54家に戻って仕切り直しです
「家に帰ってきたわけだが、お主、その書類の束が今回の戦利品か?」
九尾に抱えられて、空の旅から帰宅した私とジャスミンは、私の部屋にいた。私の持っている書類が気になった九尾の質問に簡潔に答える。
「これは、先ほどの鬼崎さんの部屋から入手した、大事なものです。どうやら、これに九尾が知りたがっていた薬やお香のルートが記載されているみたいです。ただし」
重要な部分は駒沢によって黒塗りされていますが。
「あのくそじじい、私たちから証拠を隠すために、わざわざ黒塗りしやがった」
私の言葉をジャスミンが引き継いだ。せっかく手に入ったのに、これでは意味がない。
「こんな黒塗りなど、われの力にかかれば、復元は可能だ。そう、落ち込むことではない。ただ、これを読み解けば、お主たちはもう、普通の日常には戻れんだろうな」
「何を今さら。蒼紗の今までの生活を考えれば、そんなの些細なことだわ。むしろ、普通の日常を壊した張本人がいう言葉ではないわね」
「ジャスミン、その言い方はちょっと……。ですが、確かに彼女の言っていることは本当です。そもそも、九尾が西園寺さんを唆さなければ、私の二度目の大学生活は平穏に過ごせたはずでした」
恨みがましく本音を言ってやると、九尾は考え込むように顎を手に当てていた。
「ただいま戻りました!」
九尾が言葉を発する前に、玄関のドアが開かれる音がした。それと同時に翼君の挨拶が聞こえた。ぎしぎしと階段をのぼる音がして、私たちの部屋に向かってくる。足音は一人分ではなかった。誰か来客を連れているのだろう。
「トントン」
「どうぞ」
「蒼紗さん、ただいま戻りました。雨水君も一緒に連れてきてしまいました。それと、もうすぐ蒼紗さんの友達の綾崎さんと、肝心の鬼崎さんもこちらに来ると思いますよ」
うさ耳尻尾のケモミミ少年が帰宅した。その後ろには説明通り、雨水君が疲れた様子をして立っていた。私は慌てて床にクッションを置いて、彼らを部屋に招き入れる。
「翼君、おかえりなさい。雨水君、先ほどはありがとうございました」
「別に礼を言われることのことでもない。それで、話はできたのか?」
「まあ、あんたにしては上出来だったわよ。手にできたのは、黒塗りの書類の束だけだったけど」
「黒塗り?」
私が話そうと思っていたことをジャスミンが先に話してしまった。イラっと来たので、思わずジャスミンの頭を軽くたたいておく。彼女は痛くもないのに、イタっと可愛い悲鳴を上げていたが無視することにした。
私は駒沢との会話をここに居る皆に改めて説明することにした。
「ということで、手に入ったのがこの書類というわけです」
「だから、われが黒塗りを復元してやると言っている」
説明をしていたら、しびれを切らした九尾が口をはさむ。
「だが、朔夜はそれでいいのか。もし、こいつが復元したら、もう後戻りはできないぞ」
「僕も一応、最終確認をしておきたいです。蒼紗さんは、二度目の大学生活を平穏に普通に過ごしたいんですよね。いいんですか?」
翼君と雨水君に真剣に見つめられるが、私の気持ちが変わることはない。
「だから、どいつもこいつもしつこすぎでしょ。蒼紗の心配をしているのだろうけど、それはむしろ逆効果だと思うわよ」
「私の意志は変わりません。それに、その怪しい薬やお香の入手元を突き止めて、さっさとせん滅してしまえばいいだけの話です。そうすれば、私の平穏はすぐに戻ってくるのですから」
にっこり微笑んで自らの考えを述べると、私の周りの空気が一気に生暖かいものに変わる。ピリピリしていた今までの雰囲気からガラッと変化した。
「どうしてそうも、過激な発想になるのかしら?蒼紗って、実は戦闘狂だったりするの?」
「いつもの蒼紗さんに戻って、心配していた僕が馬鹿みたいです」
「お前も実は西園寺と似た者同士だったんだな」
九尾以外がため息をついて、私にぼろくそな意見を言っている。何を言っているのか意味がわからないが、ピリピリした雰囲気よりはましだ。とはいえ、私のことを子ども扱いしているような態度にむかついたが、私は彼らよりよほど長い時間を生きているので、そのまま話を蒸し返すことはしなかった。
そんな話をしている内に、綾崎さんが鬼崎さんを連れて、私の家にやってきた。
「お、お邪魔します」
「ええと、ここは」
私の部屋では話し合いをするのに手狭なので、一階のリビングに移動した。リビングには、私とジャスミン、翼君と雨水君、綾崎さんと鬼崎さんが集まっていた。九尾はやることが見つかったと言い出し、私の隣の部屋の自分の部屋にこもってしまった。翼君はケモミミと尻尾をしまい、青年姿に変身していた。
