58ニュースで取り上げられていた事件の真相
車坂は猫の姿のままだったため、牛乳を平たい皿に入れて出してみたが、さすがに猫の食事をとるのは嫌がった。しかし、空腹は感じるようで、私たちの食事を羨ましそうに眺めていた。試しにトーストした食パンにイチゴジャムをぬって出してみたら、テーブルの下で器用に口と前足を使って食べていた。
「ニュースで取り上げられている死体が動くって話はデマだった?」
翼君が作ってくれた朝食を食べた私たちは、ソファに座ってくつろぎながら、黒猫姿である車坂の話を聞いていた。
突然の衝撃的な発言に、思わず黒猫の表情を確認するが、人間よりも表情が読み取りにくい猫の顔からは、彼がどういう気持ちで話しているのかわからない。
『だから、私はこの怒りを誰かにぶつけたくて、ここに来たわけです。あまりあなた方と個人的に接触は控えるように言われているのですが、今回ばかりは、どうしようもなく、感情を抑えきれませんでした』
目の前の黒猫からは怒っている様子はわかりにくいが、頭の中に響く車坂の声は怒りに満ちていた。
「デマということは、本当は、死体は動いてなどいなかったというわけですか?」
「ということは、僕たちもあなたと同じで調べ損ということですね。それは確かに怒ってもいいと思います!」
「調べ損だったというのは本当だな。調査はただの無駄な時間だったわけだ」
車坂の話は私の想像を超えたものだった。世間で話題になっていた、深夜に死体が動くというニュースがデマだったと彼は言っている。そうだとすれば、いったい誰が何の目的でやったのかという疑問がわいてくる。九尾と翼君も事件の調査をしていたのは知らなかったが、彼の話が本当だとすれば、調べ損というのは納得できる。
『調査のために、私は塾を休む羽目になったんですよ。仕事は信用が第一なのに。死体が動くとかニュースで取り上げられていたやつが、まさかとは思いますよね』
「本当にニュースで話題になっていた死体が動くという事件がデマ……。そういえば、最近、その話題がニュースで取り上げられていないような気がします」
『ですから、あれがすべてデマだった。つまり、やらせだったんですよ!』
テレビでのニュース番組で取り上げられていないことを思い出して答えると、車坂がはあとため息を吐いて脱力する。でろーんと床に伸びた黒猫がそこにいた。
『結局、あれは、私たち死神が危惧したような事件ではなく、ただ、死体が動いたら面白いと思った若者たちがネット上に集まって、口裏合わせて嘘の情報を流していたみたいです。わざわざ合成写真まで作ってネットに拡散させていたようです。道理で、調べても事件現場におかしな魂の気配がなかったわけで」
「それは、それは大変なことでしたね」
このまま放置していたら、延々と話が止まりそうになかった彼の話に、無理やり割って入る。情報は欲しいが、いつまでも愚痴につき合っているのは、それこそ時間の無駄である。
『本当ですよ。犯人である若者たちは、突然、自首をしたそうです。理由は不明で、なんとなく罪悪感が湧いた、みたいなことを言っていました』
「おかしな話ですね。なんとなくで、そんなことを思いつく人たちが自首なんてするでしょうか?」
止めに入ったはいいが、話はまだまだ続いている。その中に気になる発言があり、翼君もおかしな点に気付いたようだ。車坂はその後、とんでもない発言をし始めた。
『そこが問題です。そもそも、彼らに事件を起こすよう指示を出した人間がいるようです。それが……』
ここで言葉を止めた車坂は、テーブルに置いてある一枚の紙きれを前足で示す。そこに置かれていた紙を取り上げて内容を確認する。九尾たちにも内容がわかるよう、声に出して読んでみることにした。
「我らに手を出したらどうなるか。これは警告だ。今すぐ我らが主、九尾様を京都にお戻ししろ 西園寺現当主」
『まったく、あなた方のせいで、さらに面倒なことになりそうです。どう責任を取るおつもりですか?』
「ハハ、やつらは面白いことをする。責任などとるつもりはない。そもそも、こんな脅しにわれが屈するとでも?別に人間など、何人犠牲になろうとわれには関係ない」
「でも、これを読む限り、京都に戻らないと、これからもなにかこちらに仕掛けてくるつもりですよね。この事件は警告ですが、もしかしたら」
西園寺という名前を聞いた瞬間、九尾の顔が歪み、乾いた笑いをもらす。隣では心配そうな顔でこれからのことを気にする翼君がいた。私も翼君と同じで、今後、本当に取り返しのつかないことが起きる可能性を考えてしまった。私の周りの大事なものが傷つけられたら、私は。
「くだらない、狼貴。そろそろ顔を出したらどうだ。翼や蒼紗に説明してやれ」
「わかった」
「えっ!狼貴君!」
私たちが不安そうにしているのを見てか、九尾が急に、もう一人の眷属の名前を呼び始めた。名前を呼んだ瞬間、白い煙が上がり、もう一人の眷属が私たちの前に現れた。私が成仏してもう会えないと思っていた彼の姿をようやく見ることができた。
「狼貴!狼貴からも九尾に言ってやってよ。このままだと僕たち」
「そうならないためにオレが今まで調査していた」
九尾が狼貴君を呼び寄せたのはわかったが、それにしても、登場があまりに突然すぎる。そのせいで、感動の再会に浸る余裕はなく、ただ彼との再会に驚くだけになってしまった。
二人にとっては、狼貴君が生きていると知っていたため、呼びよせた本人も翼君も驚くことはなく、淡々と話を進めている。
『ああ、生きていたんですね。てっきり、未練をなくして成仏したのかと思っていましたが』
「オレは九尾の眷属になった。そう簡単に成仏できない」
『そうでした。面倒な存在になってしまいましたねえ』
車坂も彼の登場に驚くことはなく、彼が死神にとって面倒な存在だったことを改めて口にするだけだった。




