい状況だった。
「うむ。車軸は折れていないが、車と歯車がやられてる。しかしずっと野ざらしになってたから、全部作り直したほうがいいかもしれんな。ちょっと木が曲がってるような気がする。苔もついとる」
「そう……ですね」
中途半端に直すより、全部作り変えたほうが良さそうだ。
しかし問題なのは、それが出来るかどうかだ。
いくつかのパーツを直すくらいに考えていたが、全部作るとなると、水車としての構造を理解しないといけない。
まず水車の車部分だ。十六枚の羽板があり、同心円状に木を組んで作られている。パーツを組み合わせれば作れそうだ。車軸は軸台に載せたままになってるが、同じような太さの棒を作ればいいから楽だ。重要なのは歯車だ。
車軸の端部は斜めに歯車がついている。それを縦に設置された軸が、同じように斜めの歯車で受けて、回転を横軸から縦軸に変えている。その先は石臼になっており粉が挽ける。歯車をうまく噛み合うようにしないといけない。
だが歯車と言うか、これは棒と棒で噛み合うようになってるだけだ。きっちり隙間なく合わさるのではなく、棒同士がぶつかるようにしてある。つまりかなり遊びがある。八等分になるようにしておけば問題はなさそうだ。
次は杵だ。これは茹でた豆を潰して干したり、焼いたくるみを割ったりする。頻度は少ないが、玄米をついて精米にも出来るそうだ。金属を加工するのに使うこともあるらしい。
杵は縦の動きだが、回転ではない。これはクランクだ。車軸に棒をつけて、縦においた杵に溝を切っておく。すると棒が杵の溝に引っかかって上に動き、車軸が回転して溝から棒が外れると杵が下に落ちる。これも溝の部分はそこまで精密でなくても良さそうだ。
「出来そうな気はします……個々の構造自体はそれほど複雑じゃない」
「お、そうか! じゃあすまんが、ちょっとやってもらえるか。まあ無理なら無理で職人に頼めばいいし」
「はい、分かりました」
グビラさんは他の用事を片付けるためにどこかへ行った。
俺はしゃがみこんで壊れた水車をみる。これは見ながら作った方が良さそうだ。
まず車部分。直径を測ると二メットル。メットルはほぼメートルと同じくらい。セントルはセンチだ。
羽の長さは三十セントル。厚さは三セントル。これを十六枚用意し並べればいい。
水車全体は二重丸を二つ張り合わせたような構造で、円と円の間に羽がついており、そこで水を受ける構造になっている。使うときは車の下部三十セントルほどを水につけるようだ。
車軸を受ける台はレンガで作られており、これはこのまま使えそうだ。だから、この台に合うように同じ大きさの水車を作らなければいけない。
まずは羽だ。立方体を出して、高さを3セントル、XとY軸方向に30セントルに縮める。これでいい。とりあえず置いておく。
水車全体を作る。十六本の棒と台形の板を組み合わせて作ってある。まず棒だ。測ると90セントルなので、XYZをいじって太さ三セントル、長さ90セントルに。
次は棒に組み合わせる台形の板だ。最初に作った羽をシフトDで複写。上端を縮めて台形にする。内側と外側にあるので、それぞれサイズを調整する。これでいい。
あとは車軸受けだ。一辺が15セントルの正方形の箱。これも羽の板を複写し、サイズを合わせて作る。
パーツは出来たのでこれを組み合わせる。Blenderの中では釘を打たなくてもパーツ同士はくっつくが、レンダリングしたあとのことを考えると釘を打ったほうがいいだろう。Blender的には全部一つになった削り出しみたいな構造を作ることもできそうだが、それでは見られた時に妙だと分かってしまう。現実世界に合わせよう。
まず棒を16本に配列で増やし、シンプル変形で曲げて円形に配置する。他のパーツも同様だ。台形も増やして、合うように配置する。真ん中に軸受けを置いて、これで水車の片面が出来た。
釘用のパーツを作る。元の水車と同じように、太さ5ミルメットル、長さ5セントル。これをパーツの接合箇所に配置。これでレンダリングしたら打ち込んだ釘になるだろう。
水車の片面全体をシフトDで複写。間に羽を置いて、ちょうど挟まるように水車のパーツを動かす。そして羽部分にも釘を配置する。
これで水車部分はできた。
なんだ。思ったより簡単だった。正確に全部測るとなると大変だが、おおまかにやってしまえば簡単なものだ。現実にやったら無理だろうが、Blenderはやりながらパーツの微調整が可能なので楽でいい。
