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ホイールオブフォーチュンー1  作者: 充 龍斗
13/19

その2-3



 涼介のトラブルといえば、他にもあった。

昼休みが終わり、教室に戻ろうとした時だった。教室の中から女子のものすごい叫び声が聞こえて、私は焦る。何事かとクラス中が大騒ぎになり私を含めその場にいた全員が彼女の周りに集まってきた。

「きゃあっ!」

「何これ……」

女子児童が怖がっているものを見た子供から順に次々と悲鳴が上がっていく。

「ちょっと見せて」

私は集まっているみんなの輪をかき分けて、その対象を覗き込んだ。見た瞬間、そのグロテスクでこの世のものとは思えない物体を見た瞬間に全身が凍り付いた。叫びたいところをかろうじて唇を噛んで耐える。

それはとてつもなく大きなカエルだった。片手の手の平に乗せられない位の大きさのカエルが女の子の机の上に放置されていた。誰も触ることができず、その場にいる私と子供達は口を開けてぽかんとするしかなかった。

こんな大きなカエルがどこから入ってきたのか、私は我に返って考え始める。

しかしそれはすぐに分かった。

涼介だった。この騒ぎの中、数名の男子の取り巻きと私達の騒ぎをニヤニヤしながら見ていたのだ。カエルが置かれた席の女の子は半泣きだったが、その後クラスメイト達によってカエルをなんとか外に戻すと少し元気を取り戻したようだった。

涼介はその様子を見てつまらなそうな顔をしていた。その後、涼介がカエルを運んでいる姿を見た児童の話を受けて母親に連絡し、放課後には、大崎先生と親御さんからこっぴどく叱られていた。涼介の母親はとてもしっかりとしている母親で、涼介の素行については、よくわかっていた。学校にも大変協力的で、事が起きるといつも頭を下げて謝っていた。涼介は三年生の時に大崎先生が担任をしていたようで、母親も大崎先生とは仲が良く、お互い理解しあっていたようだった。それだけにこういった事が起きても、「またか」といった感じで話を聞いては、ひたすら大崎先生と私に頭を下げていた。涼介はただ俯いて、突っ立ったままで反省する様子などみじんもない。

私は担当して間もないので、彼の過去の行いについて全てを知っているわけではないが、ここ最近の問題だけでも、彼が厄介な人間だということを察した。

時に窓を気晴らしに割ることもあった、彼によって掃除用具に悪戯がされるのは日常茶飯事。しかし、頭もよく仲間には面倒見がいい態度なので、一部の男子からは憧れの対象でもあり、女子からも異性として好かれていた。



担当するクラスにそんな子がいるため、私はいつも頭を抱えていた。時には大崎先生や住野先生が叱りつけていたが私では話を聞かなくなることなどしょっちゅうだった。

「そこ、もう少し静かに!」

「なんでですか、女子だってしゃべってるじゃないですか、なんで俺たちだけ言われるんです?」

涼介はそう言うと、授業中にも関わらず再び友達と笑いながら話を再開した。

「ちょっとぉ、うるさい」

もう我慢ならないといった様子で美月は涼介に不快だという声色丸出しで言う。

「はぁ? お前らの方がうるせえだろ」

「そっちが、ギャーギャー騒ぐからこっちの話が聞こえないの」

「何の話してんだよ、どうせくだらねえ話だろ」

美月がその一言で腹を立て、涼介に向かって行こうとした。

「小林さん、落ち着いて」

授業している手を止め、私は慌てて二人の近くまで行って止める。

「先生! 何とか言ってよぉ」

 美月は困り果てた顔をして、私に助けを求めてきた。

「ちょっとぉ、涼介君!!」

 流石に、私も口を挟んだ。

「俺らは授業の内容を話してたんですよ? 何で責められなきゃいけないんですか」

絶対に嘘であることは明らかだったが、注意を厳しくしたところで聞く耳を持たないことは分かっていた。沈黙が落ち、涼介と美月の睨み合いは続いた。

その日は、研修のため、出張の予定だった。出張と言っても、市内にある隣の図書館に行って講義を聞くだけなんだが、時間に間に合うようにしないといけない。この後、すぐに学校を出なくてはならないのに、こういった時に限って物事はうまくいかないものだ。



 涼介の荒れ具合は日に日にひどくなっていき、私一人で手に負えず他の先生にトラブルが起こると間に入ってもらうことも増えてきた。特によく来てくれたのが住野先生だった。住野先生は、普段は人付き合いに無関心で飄々として見えるが、生徒を指導する時の住野先生はまるで違っていた。鋭いまなざしで涼介を睨むと、彼はすぐにおとなしくなった。

時には激しく一喝することもあり、職員室で静かに人と関わらないようにしている住野先生からは想像がつかない姿だった。

涼介の家庭は比較的裕福で家の教育には熱心とのことだった。弟が一人と妹が二人いて、家ではいい兄であると聞いていた。恵まれた家にいて、家庭では優しいと評判なのに、なぜこんな面倒を起こすのか私には理解できなかった。

問題が悪化するにつれ、職員室の空気も重くなっていった。最近は教務主任が涼介の素行について騒ぎ立てる事が多く、今日も職員室では大声が響き渡っていた。


 教務主任は村中先生といって、屈強な体を持つ体育会系の教師だ。私はほとんど話をしたことがない、というより、話さないようにしていると言ったほうがいい。威圧感があって苦手なタイプだからだ。今まではなるべく避けてきたのに、最近は涼介の件で目立ってしまったのか、やたら私に話しかけてくる。

機嫌が悪い時は小言をひたすら言い続けるが、機嫌がいい時でも延々と話しをしてくる。ためになる話らしいのだが、話が長すぎて、話をほとんど聞かなくなっていた。どこで話を切り上げられるかそれだけを気にしていた。

彼が話し始めると三十分から一時間は覚悟する必要がある。一時間話された時は、立ち話だったため足が疲れてパンパンになったのを覚えている。

できるだけ巻き込まれないようにしたいと考えて上手く逃げ回っていると、今日も誰かが犠牲となっていた。私と同期の新任教師で、彼の顔が固まっているのが見えた。私は彼に心から感謝して、急いでその場を後にした。


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