芽生えた想い
「んん・・・あれ?いつの間に寝てたの?」
馬鹿騒ぎしてからの記憶があまりない。
まだ閉じようとする瞼を何とか力を込めて開くと目の前は真っ暗だった。
「あれ?まだ夜?」
未だに覚醒しない頭を働かせると段々と身体の感覚も戻ってくる。
そこで気が付いたのだが、私の顔は何か柔らかいものに押しつけられていた。
そして背中にも何かの力を感じる。
この感覚は初めてではない。
幼い頃に孤児院の院長にしてもらった経験がある。
そう・・・私は誰かに抱きしめられながら寝ていたのだ。
しかし、いったい誰だろうか?
顔の前にある柔らかさは大きいとは思うのだがニーナ程ではない。
あれは異常だ。
ずるい、私にも少し分けて欲しい。
まだ寝惚けているせいか思考が逸れてしまった。
違う、そうじゃないんだ。
同じ部屋になったカエデさんかと思ったが、珍しい服で分かりづらかったが、あの人はこんなに大きくは無かったと思う。
何とか顔をあげて確認しようとするが
「ん〜まだ夜なんだから大人しくしてなさい」
という声と共に抱きしめる手に力が入り身動きが取れなかった。
ござるとかの変な語尾がついていないから、やっぱりカエデさんじゃない?
分からないがこの女性が目覚めるまでは身動きが取れそうにない。
相手が誰か分からないが嫌悪感などは全くなく、抱きしめられるのは安心する。
私はこの感覚に身を任せて再び寝ることにした。
「ん・・・今度こそ朝かな?」
窓から差し込んできた光で目が覚める。
「おや、起きたでござるか?
相当疲れていたようでござるな」
声をかけられた方を見る。
そこには部屋に備え付けられていた椅子に座るカエデさんがいた。
カエデさんは昨日の白と赤の服ではなく、水色の肩から足元まで覆う一枚の布を帯で留めた服を着ていた。
そして昨日と1番違うのは胸元の主張であろう。
「あの・・・昨日はそんなに大きく無かったですよね」
震える手でカエデさんの胸を指さす。
カエデさんは暫し考えた後にポンっと手を叩いた。
「おお、これの事でござるか?
戦う時に少々不便なサイズをしておりましてな。
普段はこのサラシという帯でキツく縛って潰しているのでござる」
「貧乳仲間だと思ったのに・・・」
私はそう言ってギリギリと歯を噛み締める。
「そのように嘆く事は無いでござるよ。
拙者の国ではこのようなサイズは下品と言われ、マリー殿のような小柄で可愛らしい女性はとても好まれるのでござる」
「それ、本当なんですか?」
暗に慰める為に適当なことを言ってませんか?
「もちろんでござるよ!
マリー殿はもっと自分に自信を持つべきでござるよ。
拙者が男だったら一目惚れしていたかもしれない可愛さでござる。
昨日はそれでつい抱きしめて眠ってしまったでござるよ」
はっはっはっと笑うカエデさんだったが、若干顔が赤くなっているのでこちらまで恥ずかしくなってくる。
でも、あれは夢ではない現実で相手はカエデさんだったのか。
あれ?
その時に私は一つ疑問に思ってしまった。
「カエデさんのその喋り方ってひょっとして無理してます?」
私の言葉にカエデさんの笑い声がピタリと止まる。
「な、なぜそう思ったでござるか?」
「途中で一回目が覚めたんですけど、その時に普通に話してたもので」
「内緒にして欲しいでござるよ」
そう言って話し始めたカエデさんの話は簡単に言うと旅に出る時に自身の心構えを変える為に始めたことだそうだ。
普通の村娘だった自分と訣別する為に必要なことだったと本人は語っている。
「別に隠すことなんて無いのに。
それにずっと無理してたら疲れちゃいますよ」
「そうなのでござるが急に戻すというのも中々」
「それなら私と部屋で2人の時は口調戻しませんか?
ほら、試しに普通に話してみてくださいよ」
私がそう提案するとカエデさんはビックリした顔をした。
しかし、その後に嬉しそうに
「そうね。
2人の時は素の口調にするからよろしくね」
と微笑んだ。
長く綺麗な黒髪に見たこともない不思議な服を着て微笑む妖艶な美女がそこにはいた。
私はこの瞬間にカエデ・ツバキという人に心を奪われていたのかもしれない。




