愛人を優先し金遣いの荒い夫を離縁する事に致しました。
セリーナ・サラテリス公爵夫人は、歳は22歳。彼女はいつも胃を痛めていた。
「貴方、今宵も遅いのですか?」
アルバート・サラテリス公爵は、妻と使用人達に見送られながら、
「そうだな。今宵も泊まりになるだろう。留守を頼むぞ。」
いつもそうだ。
自分より愛人であるミレーユばかり優先し、今日も愛人宅に泊まってくるに違いないのだ。
結婚して、早3年、アルバートは結婚前も結婚後も色々な女性と浮名を流してきた。
金髪碧眼の彼はとても美男で、モテた。
アルバートが女性関係にだらしがないと言う事は知っていたが、由緒正しいケルデリク公爵家の三男であった彼との婚姻は、サラテリス公爵家としても断る事が出来なかった。
彼は婿として、サラテリス公爵家に入って来たのだ。
彼の女性関係が派手だと言う噂は知っていたけれども、わたくしは、それでもあんな顔が整った綺麗な男性がわたくしの夫になるという事がとても嬉しかったのだわ。
だから、彼と顔合わせをして、結婚するまでとても幸せだったのだ。
結婚したら、もしかしたら変わってくれるのではないのか?
自分一筋に愛してくれるのではないのか?
婚約中の彼はとても優しかった…だから、ちょっと女性の陰が見えても、目を瞑っていたのだ。結婚したら変わってくれる。自分は彼の妻なのだから…
しかし、彼は公爵家に入った途端、セリーナをないがしろにするようになった。
両親が生きている時はまだ、それでもアルバートは反省するふりをしていた。
金遣いも荒くはなかった。
しかし、頼りになる両親は一年前に馬車の事故で他界してしまった。
セリーナが頼れるのはアルバートしかいない。しかし、そのアルバートはセリーナと褥を共にするより、外の愛人ミレーユと共に過ごす事が多くなった。金遣いも荒くなった。
多少の散財は目を瞑る事にしている。女性関係も公爵夫人たるもの、愛人位でジタバタする訳にはいかない。結婚前の自分だけを愛してくれるだろうと言う甘い夢は捨てた。
セリーナは公爵夫人たるものはそう言うものと、強く自分に言い聞かせた。
彼女の従姉に、サリアと言う女性がいる。彼女は名門のイーストベルグ公爵家に嫁いでいるのだが、恐妻として知られていた。
サリアに頼りたくはなかったが、セリーナは久しぶりにサリアを屋敷に呼ぶことにした。
サリアは金髪碧眼の美人だが、男性言葉を使い男性の格好をしている。
彼女は一人の男性を伴ってやって来た。
懐かしい…幼馴染のゴルデウス・バッシクホットレストである。
彼は警備隊長として今、名を馳せていた。2m越えの髭だらけの大男だ。
「久しいのう。セリーナ。」
「何故、貴方が?」
サリアがにっこり笑って、
「お前の悩みに役に立つと思ったから連れて来たのだ。浮気三昧で悩まされているって?」
サリアには手紙に書いた。アルバートが自分をないがしろにし、愛人とばかり過ごしていると、金遣いも荒くなったと。しかし、サリアとゴルデウスを目の前にして、セリーナは強がりを言いたくなった。
そう、わたくしはまだ、アルバートを愛しているのよ。
「愛人の一人や二人、どうでもよいのです。わたくし耐えますわ。」
「それで、セリーナは幸せなのか?」
「幸せよりも公爵夫人として、耐えねばならぬことですわ。」
すると、ゴルデウスが立ち上がり、
「けしからん。セリーナを泣かせているとは。」
ドンとテーブルを叩けば、ピシっとテーブルにヒビが入る。
サリアも立ち上がって、
「今や耐える時ではない。女が強くあらねばならんのだ。」
サリアがテーブルを平手でバシっと叩けば、ヒビが入ったテーブルが真っ二つに割れた。
乗っていたティーカップやら、菓子が割れたり散乱する。