「ここは、蒼紗さんの家ですよ。ほら、美瑠は蒼紗のこと、憧れていたでしょ。今、憧れの先輩の家に居るんだよ。もっと嬉しそうにしたらどうなの?」
「私がこの人に憧れていた……。でも、私はもう、大学を辞めて実家に帰るから」
鬼崎さんは、九尾に記憶を書き換えられて、ずいぶんと性格が変わったようだ。私の前でおどおどと挙動不審に辺りを見渡す様子は、なんだか滑稽に見えた。
「ねえ、鬼崎さんが蒼紗のこと知らないって、もしかして」
「ジャスミン、疑問をすぐに口に出すのは結構ですが、時と場合によってはやめて方がいい癖だと思いますよ」
こっそりと私に耳打ちした彼女に、私もこっそり答える。そうだ、世の中、知らない方がいいことはたくさんある。今回もその一つだということだ。綾崎さんが、私のことを忘れている鬼崎さんに一生懸命話しかけている。
「綾崎さん、鬼崎さんはいきなり実家の都合で大学を辞めるということで、疲れているでしょうから、その辺にしておいてください。私のことを忘れてしまったのも、疲れと大学を辞めるというショックの後遺症化もしれません」
「でも」
「ところで、鬼崎さんはいつ、ご実家に戻られるのでしょうか?」
これ以上、綾崎さんの小言を聞きたくなくて、強引に話題を変える。私に尋ねられた鬼崎さんは戸惑いながらも答えてくれた。
「ええと、今週末には今のアパートを引き払って実家に戻るつもりです」
「ずいぶん急な話なのね。こういっては何だけど、いったいどんな急用で大学を辞めるのかしら?」
「ジャスミン!そんな踏み込んだ質問は!」
慌ててジャスミンの言葉を止めようとしたが、間に合わなかった。
「理由、理由ですか。ええと、確か……」
鬼崎さんの表情が急に曇り始める。目が虚ろになり、焦点が合わない目を天井に向けてぶつぶつと何かつぶやいている。
「あ、あの、蒼紗さん、美瑠はどうしてしまったのですか?GW明けから様子がおかしいんですけど」
「そうねえ。綾崎さんが蒼紗の秘密を知ってなお、離れないという自信があるのなら、教えてもいいんだけど。ねえ、蒼紗?」
にやりと私に意見を求めるジャスミン。私がどう反応するのか興味があるようだ。改めて綾崎さんと目線を合わせて問いかける。
「まあ、今回の鬼崎さんの件に関しては、彼女から仕掛けてきたことですので、こちらが少し手をかけてしまいました。もし、綾崎さんが彼女のことを大事な後輩だと思い、彼女のことをこのように退学に追い込んでしまった犯人を知りたいのなら」
ここで言葉を止める。最後まで言うことを私の口が許さなかった。
大事な後輩を退学に追い込んだ私に、何かしらの罰を与える権利は彼女にある。どんなことでも受け入れるとはいかないが、ある程度のことは受け入れようと覚悟した。最悪、友達をやめられてしまう可能性もある。しかし、それはそれで仕方のないことだ。
しばらく、部屋には沈黙が流れた。壁にかけられた時計の秒針の音がカチカチと音を立てて時を刻んでいく。すでにあれからずいぶんと時間が経っている。日も暮れる頃合いだ。
「わかった。美瑠がおかしくなったのは、蒼紗さんたちのせいということですね」
ぽつりとこぼされた言葉に頷く。どんなことを言われるのか次の言葉を待っていると、突然、綾崎さんは私の顔を両手で掴みだした。
「いひゃいです」
「まったく、何か隠しているなと思っていたら、そう言うことですか」
「綾崎さん、あなた蒼紗に向かって!」
ジャスミンが慌てて私たちの間に割って入ろうとするが、綾崎さんはそれを阻止して私によくわからない持論を説かれてしまった。
「蒼紗さんは、美瑠と自分を比較して私がどちらを選ぶと思っているのですか?私の蒼紗さんへの愛をなめてもらっては困ります!」
その後、なぜかうっとりと頬を赤く染めた綾崎さんが私の頬から手を離し、今度はゆっくりと掴んでいた部分をなでだした。ぞわりと鳥肌が立ち、私の本能が離れた方がいいと警告してくる。
「あ、あの、綾崎さん?」
「蒼紗から手を離せ、このけだもの!」
「嫌ですう!佐藤さんは美瑠の件を知っていたんですよね。蒼紗さんから私の知らない情報を受け取っているんです。私がここで少しくらい蒼紗さんを独占してもいいでしょう?」
「う、それは……。わかったわ。今日この時ばかりは、蒼紗への過剰接触を認めるわ。ああ、私も蒼紗成分を補給したい……」
「あの、綾崎先輩はその、蒼紗先輩?のことが好きなのですか?」
私たちの妙な雰囲気を壊してくれたのは、先ほどまで目をうつろにしてぶつぶつと独り言をつぶやいていた鬼崎さんだった。
 




