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5九尾の眷属の素性

「ただいま戻りました」


「おかえり、蒼紗。ふむ、何かあったみたいだな」


「おかえりなさい、蒼紗さん」


「……」


 玄関で出迎えてくれた彼らと一緒にリビングに向かうと、夕食の準備をしてくれていたのか、ハヤシライスのいい匂いがしていた。


「今日の夕食は牛肉が安かったので、ハヤシライスですよ!」


 嬉しそうに、今日の夕飯の準備を始めるために、キッチンへ向かう翼君と、その後ろに静かについていく狼貴君。二人の可愛らしい様子にほっこりしていたが、九尾だけは手伝うことはしないらしい。どっかりとリビングのソファに身を沈め、夕飯の準備ができるのを待っていた。


「可愛らしいと思っているのかもしれんが、あいつらの実年齢を忘れるなよ。とはいえ、お主と比べたら、まだまだ、ガキかもしれんが」



 私が翼君たちに向けている視線の意味に気付いた九尾が、私の心を読むような発言をする。そんなことはわかりきっていることだったので、反論する。


「わかっていますよ。でも、やっぱり見た目が少年姿で、しかも彼らにはケモミミ尻尾つき。可愛いと思わない方がおかしいでしょう。それを言うなら、九尾も充分かわいい部類に入りますけど」


 そうなのだ。私の家に居候している彼らは、人間ではない。三人とも人間以外の存在であるが、その姿は、小学校高学年から中学生くらいの年ごろの少年だった。しかも、彼らの頭には、それぞれの能力の特徴を持ったケモミミと、お尻には尻尾がついている。私はどうやら、ケモミミショタに弱かったらしく、彼らの姿を見ては、癒されたり、時に興奮したりしている。


 九尾が、私の大学生活から平穏な日常を奪い去った張本人だが、彼は自称神様らしく、彼には人間の常識は通用しない。そのため、平穏な日常を送ることをあきらめてはいないが、無理だろうなとは思っている。彼のせいで犠牲になった人間はたくさんいるが、私はすでに心が壊れてしまっていて、彼のことを完全に許しはしないが、それでも居候を許していた。彼のせいで亡くなった人には申し訳ないとは思っている。


 翼君と狼貴君は、九尾のせいで亡くなったともいえる。彼らは、私が大学一年生の春から夏にかけて巻き込まれた事件のせいで、命を落とした元人間だ。彼らの強い希望により、今では九尾の眷属として、私の家に居候している。


 彼らは今でこそ、少年の姿にケモミミをつけた姿となっているが、生前は、成人した男性だった。翼君はその名残で、たまに姿を生前の姿に変えて、私の通っているアルバイト先の塾で講師をしている。彼は、生前、同棲している彼女がいたようだが、昨年の大学の文化祭で、その彼女を見かけ、話をしていた。もちろん、ケモミミ尻尾を隠した少年姿で話をしていた。その時に、彼女とけじめをつけて、九尾の眷属として生きることを心に決めたようだった。


 狼貴君は、あまり他人と話したがらないタイプの人間だったのか、私たちと会話をしていても口数が少ないことが多い。なんとなく、生前について聞くのがためらわれて、彼の生前のことはよくわからない。




「ねえ、九尾。九尾は二人のことを私より知っていますよね。翼君とは話すことが多いので、彼のことはわかってきましたが、狼貴君のことはなかなか話す機会がなくて。彼は生前どんな人間だったのですか?」


 何となく、狼貴君について聞いてみたくなった。彼らがこの家に居候を始めてから、半年以上が過ぎている。これを機会に、彼らのことを詳しく知るのもいいかもしれない。私の中で、綾崎さんが駒沢から伝言されたという言葉が頭に残っていたからか、彼らが不幸を呼ぶ存在でないという証が欲しかった。


 私の質問に九尾はしばらく考え込んでいた。彼には何か秘密があって、私に話せないような経歴の持ち主なのだろうか。


「われから話しても構わんが、本人から聞くのが一番いいかもしれん。なんせ、あいつは少し変わった経歴の持ち主で、いまだに過去にとらわれているみたいだからな」


「過去にとらわれている?」




「ご飯の準備ができましたよ!冷めないうちに食べましょう!」


 九尾に詳しいことを聞こうとしたところで、翼君の声が聞こえた。自分の家なのに、家主である自分が、しかも、この家で唯一の人間である自分が夕食を作らず、手伝いもしないことを毎回申し訳なく思うのだが、彼らは気にしていないらしい。


 私は慌てて、夕食が並べられたテーブルの席に着くのだった。それからは、三人とたわいない会話をした。


 食後、翼君がご丁寧にお茶を出してくれたので、それを飲みながら、私は、今日紹介された綾崎さんのサークルの後輩の話をした。


「今日、綾崎さんに彼女の所属するサークルの後輩を紹介されました。なかなか個性的な女性でした」


「ほう、後輩か。だが、そいつと何かあったのだろう?顔が浮かない表情になっているぞ!」


 私の心を見透かすように、九尾がにやりと笑って指摘する。翼君と狼貴君はどういうことかわからず、首をかしげている。


「ええと、彼女に九尾たちのことを言われて、つい無意識に……」


「何を言われたのですか?」


 言葉を止めた私を心配して、翼君が声をかけてくれた。これは話した方がいいことだろうか。そもそも、彼らに鬼崎さんのことを話したのは私だ。ここで話を止めてしまっては不自然に感じるかもしれない。


「その、彼女は駒沢、私が苦手な教授から伝言を預かってきたみたいで、九尾たちが不幸を呼ぶ存在だと言われてしまって」


「それで、お主はそんな辛気臭い顔をしていたというわけか。バカバカしい」


「ば、バカバカしいって何ですか!」


「われたちは、人間ではないのだから、不幸を呼ぶ存在と呼ばれても別に間違ってはいない。なのに、なぜ悩む必要がある?」


「僕たちはもしかしたら、いえ、すでに蒼紗さんに不幸をもたらしているかもしれません。でも、それは僕たちが故意に起こしているわけじゃありません!僕は、蒼紗さんに不幸を与えたくはない!」


「オレも同じだ。お前を不幸な目に遭わせたくはない」


「みんな……」


 それから、私は彼女の印象や、ジャスミンが鬼崎さんを警戒していたことなどを話した。彼らは私の話を否定せず、最後まで黙って話を聞いてくれた。


「その女、話によるとなかなか厄介な奴だな。蛇娘の勘は間違いではないだろうから、警戒しておいた方がよさそうだ」


 話はそこで終了した。私はその後、お風呂に入って、そのまま自分の部屋に戻ってすぐにベッドに横になる。





「そういえば、狼貴君のことを効くのを忘れてしまった」


 もう寝るというタイミングで、狼貴君のことを思い出す。とはいえ、私の身体はすでに寝る準備万端で、考えている内にも睡魔が襲ってくる。今日必ずしも聞く必要はない。彼らがすぐにいなくなるわけでもないのだから。


 もし、この段階で、狼貴君から生前のことを聞いていたら、今回の事件の結末は変わっていたのだろうか。この後に巻き起こる事件について、この時は知る由もない私は、そのまま寝てしまった。


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