ポリタンでの出来事 5 〜ロバート視点 3〜
彼女に強い興味を持った私は警備兵の訓練に誘ってみた。
普通の女性なら嫌がりそうなものであるが彼女は喜んで誘いに応じてくれた。
私が訓練する兵士は様々な領地が持つ兵士の中でも練度が高いものだと自負している。
隊長である私が何よりも厳しい訓練を行う事により周りの部下達もついてきてくれているからだ。
訓練メニューをこなした後は模擬戦である。
通常は一対一で行うものであるが、私は常に5人を相手にするようにしている。
そうした訓練を初めて見るものは大抵が驚きの表情を見せるのだが、彼女にはそのような感情は感じ取れなかった。
ただ、面白いものを見学しているといった様子だ。
その様子に私はつい彼女を模擬戦に誘ってしまった。
その言葉を口にした直後に私は後悔した。
どこの世界にその日会ったばかりの女性に闘いを挑む者がいるのか?
いや、そもそも警備兵の訓練を見に行きませんか?
などという誘い自体が常識はずれ過ぎるではないか。
一体私はどうしてしまったというのだ。
そんな風に自己嫌悪に陥りかけたのも一瞬の話だった。
タチアナさんは笑顔で私の誘いを受けたのだ。
そして武器はいらないと言ってアップを始める彼女の様子は非常に手馴れていた。
まるでいつもこのような事があるかのようである。
本当に彼女は何者なのだろうか?
そうして準備が整い彼女と対峙した瞬間に身震いをする。
自分の剣の師匠と対峙した時などにしか起こらなかったもの。
絶対に勝てない相手に本能が逃げろと警告していた。
まさか、この年端もいかない少女が?
確かにヒドラとの戦いの話も聞いていたのだが周りの仲間の優秀さに助けられていたのだろうと思い込んでいた。
だが、あれらの話が全て事実だとしたら?
もちろん、これは自分から誘った模擬戦なので逃亡など許されない。
私は気合いを入れて本気の一撃を彼女に叩き込む。
入った!
そう思うほどに彼女は私の一撃に対して動かなかった。
しかし、本来感じる手応えは全く感じない。
正に空を切るという言葉が正しかった。
その後もどれだけ剣を使っても当たらない。
小綺麗な貴族剣術を捨て、盾を足を身体全体をフルに使っても彼女を捉えられない。
空振りというものは思った以上に体力を消費するものである。
私は自分の体力の減り方に気付いていなかった。
そうして放った上段からの一撃は今までと違い全く洗練されていない酷いものだった。
彼女はそれを待っていたと言わんばかりに両手で挟み込む。
咄嗟に剣を引こうと考えたが何故か急に汗が吹き出し、下品な話ではあるが玉が縮こまるような感覚に襲われれる。
ふと下を見ると私の両足の間には彼女の突き出した足が蹴りあげられる寸前で止まっていた。
「まだ続けますか?」
彼女の方を見るとニコリと笑って聞いてきた。
その笑顔はとてもニデロ家の将来を潰すような一撃を放とうとした女性のものとは思えなかった。
私は素直に負けを認めた。
試合後、汗をかいたということで侍女達に風呂に案内させる。
その後ろ姿を見送っていると父上がポンと肩に手を置いてきた。
「お前があの娘をどうにか出来れば儲けものだと思ったが・・・やはり無理であったな」
「そうですね・・・諦めたいとは思えませんが」
「彼女達は暫くこの街に滞在するようだ。
その間は努力してみるといい。
お前の仕事は代わりの者を用意しよう」
「ありがとうございます」
タチアナ・アマリス。
私が今までに出会ったことのない女性。
彼女がこの街にいる間は出来る限りの努力をさせてもらおう。




