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8体験入学の生徒がやってきます①

「なかなか面白そうな大学生活2年目の幕開けですね。厄介な後輩たちが入ってきたみたいで大変そうではありますが」


「厄介どころか、一人はやばすぎですよ。なんで今まで敵対していた相手が大学生としてやってくるのか謎です。彼女については、まだよく知らないので、対処の仕様がなくて困っています」



 私は、塾を開けるための準備をしながら、上司である車坂に愚痴をこぼしていた。彼は、私が働いている塾の上司であり、その正体は、信じがたいことに人外の存在だった。とある事件をきっかけにこの町に降り立ち、私たちを監視している。


 その正体は、物語でしかお目にかかれない、「死神」という存在らしい。そんな空想上の存在が、なぜか今は、人間生活に溶け込むために塾の講師として働き、生計を立て、人間と同じように生活している。もうすっかり人間の生活になじんでいて、塾では保護者からの信頼も厚い。


 そんな彼は、九尾のことはもちろん、今まで私が巻き込まれた事件について知っているので、気兼ねなく愚痴をこぼせる相手であった。とはいえ、私は彼の監視対象であり、何をしてくるのかわからない。完全に信用はできない相手だった。



「大学生活2年目も楽しくなりそうですね。楽しそうな朔夜さんの大学生活の話はここまでにして、そろそろ仕事の話をしていきましょう。生徒たちも来る時間ですからね」


「楽しい大学生活を私は送ることができるのでしょうか……」


 七尾や鬼崎さんといった変わった存在と一緒では、平穏で楽しい大学生活は送れないだろう。私の直感が告げていた。きっと、今年もまた、波乱に満ちた大学生活になるだろうと予想された。



「気にしても仕方ありません。結局、人生なるようにしかならないですよ。それで、仕事の話とは?新しい生徒が入るんですか?」



 今日は、私と車坂の他に、翼君もシフトに入っていた。翼君が尋ねると、よくわかりましたねと、車坂が驚いていた。


「宇佐美君の言う通り、今日、体験入学の生徒が一人来るんですよ。春ですから、これからどんどん増えてくるとは思いますが、今日来る生徒がなかなか」



「ええと、体験入学に来る生徒のリストは……。ああ、今日来る生徒はこの子ですね。名前は紅犬史くれないけんし君。今年の春から中学一年生らしいです」


珍しい名字の生徒だなと思ったが、この苗字をどこかで聞いたことがある。誰の苗字かまでは思い出せず、うんうんとうなっていると、記憶力がいい翼君が教えてくれた。


「この苗字って、狼貴と同じですね」


「狼貴君と同じ名字……」


「もしかしたら、彼の親戚かもしれませんね。もしそうだとしても、彼がその体験生と会うことはないでしょうけど」


 私たちは、今日来る体験入学の生徒のことを話しながらも、塾を開けるために掃除や生徒のカリキュラムなどの確認をして、生徒を待つのだった。





「こんにちは!」


『はい、こんにちは』


 話しているうちに、塾が開く時間となっていたようだ。さっそく、小学生の兄弟が塾の扉を開けて入ってきた。


 塾に来た生徒の勉強を見ていると、あっという間に時間が過ぎていく。



『こんばんはー』


 18時半すぎにやってきたのは、三つ子の兄弟だった。私が以前に勤めていた「未来教育」に通っていた彼らは、私が辞めると同時に、私が新しく勤め始めた「CSS(Child Support System)」という塾にやってきた。まるで、私を追ってきたかのようだ。そんなことはないと思うが、また彼らの勉強を見ることになった。


 去年、中学一年生だった彼らは今年、中学二年生になった。身長も1年でだいぶん伸びて、私と同じくらいまでになった。私の身長を追い越されるのも時間の問題だろう。


「朔夜先生って、付き合っている人とかいるの?」


 三つ子の長男、陸玖りく君が休憩時間に話しかけてきた。


「いや、いないかな。どうして?いなくても困らないよね?」


「うわあ、朔夜先生って、恋愛をしたことがないんだね。困る、困らないで判断するとかありえないよ。そりゃあ、彼氏なんてできないね」


 私の答えにあきれたように話すのは、次男の海威かい君だ。中学二年生のくせに、何を一丁前なことを言っているのだろうか。


「先生は、恋愛にうつつを抜かすような人ではなく、真面目に生きてきたと言って欲しいですね」


「うわあ、自分で真面目とか言っちゃうのって、どうなの。翼先生はどう?先生はかっこいいから、彼女の一人や二人いるでしょ」


 私の答えに文句をつけるのは、三男の宙良そら君だ。三つ子の一人一人の名前は普通だが、三人そろうと三つ子だとわかる名前である。


突然、翼君にこの話題が振られて、私の方がドキッとしてしまった。何せ、翼君には生前、同棲していた彼女がいたのだ。私とはわけが違う。文化祭の時に、けりをつけたとは思うが、古傷をえぐるようなものではないだろうか。


「いましたよ。でも、結局別れてしまいました。今は、仕事一筋ですよ。君たちが一生懸命勉強している姿を見るのが僕の生きがいです」


 翼君は笑顔でなんてことはないという顔をしていたが、実際の心の内はわからない。いくら、けじめをつけたとは言っても、少しくらい未練は残っているのかもしれない。


「そうかあ。もてる男はつらいってやつかな。そういえば、翼先生って、僕たちと会ったことがあるよね?」


 海威君が何気なく言った言葉に、私たちは固まってしまった。そういえば、今まですっかり忘れていたが、彼らは私が以前勤めていた塾にいた生徒だった。そこには、生前、翼君も塾講師として働いていた。私が働きだす少し前に殺されてしまったため、私は生前の翼君には会ったことがなかった。


「ええと……」


「ずっと疑問だったんだけど、言えなくて。前の塾で、朔夜先生が入る少し前に急にやめた先生がいたんだ。その先生の名前が」




「そろそろ休憩時間が終わりますよ。おしゃべりはやめて、テキストの続きをしていきましょうね」


「まだ一分残っているよ!」


「海威の言う通りだ。もう少し話せるよ」


「先生、時計が読めなくなったの?」


「塾では、先生が時計代わりになります。文句を言わずにやりなさい」


 返答に困った私たちを救ったのは、車坂だった。車坂の指示に三つ子は不満を漏らしていたが、しぶしぶテキストの問題の続きを解き始めた。


「君たち、私には聞いてくれませんでしたね。次の休憩時間は、先生の彼女事情をお話ししましょう。もっとも、休憩時間だけで終わるような安い話ではありませんが」


「いやだよ。車坂先生の話は聞きたくない。なんか、面白くなさそうだもん」


「わかる。モテてないのに、モテ自慢とか萎えるわ」


「時間の無駄だね」


 私たちに気を遣っているのか、車坂が話題をそらすかのように、自分に注意を引き付けていた。三つ子はそんな車坂に容赦ない言葉を浴びせていた。



 そんな感じで、たわいない会話をはさみながらも、和気あいあいと勉強をしていたら、塾の扉がたたかれ、体験入学の生徒がやってきた。


「こんばんは。今日はよろしくお願いします」


「息子の犬史をよろしくお願いします」


 塾に入ってきた少年は、なんとなくだが、狼貴君に似ているような気がした。


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