その1-9 絵を描く少女 一章終わり
高校の頃、同じクラスの女子がタロットカードを得意としていて、それがよく当たると評判だった。
彼女は昼休みに、机の上にタロットカードを広げてはじっと見つめていた。みんな怪しいとか浮いているとか、そんな目で見ていたが、彼女がたまに口から発する言葉はズバリ核心をついていた。
彼女の占いの真価が発揮されたのは、ある日の授業がきっかけだった。
その日は私の一番嫌いな数学だった。そして、数学の担当の太田先生は生徒の誰からも嫌われていた。彼は意地が悪く、嫌みを言っては陰険なやり方で生徒たちを困惑させる。
そして、心無い言葉を浴びせ続け精神的に追い詰め、事あるごとに知ったかぶるように説教を始めるのだった。彼は『大たぬき』と裏では呼ばれていた。
そんな太田先生の授業の日に彼が休むという話が入った。それは昼休みのことだった。
「今日は太田休みだって~」
「え? マジ」
「ほんと?」
「うん、今、職員室に行ったら、教頭が今日は自習してろって言ってた」
「やった~」
その報せを聞いて、クラスは歓声と拍手に包まれた。
その時はどの生徒も授業中に遊ぶつもりで、みんなが浮足立っていた。すると、カードを広げた彼女はぼそぼそっとつぶやいた。
「やめといた方がいい」
彼女の不穏な言葉にみんな一瞬静まり返る。
「え?」
「やめたほうがいい。多分、川崎先生がくる」
「はぁ? 川崎が来るって? それはないでしょ」
「そうそう、だって、あいつ今日は出張って聞いたよ」
「だよね」
「うん。おかしいよ」
みんな、彼女の言葉を真に受けずにいた。
今思うと、みんな、あの時彼女の言葉を少しでも聞いていれば、後悔することはなかった。
五時間目になり、チャイムが鳴っても私たちは友達と談笑し、スマホを取り出しては大きな声で電話やゲームをして好きなことをしていた。誰もが自由な時間を満喫していたその時、突然教室の扉が開き入ってきた人を見てクラスの殆どの人間は驚きで固まってしまった。
「おーい、代わりに授業やることになったから席につけ~」
大半があまりの驚きに声が出なくなっていた。固まっている生徒をよそに、川崎先生は事情を話しだす。
どうやら、太田先生が直前に授業に出てくれるよう川崎先生に頼んだらしい。川崎先生は太田先生の頼みを断れず、出張を早めに切り上げて授業に来たようだった。
その時のクラスのみんなの顔は顔面蒼白、といった様子だった。
「おい、そこの数名、後で職員室に来るように」
その後、自習時間にスマホで電話をしていた所を見られたクラスメイトはスマホを没収された挙句、反省文を長々と書かされていたそうで、彼らが愚痴をこぼしている姿は今でも記憶に残っている。
その出来事から、クラスメイト達は彼女のカードを信じるようになり、彼女に占ってもらうことが多くなった。恋愛の相談や自分の悩みなど、彼女の元には様々な悩みで人が集まってきた。
それが不思議なことに結構当たるもので、さらに噂は広まっていった。挙句に、占いをしてほしいという女子が他のクラスからもいっぱい来るようになっていった。
私が占いを嫌うようになったのはそんな状態になった後の事。友達が私の彼氏のことを好きだったらしく、どうしたら略奪出来るかを占っていたことが分かった。それを知った時は腹が立って、友達と激しく口喧嘩になったのを覚えている。
そのことがきっかけで私は彼氏とも喧嘩になった。それ以来私は、その子の占いの話が嫌いになった。占いなんて正しいかも分からないのに人の気持ちをかき乱して、ろくな結果を生まないと思ったのだ。
そんなタロットがまた、私を悩ませるものになるなんてこの時は思ってもみなかったが、あの時のトラウマが脳裏をよぎったのは確かだった。