あとのパーツもやってしまおう。
一時間ほどで水車と杵と石臼のパーツは完成した。実際にレンダリングしないと分からないが、なんとかなりそうだ。
小屋の部分も適当に作った。四隅に柱を置いて、壁に板を張って、屋根も壊れた材料を見ながらなんとか作ることが出来た。ドアの蝶番はどうすればいいかわからなかったので嵌めてないが、元の小屋の蝶番を使えば後付け出来るだろう。
残るはマテリアル。一番の面倒なやつだ。
木材の基本的なシェーディングは斧を作ったときと同じでいいだろう。ノイズテクスチャとバンプをノーマルにつなぐ。木目はもう一つのノイズテクスチャを歪ませて作る。この一週間で作った他のものも同じようにしてきた。
水車も木材部分は全て同じシェーディングで処理する。でかいパーツは木目部分がなんか妙に見えるが、まあなんとかなるだろう。
釘は暗い灰色で単色で塗りつぶす。
小屋も木材はさっきと同様。
屋根は黒単色だが、ペンキのような質感が必要だ。本来は膠と炭を混ぜたものを使うそうだが、しばらく晴れが続かないと乾きにくいので、面倒なので塗ってしまおう。
メタリック0.2、光沢0.5、粗さ0.2。ちょっと光沢のある表面になった。これで良さそうだ。Blender上では塗装の厚みは存在しないが……まあ多分大丈夫だろう。駄目だったらグビラさんに塗り直してもらう。
出来た水車と小屋を並べる。いい感じだ。しかし本当に動くのだろうか? Blenderには物理演算機能もあるが、俺は水車を実際に動かす方法は知らない。
一度出してみて駄目だったら捨てればいいだけだが、多分結構大きなオブジェクトだから、今の俺の魔力ではそう何度も出せないだろう。
「そうか。ミニチュアを出せばいいんだ」
水車と小屋を縮小し10セントルくらいにする。これまでの経験上、パーツが多くても小さければ魔力の消費は少ない。ミニチュアなら何回か出しても問題ないだろう。これで、レンダリング。
出てきた水車を地面において、動かしてみる。車軸は台の代わりに俺が持って、手動で回す。くるくる。お、ちゃんと石臼につながる棒は回転し、杵も上下に動いている。問題なさそうだ。
小屋は置くだけだが、とりあえず押してもばらばらになるようなことはなかった。
俺は壊れた水車の部品を取り除き、Blender上の水車を重ねてみる。台の高さや石臼の高さを微調整する。
小屋も柱が基部の石にちゃんと乗るように凹ませて調整する。
不安は残るが……これで大丈夫なはずだ。レンダリング。
Blender上のオブジェクトが震えるように波打ち、実体化した。
「うぉ……これは……」
急にくらくらしてくる。魔力の消費がかなり大きかったようだ。これはほぼ限界まで使ったときの感覚に近い。
俺は二分ほどしゃがんだまま動けなかったが、少し落ち着き、完成した水車を見てみた。
置いてあった石臼に棒を差し込み、水車を回してみる。車軸がまわり回り、歯車が噛み合い、石臼と杵が動き始めた。回転速度を上げると、石臼と杵の速度も上がる。特に軋んだりしないし、部品のずれもない。完成だ。良かった。
完成した水車をグビラさんとカドルホスさんが見ていた。川から水を引いて水車が回るようにし、持ってきた小麦を石臼にいれる。石臼はまわり、白い粉が出てきた。
「おお、ちゃんと粉が挽けている! すごいぞリンタール! 大したもんだ」
グビラさんが石臼から出てきた粉をつまむ。これが小麦粉だ。すごい。本当に出来た。
「うん。ちゃんと出来てる。杵の方も使えそうだな。いやあ、これで一安心ですな、カドルホス」
「ええ。そっくりそのまま作り変えるとはリンタールの力はすごいですね……」
「この様子なら、もっと色んなものを直せそうですな。ヒッケンに行ってもっと仕事を請け負ってはどうですかな? その方がお金も稼げる」
「そうですね……仕事もそうですが、一度ヒッケンに行ってみますか」
「ヒッケンへ?」
「ええ。その服も古いですし、身の回りのものを買い揃えますかね。リンタールのおかげで、多少お金に余裕がありますし」
「そうですね。この服……もらっといて何ですがちょっとボロいですから。新しいのがあるとありがたいです」
「ふむ。じゃあ明日にでも行ってみますか? ついでに食材も買っていきましょう。水車小屋完成のお祝いをせねば!」
街か。一体何があるんだろう。どのくらいの技術水準なのか。行くのが今から楽しみだ。