しかし、二人は気にした様子は無く、
セリーナに向かって、サリアは、
「叩き出せ。相手は婿だろう?それともお前が愛していると言うのなら、耐えろ。耐えきれぬから、私に相談したのではないのか?」
ゴルデウスも、
「そうじゃ。耐えきれぬから、サリア殿を呼んだのだろう?ワシはセリーナには幸せになって欲しいのじゃ。」
二人の言葉は嬉しかった。でも…
「有難うございます。お二人に来てもらってよかったですわ。でも、離縁なんて考えられません。わたくし、我慢致します。」
サリアはため息をついて、
「お前がそう言うのなら…私は何も言えん。」
ゴルデウスも、
「そうじゃの。外野がとやかく言う訳にはいかぬわ。」
セリーナは少しは気が軽くなった。
二人に来てもらって自分の事を解って貰えてよかった…
まだ耐えられる。そう思っていたのだが。
「貴方…お母様の形見の指輪と首飾り知りません?」
宝石が数点、無くなっていたのだ。
アルバートは不機嫌そうに、
「私を疑うのか?」
「いえ…そういう訳では。」
この家の使用人は父の時代から長く勤めている気心の知れた人ばかりだ。
盗み出すだなんて考えられなかった。
最近、アルバートが持ち出すお金も増えた。
「アルバート様。あまり散財されると、困りますわ。」
「煩い。たかが妻が夫に口出しするのか?私は金が入用なのだ。」
このままでは、事業が…公爵家が食いつぶされてしまう。
執事のセバスティアンが、
「旦那様は、愛人のミレーユに家を買ってやったそうです。奥様。いいのですか?このままではサラテリス公爵家が…」
「解っているわ…解っているけれども…」
わたくしは、アルバート様を愛しているのだわ。
だって、褥でのアルバート様は優しくて。何度もわたくしを愛しているって囁いてくれる。
だから、お金をいくら持っていっても、愛人を外で作っても、耐えようって思っていた…
でも…
サラテリス公爵家を潰されたら…亡くなった両親に顔向けできない。
執事のセバスティアンを呼んでアルバートが持ち出した金額の詳細の書類を準備して貰う。宝石類はアルバートが持ち出したと言う証拠がない。これは、調べる事が出来ないのだろうか。
セリーナは決意した。
アルバートを公爵家から叩き出す事にした。
- ☆☆☆ -
3日ぶりにアルバートは家に戻る事にした。
愛人のミレーユはそれはもう、色っぽい女性で、褥での相性は最高である。
「ねぇ。わたくし、新しい首飾りが欲しいわ。」
「解っている。公爵家に戻って、金を持ち出さないとな。」
「嬉しい。お待ちしているわ。」
ミレーユに買ってやった家で、ベッドでおねだりされると、アルバートは何でもこの女に買ってやろうと言う気になるのだ。
セリーナなんて妻は、口うるさいだけでつまらない。
ミレーユこそ最高の女だと、アルバートは夢中になっていたのだが…
とりあえず、公爵家に戻ろう。
もっともっと金を持ち出すのだ。ミレーユの為に。
セリーナはつまらない女だが、金を自分の為なら、出すだろう。口うるさくは言うが、ちょっと、褥で甘く囁いてやれば、黙る女だ。
馬車を呼んで、公爵家の前まで乗って、いざサラテリス公爵家の前に止めれば、庭に人が大勢いるのに驚いた。
門の前に立っている男に声をかける。
「何かあったのかね?」
「アルバートが戻ってきたぞーーー。」
「失礼な。私はサラテリス公爵、呼び捨てとはなんだ。」
門が開けられると、そこに立っている人物に驚いた。妻のセリーナの横にはこの国の王太子ファルトが両腕を組んで立っていたのだ。
その周りにはジオルド騎士団長、ゴルデウス警備隊長、他に騎士や警備隊の連中やその他の人達が30人程立っている。皆、アルバートを睨みつけていた。
凄い迫力だ。
