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「カラスは真っ白」

作者: 空峯 千代

新緑が人々に癒しをもたらす公園。

そこには1羽の小さくて真っ白のハトがひょこひょこ歩いておりました。


野生で暮らしいているとはとても思えない、飼い慣らされているかのような。

それでいて大人しく少しおどけた表情を見せるハトは公園を訪れる人々の心に平穏を与えました。


ところがある日、数羽のカラスが白いハトの暮らす公園へとやって来ました。


「今日からここは俺たちの住処だ。」

「のんきそうな顔しやがって。俺たちの苦労も知らずに幸せに暮らしてきたんだろうな。」

「俺たちは生きるのに必死なんだ。おまえみたいな平和に浸かってる奴とはちがうんだよ。」


「とっととナワバリから出て行きな。」


白いハトは突然現れたカラス達にクチバシでつつかれ、足で蹴られ、羽で叩かれて命の危険を感じました。

カラス達の隙をついてどうにかこうにか逃げ出しましたが、もちろんハトに行く所などありませんでした。


途方に暮れたハトはいくつかの公園を周り、その度にすでに住み着いていたヘビやタヌキやイタチに手酷い目にあわされました。


カラス達に追い出される前は公園を訪れる人々からパン屑をもらっていましたが、ずっと空を飛び続け歩き続けているハトには食べるものも食べ物を探すだけの体力もありません。


