59話はトントン拍子に進んでいきます
九尾たちと会話していたら、狼貴君が突如目の前に現れた。驚きで感動の再会を喜ぶ余裕がなかったが、九尾や翼君、車坂といつも通りに会話している狼貴君を見ていると、ようやく心が落ち着きを取り戻した。
私の家にようやく帰ってきた。居候が全員家に戻ってきたことに感動し、思わず涙が出てしまった。
「あれ、蒼紗さん、泣いて」
会話に夢中になっていた彼らに気付かれないように、そっと洗面所からタオルを持ってきて顔を拭いていたら、不意に翼君に声をかけられた。目を押さえていることがばれ、慌てて陳腐な言い訳をする。
「いえ、目にゴミが入っただけです。どうにも今朝から目がゴロゴロしていまして。それが急に痛みを伴い始めて、私の意志に関係なく涙が出ています。気にしないでください!」
「それって、狼貴が戻ってきたから、感動で泣いて」
翼君の言葉に図星を指されて、一気に恥ずかしさが身体を駆け巡る。恥ずかしさのあまり、言わなくていいことまで口走っていた。
「私は!狼貴君が突然いなくなって心配したんですよ。それなのに、九尾が呼んだと思ったら、目の前に現れて。私の感動の再会を返してください!それに、そんなにすぐに私の前に姿を見せられるのなら、もっと早く、家に帰ってきてくれてもいいではないですか!」
口から洩れた言葉はもう、自分の意志では止められない。私は自分の思いを成仏したと思っていた相手にぶつけることにした。
「今までどこに行っていたのですか?私が狼貴君のことを心配しないとでも思いましたか?あなたも九尾も翼君も、私の家に居候している身なんですから、私にとってはもう、家族も同然の存在です。それなのに、あなた方ときたら……」
言葉が途中で詰まってしまう。自分の言葉に泣けてくる。彼らは私の家に居候の身であり、家族同然だと思っていたのは自分だけだったのかもしれないと、急に悪い方向に思考が傾き始めた。今の私の言葉は、彼らにとって、自由を奪う言葉であり、私に対しての評価を下げるものかもしれない。
「オレは別に」
「とりあえず、今後、家を長く空ける場合は、必ず、どれくらいの間、家を空けるのきちんと家主の私に声をかけてください!」
狼貴君の話の途中で強引に言葉を割り込ませた。彼の言葉を聞きたくはなかった。その後に続く言葉が何だったのか想像したくない。私の必死な様子に、彼は戸惑っているように見えた。狼の耳と尻尾をつけたケモミミ美少年は、口にしていた言葉を止め、私に謝罪した。
「悪かった。そこまで心配をかけるつもりはなかった」
「悪かったでは許されないことですが、ですが、私の元に帰ってきてくれたので、許します。今後は急にいなくなったり、しないで、くださいね」
「善処する」
申し訳なさそうな狼貴君を思わず抱きしめてしまった。思いの他力強く抱いてしまったため、ぐうと変な音が私の腕の中で聞こえた。
「おぬし、狼貴を強く抱きしめすぎだ」
「す、すいません」
今まで黙って私たちの会話を聞いていた九尾が、狼貴君を心配したのか声をかけてきた。慌てて腕の中のケモミミ美少年と距離を取ろうとしたが。
「ええと、これはどういう状況です、か?」
「楽しそうだから、我も混ざることにしよう」
腕の中にはいまだに狼貴君がおとなしく収まっている。そして、私の両隣には。
「感動の再会なんでしょう?だったら、家族同然の僕たちで再会を喜ぼうと思って。蒼紗さん、こういうの好きでしょう?」
「そういえば、お主はロリコンの変態だったな」
両隣には、翼君と九尾がべったりと絡みついていた。なんということだろうか。私は今、天国にいるのかもしれない。
「す、すいません。いったん離れてください!」
いったん冷静になろうと、彼らを無理やり引きはがす。素直に指示に従った彼らは顔を見合わせて笑っていた。
「オレは九尾に言われて、今回の死体が動くという事件、それと蒼紗の後輩や大学の教授のその後を追っていた。その中で、このメモの出どころを掴んだ」
「出どころとは?これは私が仲間から私宛にともらったものですが」
私たちが狼貴君との再会に浸っている間、車坂はリビングから席を外していたようだ。すっかり存在を忘れていた。車坂の存在を思い出したころに、タイミングよく黒猫がリビングに姿を現したかと思ったら、突然白い煙に包まれて、黒猫から車坂が人型の姿になっていた。
どうやら、私たちが再会を喜んでいる間に、家に戻って服などを取りに戻っていたようだ。時計を見ると、すでに正午近い時間となっていた。
「お前がもらった紙切れを見せてくれ」
狼貴君が、自分の調査していたことを報告している。その中に、先ほど、車坂がもらったという、西園寺家現当主からの紙切れについての話があった。車坂は彼にもらった紙切れを渡した。それを受け取った狼貴君は、その紙を明かりに透かしながら説明する。
「この紙きれは、雨水のバイト先の連中が持っている特殊なメモだそうで、仕事を依頼する際に使用されるものらしい」
雨水君がバイトをして生計を立てているのは聞いていたが、どのような仕事までは聞いていなかったので、黙って彼の話に耳を傾けることにした。
「雨水のガキの仕事先か。確か、能力者どもが集まって作った組織だったな」
「そうだ、その組織は、表向きは、能力者だからと家族などから気味悪がられて居場所のない人間を保護する組織となっている。ただ」
「汚れ仕事もやらせるというわけですか。それで、そこに倒産した西園寺家のものが流れ着いて、牛耳っているということですね」
車坂は納得したように頷きながら補足していく。九尾がさらっと雨水君のバイト先を話していたが、聞く限りでは、なんだか危ない組織に思えた。そんな組織に身を置く雨水君は大丈夫なのだろうか。彼自身も能力者だとは言え、危ない仕事はしないで欲しい。彼らに確認を取るつもりで質問する。
「雨水君は、そこで汚れ仕事をしているということでしょうか?」
「それはわからない。だが、あいつも、もとは西園寺家に仕える身だった。汚れ仕事とはいえ、金になるならやっている可能性も」
「そんなことをやる必要はないと僕は伝えている。あいつは本気を出せば、もっといい仕事をもらえる立場だ」
まったくもって、私の周りには人間が少ない。これまた突然、見知った声が頭に響き渡り、目の前に声の主が現れた。
「七尾!いきなり私の前に姿を見せるのはやめてください。雨水君の近くに居なくていいのですか?」
「特に問題はない。それで、あいつのいる組織が怪しいんだろう?それなら簡単な話だ。お前が雨水の紹介で組織に加入すればいい。お前が能力者であることに間違いはないから、すぐに承諾されるはずだ。それで調べてみればいい」
「ふむ、なるほど。それはなかなかの名案だな。蒼紗なら、その組織も快く迎え入れてくれるだろう」
そんなこんなで話は進み、私は雨水君に組織に加入できるよう頼み込むことになるのだった。




