53彼女の部屋から出ることにしました
「これはいったいどういうことですか?詳しく説明してもらえますか?」
いきなりの出来事に一瞬、固まってしまったが、駒沢が外の警察を呼んだのだろう。いや、それにしては、数が多すぎる。私たちがアパートにたどりついた時には、パトカーなど停まっていなかった。いつからいたのだろうか。彼に警察を呼ぶ暇は。
「私が睨んだあとかもね。私と蒼紗が部屋に入っている間に」
私の代わりにジャスミンが答え合わせをしてくれた。そうだ。ジャスミンが彼を威嚇して、その隙に鬼崎さんの私室に入って、いろいろ物色していた時だ。その時なら、警察を呼ぶことは可能だ。そして、事前に近くに警察を呼びよせておき、先ほど家を囲むように指示を出した。
「警察には、不法侵入している人がいると通報しました。現行犯で逮捕するために、彼女たちを泳がしたいと頼んだら、快く聞いてくれましたよ」
にっこりとほほ笑む彼に、言葉を失ってしまう。いったいどういうことだろうかと、隣にいるジャスミンに助けを求めるが、彼女も理解不能らしい。
「あんたって、能力者ではないのよね。いったいどんな手を使って、そんなでたらめ言って警察を動かしたのかしら?そもそも、あんたも私たちと一緒で、鬼崎さんから部屋に入る許可を」
「はて、能力者の存在を信じていないのは、あなた方ではありませんでしたか?それに、特殊能力なんか使わなくても、世の中、人を動かす方法などいくらでもありますよ」
駒沢の言っていることは間違ってはいない。金に権力、相手の弱み、少し考えるだけで、人を動かす方法が頭に思い浮かぶ。能力という、超人的力を使用しなくても、簡単に人間は相手に従ってしまう。
「先生がどのような方法を使って警察を呼んだのかはわかりませんし、わかりたくもないですが、私たちはこれで失礼いたします。そろそろ、時間が来てしまいましたので」
雨はすでに小雨になってしまっている。雨水君の力が尽きてしまう前にここから出る必要がある。とはいえ、警察や駒沢の目をかいくぐり、無事に家に帰る良い方法はあるだろうか。
「蒼紗が言っている通り、私たちはこれから用事があるの。あんたみたいな爺に構っている暇はないけど、外には警察がいるのよねえ。別に私たちが不法侵入で逮捕するというのは、あんたの勝手だけど、私たちはこの通り、か弱い一般女性。そんな誤認逮捕はごめんだわ」
「警察はすでに外で待機してもらっていますよ。どうやって彼らから逃れるおつもりですか?あなた方の能力を持ってしても、外の警察すべてからは逃れられませんよ」
駒沢は余裕の笑みで私たちに警察の存在をちらつかせ、私たちが慌てる様子を見て、笑っていた。
『なんだ、肝心なことを聞けないまま、このまま退散することになるのか。まあ、面白そうな資料を見つけただけでも良しとするか。それで、ここからお主たちだけで逃げられそうか?』
私たちの危険を察知した九尾が頭の中に声を響かせる。まったく、私たちに声をかけるタイミングが良すぎる。まるで、自分たちを頼ってくれと言わんばかりである。
「能力を使わなくても逃げる方法などありますよ。助けを呼ぶ、とか」
窓の外をうかがうと、もうすっかり雨がやみ、雲の間から太陽が顔をのぞかせている。雨水君はきちんと仕事をしてくれていた。大した情報を得ることはできなかったが、一つ収穫があった。私は手に持った黒塗りされた書類を抱えなおし、駒沢と話をしながら、逃げる方法を必死で考える。
「先生の推測通り、私は能力者です。これ以上、秘密にしていても意味がないですね。証拠はないので、いくらあなたが私を能力者だと訴えたところで、無意味ですが。それにしても、もし本当に私の能力を知っているのなら、なぜ、この場で笑っていられるのですか?」
「なぜって言われても、あなたの能力を把握しているからです。朔夜さんの能力は相手の目を見て声を聞かせることで発動する。しっかりと対策をしてきたのですよ。ほら」
駒沢は色のついたサングラスをワイシャツの胸ポケットにさしていた。私たちに見せつけるように手に取り、装着する。さらには胸ポケットから耳栓も取り出した。対策は万全だと言いたいのだろう。
「残念ながら、私は今回、能力は使いません」
この場から逃げる方法を探したが、自分たちだけでは無理だという結論にたどり着く。それならと、外で待機している彼らに助けを求めるのが妥当だろう。
『話は済んだのなら、とっとと帰るぞ。これ以上は時間の無駄だ、女の方の足止めもこれ以上は無理らしい』
「結局、あんたに頼らざるを得ないのは癪だけど、それ以外に方法がないのだから、あきらめるわ。さっさと蒼紗の家に連れて行ってくれる?」
ジャスミンにも九尾の声が聞こえていたらしい。助けてもらうというのに、偉そうな態度である。
『わがままだな、蛇娘。せっかく迎えに来てやったのにその態度。お主だけここに残していってもいいのだが』
「そんなことしたら、こいつと警察溶かして脱出するまでよ。そうしたら、駒沢に言われてやってきた警察の命がいくつ飛ぶかしら。私の血ってかなり猛毒らしいから、骨も残らず溶けるわねえ。可愛そうな警察」
そんなことになったら、彼女は大量殺人犯になってしまう。冗談のような話だが、彼女の力を持ってすれば、可能である。
「九尾。ジャスミンは冗談を言っているわけではなさそうなので、ぜひ、彼女もいっしょに助けてください。私たちを捕まえようとしているとはいえ、全身を溶かされたら。いくら何でも警察の方が不憫すぎます」
「いったい、誰と話しているのかい?とうとう、降参することにしたのかい?」
駒沢には九尾の声は聞こえていないらしい。そうなると、彼には、私たち以外に人がいないのに、宙に向かって話しかけているという、怪しい人に見えるだろう。
『こいつには見えないようにしている。さっさと帰るぞ』
駒沢の声を無視して、私たちは割れた窓から突如姿を現した、ケモミミ少年の手を取り、外へ脱出した。
外には警察がいると言っていたが、いつの間にかパトカーはいなくなり、辺りは不気味なほどしんと静まり返っていた。空を見上げると、きれいな虹がかかっていた。
 