王太子ファルトが書類を読み上げる。
「セリーナ・サラテリス公爵夫人から訴えが来ている。アルバート・サラテリス公爵が、家の資産を持ち出し、このままでは公爵家が破産の危機にあると言う訴えを聞いた。セリーナはお前との離縁を求めている。我が国では公爵家の破産の危機に対して、それを回避するに仕方がない場合、一方的な離縁を認めている。よって王太子命により。アルバート・サラテリス公爵は離縁により、サラテリス公爵家と縁を切る事を命じる。」
アルバートは驚いた。
セリーナは自分に惚れているはずだ。離縁なんてありえない。
「本当にいいのか?セリーナ。」
セリーナは冷たく言い放った。書類の束をアルバートに叩きつける。
「貴方が愛人の為に持ち出したお金の詳細です。返して頂きたいわ。」
ファルト王太子がチラリとアルバートを睨みつけ、
「返済義務はあるだろうな。」
「馬鹿な。私は公爵だぞ。サラテリス公爵。自分の家の金を使って何が悪い。」
ゴルデウス警備隊長がずいっとアルバートに迫る。
人相が悪くて凄く怖いっ…
「貴様ぁ。ろくに仕事もせずに金ばかり使いよって。ワシはセリーナが初恋だったんじゃ。
そのセリーナを泣かせよって。貴様。その細首絞めてやろうかっ。」
ジオルド騎士団長が、(こちらは黒髪碧眼のイイ男だ。)
「愛人に買ってやった家、それを売ればいいのではないのか?」
アルバートが叫ぶ。
「冗談じゃない。この離縁も認めない。金も払う必要はない。私はサラテリス公爵だ。」
ファルト王太子は、
「我が王家は、サラテリス女公爵として、セリーナ・サラテリスを認める事にした。
よってお前はただのアルバートだ。」
セリーナは、
「そういう事ですわ。お金はちゃんと返して下さいませ。」
ゴルデウスが睨みつけながら、
「我が警備隊が毎日、取り立てに愛人宅へ行くことになっておる。しっかりと払って貰うぞ。
遅れるごとに利子がつく事になっておる。いいな。」
アルバートは、勝ち目がないと思った。
愛人の為に買ってやった家を売り払い、逃げるしかない。
その場を後にすると、愛人ミレーユの元へ行き、
「この家を売っぱらって逃げよう。離縁されたんだ。私を愛しているのだろう?」
ミレーユはせせら笑って、
「わたしが愛しているのはお金よ。この家から出て行きたくはないわーー。貴方一人でどこへなりとも行ったら?わたしは知らないわ。」
頭にきた。ミレーユがドレスやらアクセサリーやら欲しがるから、金を沢山使ってきたのだ。
家だって欲しがるから。買ってやった。それなのに。
女の家から金目の物を持ち出す。
ミレーユが叫ぶ。
「何をするのよ。私のドレスよ。私の宝石よっーー。」
「煩い。」
アルバートはミレーユを殴り倒した。
家から叩き出す。ともかく金目の物を売り払い、逃げるのだ。
アルバートは家を買った業者へ、半額で家をたたき売り、金目の物を持って姿をくらました。
- ☆☆☆ -
セリーナは、アルバートの姿が消えたと聞いても、悲しくもなんともなかった。
愛していると思っていたけれども、わたくしは何も感じない…
もう、愛も冷めていたのね…
使われたお金は回収できるとは思っていなかったので、諦めた。
屋敷の使用人達は、アルバートが出て行って喜んでいるようで。
執事のセバスティアンが、
「奥様。いえ、セリーナ様。これからです。立て直しましょう。我がサラテリス公爵家を。私達は皆、セリーナ様の味方ですぞ。」
「有難う。セバスティアン。よろしくお願いするわ。」
サリアはイーストベルグ公爵夫人であり、イーストベルグ家はサラテリス公爵家の事業の立て直しに協力を申し出てくれた。
セリーナの新たな人生の為に応援をしてくれたのだ。
「私はセリーナの事を応援している。困った事があったら何でも言ってくれ。」