住んでいた公園には澄んでいるキレイな水がありましたが、今では道端の水溜まりや濁った泥水をすすってなんとか凌いでいる状態です。


1歩、あと1歩と進んでいるうちに、前の住処だった公園とは真反対の位置にある公園へと、いつの間にかたどり着いていました。


ハトは疲れ切った身体を少しでも休ませるために安全な場所を探します。

これまで新しい公園を探しているとその度に先住者に攻撃されているので気は抜けません。


「いっそこのまま眠れればいいな。」


そう呟きバタリと倒れた場所はハトと同じくらい真っ白な公園のベンチの上でした。


真っ白なベンチは倒れ込んだハトに問いかけました。


「可哀想に、一体どうしたの?そんなにボロボロになって。」


ベンチの優しい声音にハトは今まで封じていた悲しみや寂しさが溢れて溢れて止まらなくなりました。

ぽろぽろと涙を零しながらこう言います。


「とても平和な公園で暮らしていたんだけれど、乱暴なカラス達がやって来て。」

「僕のことをたくさん殴ったり蹴ったりしたんだ。すごく痛かったし怖かった。」

「だから僕、必死になって逃げた。どこにも行く場所なんてなかったけど逃げたんだ。」

「どこに行っても傷付けられて。僕に居場所なんてないんだなって。」


「それでヘトヘトになって気づいたらここに居たの。」


ハトの涙はもう枯れていて頬を伝う雫は話終えるまでに乾いていました。


するとベンチはこう言いました。


「なるほど。今までさぞかし辛かったろうね。」

「私には君を守る力も戦う力も何もないよ。」

「それでも君の力になりたいんだ。」


「だからね、私を君の休憩所にするといいよ。」


ハトは出会って間もないベンチの言葉に驚きました。


「いいの...?僕のこと、厄介者だって思ってない?もう自慢だった羽も泥まみれになってしまったのに。」


「そんなことこれっぽっちも思ってないよ。君が休みたければ休めばいいし歩きたくなったら歩けばいい。私はただここに居るだけだから。」


ベンチの言葉は慈しみを湛えていて、それはハトにとって初めて覚えた安らぎでした。


「君を少しでも休ませてあげるね。」


その日からハトはベンチのお陰で安寧を手に入れることができました。


ハトとベンチは元々の気性が合っていたのか大変仲がよく幸せな時間を過ごしていました。


お互いに好きなものがよく似ていたので、語り合っている時は特にハトにとって幸福な時間でした。


「こんな日々がずっと続くといいなあ。」


ハトはようやく取り戻せた静かな日々を噛みしめながら穏やかなひとときに身を任せました。


ところがある日。

ハトはベンチの脚に深い傷が付いていることに気が付きました。


「その傷どうしたの?それいつできたの?」


「なんでもないんだよ。大丈夫。」


ベンチはいつも通り穏やかに返しました。


何か様子が変だと思いながらも口うるさくしてベンチに嫌われたくなかったので、更に踏み込もうとはしませんでした。


けれど、次の日も次の日も、さらにその次の日も。ベンチは見る度に傷が増えだんだん元気がなくなっていきました。

見るに見兼ねたハトはベンチにこう言いました。


「隠していることがあるなら本当のことを打ち明けてほしい。これ以上君が傷つくところを見るのは耐えられない。」


ベンチはしばらくしてやっと口を開きました。


「私自身がもう脆くなっていてね。申し訳ないけれど休養が必要だから、もう休息所にはなってあげられない。」


その言葉を受けてハトは心臓を鷲掴みにされたような言いようのない痛みに襲われました。

けれども一緒に過ごしてきた間に自分の中で存在が大きくなっていたベンチの苦しむ所をもう見たくはなかったので、ハトは意を決して言いました。


「僕は大丈夫だよ。ここ数日の間に野生を取り戻してきていてね。なんとか生きていけそうだから。」

「ついでに僕に話したいことがあるなら正直に話してほしいんだ。全て受け止めるから。」


ハトの真摯な言葉にベンチは想いを連ねました。


「君が私の上で休んでいない時にも私の上で休んでいく人達がいてね。」

「元々私はあまり上等とは言えない木材で作られているし。たまに重みに耐えられなくてどうしようもなく苦しい時がある。」

「数年前からよくこの公園に通っている子がいてね。とある少女が私の話を聞いてくれて労わってくれるのだけれど。」


「もうさすがに限界みたいなんだ。ごめんよ。」


ハトは言いました。


「いいんだよ。気づいてあげられなくてごめんね。伝えてくれてありがとう。」


「本当にすまない。こちらこそありがとう。」


「謝らないでほしい。君のお陰で僕はゆっくり休むことができたんだから。それじゃあ元気で。」


ベンチの幸せを祈りながらもハトは次に自分が住む場所を見つけるために羽ばたきました。

羽をいくらかパタパタさせて飛んだりひょこひょこ歩いたりしましたがハトはもう限界でした。


ベンチを知らず知らずのうちに傷つけてしまっていたこと。

ベンチが苦しんでいることに気づいておきながら何も言えなかったこと。

ベンチの心の支えとなっているらしい少女に嫉妬していること。


そして約束を守らなかったベンチを責めながらもまだ隣にいたいと思う浅ましい自分がイヤでイヤで仕方がありませんでした。


フラフラになるまで歩いて最後にハトが行き着いた先は街のゴミ捨て場です。


今度こそハトは倒れ伏し立ち上がれなくなりました。


「もうどこでもいいよ。僕はただ眠りたいだけなんだ。」


ハトはゆっくりと目を閉じこのまま開くことのないように祈りを捧げました。


あくる朝。

ゴミ捨て場の近くで火事が起こり、周辺は煤やら燃えた後の灰でめちゃくちゃになっていました。


ハトはゆっくり目を閉じたまま安らかに眠っていましたが、煤や灰で黒く汚れていてその姿はまるでカラスのようでした。

人々はゴミ捨て場を通り過ぎましたが、黒く汚れた姿をハトだと見抜けるものは1人もいませんでした。


やがてハトは冷たくなっていき、その尊く美しい命を絶やしました。


しばらく経ったあと。

ハトを不憫に思わっしゃった太陽の神様が現れて、亡骸を拾い上げこう言いました。


「ああ、おまえは公園にいた白いハトじゃないか。どうやら散々な目にあったらしい。」

「美しい羽が煤だらけになって...身体中が傷だらけじゃないか。」

「よし、いいだろう。おまえに2度目の"生"を与えよう。」

「おまえの心の在り方がそのままおまえの肉体となるであろう。」


太陽の神様がハトの冷えきった身体を撫でてやると、不思議なことが起こりました。だんだんハトにぬくもりが戻っていくのです。

やがて、ハトの身体は温かさを取り戻し、いつの間にか煤や灰がすっかり消えて美しい白い羽があらわになっていました。


息を吹き返したハトは神様にお礼を言いました。


「あなた様が僕を助けてくれたのですね。ほんとうにありがとうございます。僕はただのハトなので、大したことはできませんが是非にお礼をさせてください。」


「いや、礼などかまわんよ。私は少し手を貸しただけで助かったのは他でもないおまえ自身なのだ。好きにするがいい。」


太陽の神様はそれだけ言い終えるとどこかに去って行きました。


ハトは先程まで話していた神様の存在があまりにも不思議で、自分に起こったことをもしかすると夢なのではないかと疑いました。


試しに少し歩いてみました。しっかり地に脚が着いており、以前のように1歩、また1歩と歩くことができました。

さらに少し走ってみました。驚くことに身体の重さなど全く感じずに駆け抜けることができました。それも、走っている間に景色が変わっていく様子が以前よりも明らかに早いのです。


ハトはちょっとだけ怖くなりましたが、なんだかワクワクしていました。


これもまた試しに、羽をはばたかせてみました。

すると、軽く羽を動かしただけでハトの身体は空を飛んでいました。


それも、飛んでいる間は身体がまるで空とひとつになったかのようで、いつまででも飛び続けていられそうでした。


嬉しくなったハトは、どこまでもどこまでも飛んでいきました。


空から眺める景色を楽しんでいると不意にドクン、と。心臓におもりを乗せられたような、なにかイヤな感じがしました。


ハトの目に映った場所は、さよならをしたあの公園でした。

公園にはベンチが静かにたたずんでいます。そしてベンチに寄りかかっている見知らぬ少女はおひさまのような笑顔でおしゃべりしていました。


ほんの一瞬、ハトは心のなかに黒い塊がひょっこり顔をのぞかせていることに気付きました。


しかし、傷がすっかり消えているベンチと暖かな少女の笑みを見ていると黒い塊は溶けだしていき、心には安心が残りました。


ハトは彼らの幸福を祈り、またどこかへと飛び去りました。水たまりに映るその姿は純白の羽が美しい、1羽のカラスでした。


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