「有難うございます。本当に頼りになりますわ。」
有難かった。
女公爵となったセリーナは、皆の協力を経て、公爵家の事業を立て直した。
そして…最近、警備隊の面々が良く訪ねてくるようになった。
王宮を警備する騎士団と違い、警備隊は街を警備している連中で、人相が悪く、ガラも悪い。
警備隊長のゴルデウスが10人の配下達と、よく訪ねてくる。テラス席でお茶やお菓子を出して、セリーナはもてなすのだ。
ゴルデウスは変な気を使ってくれているのだ。
離縁されてセリーナが寂しいだろうとか…
セリーナはそんなゴルデウスの気遣いが嬉しかった。幼い頃から知っているゴルデウス。
5歳年上の彼は、セリーナに優しかった。
ゴルデウスは豪快に笑って、
「セリーナの事が心配でのう。大勢で押しかけてすまん。」
「いいのですわ。ゴルデウス様。わたくしもとても楽しくて。」
部下達が、
「隊長、セリーナ様の事を思ってぼんやりしているんですぜ。」
「本当に、困っちまいますよ。」
ゴルデウスは真っ赤になって、
「余計な事を言うではないっ。」
セリーナはゴルデウスの傍に行くと、にっこり微笑んで、耳元で囁く。
「今夜、お夕飯でも如何かしら。お一人で。」
「い、いいのかのうっ。」
「ええ。わたくし、一人でお夕飯は寂しくて。」
いつの間にか、セリーナはゴルデウスの事が気になっていた。
豪快で、いつも民の事を思って警備しているゴルデウス。
彼は身体は大きいが、気は優しい男なのだ。
彼と一緒にいたい…。
新たなる恋にセリーナは胸を高鳴らせるのであった。
それから、2年の月日が流れた。
セリーナが部屋で仕事をしていると、セバスティアンから報告してきた。
「門の前に見知らぬ男が来ていて、そいつが、アルバートだ。セリーナ様に会わせろと言っているのですが。」
「アルバート?何故、見知らぬ男と言うのです?」
セバスティアンの言い方が気になった。
「アルバート様ですかねぇ?あんな痩せて、汚い恰好をアルバート様がしていますかねぇ?」
セリーナは立ち上がって、
「一緒に来て頂戴。確認してみるわ。」
セバスティアンと共に門の前に行くと、痩せた汚い恰好のその男はセリーナを見て叫んだ。
「私だ。アルバートだ。悪かったっ。心を入れ替えたのだ。どうか、中に入れておくれ。」
2年前に逃げた昔の夫だった男…
見る影も無く痩せこけて、着ている物もボロボロで、お金も使い果たしてしまったのだろう。
それでも、セリーナはアルバートだと言う事が解った。
セリーナは一言。
「わたくしは今、再婚してとても幸せですの。1歳になる息子もおりますのよ。」
「さ、再婚だと???」
その時、アルバートの背後にぬうううっと立った男、ゴルデウスがアルバートの肩に手を置いて、
「我が妻に何の用だ?」
「お、お前がっ?」
「そうだ。わしがセリーナと結婚したのだ。」
アルバートは真っ青になって逃げていった。
セリーナは愛しい夫、ゴルデウスを出迎える。
「お帰りなさい。貴方…」
「今、帰ったぞ。」
「寒かったでしょう。さぁ、早く中へ…」
セリーナは今、とても幸せだ。自分だけを愛してくれる夫。そして愛しい息子…
アルバートはもう二度と、顔を見る事がないだろう。
彼がどこでどう生きようと関係ない。自分が関心があるのは、大事な家族だけなのだから。
何事も無かったかのように今日も、平和な一日が過ぎようとしていた。
エリオット「俺も失踪したら似たような目に???」
サリア「生温いな。お前が失踪したら地の果てまで探し出して、ちょん切ってやるわ。」
エリオット「な、何をっ( ゜Д゜)…???」
サリア「言わせる気が…( ̄ー ̄)ニヤリ」
(エリオットはサリアの夫でございます。笑)