35駒沢との会話
「あれは確か、七尾君ですよね。朔夜さんは七尾君の知り合いみたいでしたけど」
「知り合い、みたいなものですけど、彼について話すことはありません。私にだって、彼のことはよくわかりませんし」
「そんな冷たいことを言わないでくださいよ。彼はずいぶんとあなたに執着しているみたいではないですか?」
「何が言いたいんですか?」
駒沢が目を細めて、興味深そうに七尾が去っていった方向を見つめる。そして、改めて私に向き直り、質問する。
「ところで、朔夜さんは鬼崎さんとは仲がいいのですか?」
「鬼崎さん、ですか?」
突然の言葉に質問を繰り返すだけになってしまう。スマホで時間を確認すると、ちょうど4時間目が終わる時間だった。鬼崎さんの時間割は把握していないが、綾崎さんの言葉だと、今日は授業がなく、部室にいるという話だ。とはいえ、暇で時間をつぶしているとなると、いつ家に帰るのかわからない。今日がGW中の平日で、今日を逃すと次は鬼崎さんの家にお邪魔する日になってしまう。GW最終日に彼女と会うことになっている。それまで彼女に会う機会がないのは困る。彼女の家に行く前に、いろいろ話を聞いておく必要がある。
「そこまで驚くような質問ですか?鬼崎さんは知っていますよね。今年新しく入学した大学一年生で、朔夜さんの後輩ですよ。彼女が朔夜さんとお近づきになれたと、嬉しそうに私に話してくれました。いったいどうやって、あなたと仲良くなったのか質問したら、秘密と言われてしまいまして」
「そう言われても……」
私がスマホを見ていることに気付いたのか、気付いていないのか、駒沢は話を続ける。鬼崎さんについての話は、今のタイミングでなければ興味深いことだったが、今はその本人と会話する方が重要だ。なんとかして、話を終わらせて部室に急ぎたい。
「急がなくても、彼女は、今日は授業が終わるまでは部室にいると思いますよ。時間のことは気にしなくても大丈夫です」
「何を言って」
「何って、鬼崎さんのことでしょう?彼女と二人きりで話したいと思っているとは意外ですが」
駒沢は、私が取ろうとしている行動がわかっているような口ぶりだ。私は綾崎さんやジャスミン、七尾にしかその話はしていない。どこから漏れて、駒沢の耳に入ったのか。いや、駒沢は私の知らないところで、私の情報を集めている可能性がある。
「ずいぶんと私の行動に詳しいのですね。まるで、私のストーカーみたいに」
警戒をあらわに、つい言わなくてもいい言葉まで口から出てしまう。そんな言葉に駒沢は嫌な顔をしなかった。
「ストーカーとは失礼ですね。でもまあ、いつも言っていますけど、私は朔夜さんにはとても興味がある。何せ、君は謎多き女子大生ですからね」
ウインクされ、気障っぽく言われても、中年の大学教授がやっている様は、ただ鳥肌が立つだけだ。しかも、私の今の姿は女子大生に見えるが、実際は、ジャスミンたちはおろか、駒沢よりも年齢が上だ。女子大生の見た目だが、中身はおばあさんなのだ。
「興味があるのは結構ですけど、私を調べたところで、面白いものは出ませんよ。それで、私が鬼崎さんに話を聞きたいということを知っているのなら、鬼崎さんの元に行かせてもらえませんか?」
こんなところで、駒沢と長話をしていても仕方ない。さっさと鬼崎さんの元に行って、犬史君のことなどを聞いておきたい。私が駒沢の話をこれ以上聞きたくないという本音が視線から漏れ出ていたのだろう。苦笑されながらも、駒沢は話を終わらせてくれた。
「どうにも私は朔夜さんに嫌われているみたいですね。仕方ありません。これ以上、ここに引き留めていては、口もきいてくれなくなりそうです。鬼崎さんから良い話を聞けるよう願っておきます」
「願ってもらわなくても」
「それでは、私も自分の研究を進める必要がありますので」
私の言葉を最後まで聞かずに、駒沢は私の前からいなくなった。残された私は、鬼崎さんに会うことを改めて決意しながらも、先ほどまでのジャスミンや七尾、駒沢の言葉を振り返る。
「私に興味を持ったところで、何も面白いものはないと思いますよ。何せ、今の今まで私は、ひっそりと平穏な生活をするよう心掛けていましたから。心掛け通り、大学に入る前までは、平穏で目立たない生活をしていました」
それが崩れたのは、大学に入学してからだ。まったく、大学に入学して思わぬことばかりの連続だ。今ではそれが日常となり、その日常を楽しんでいる自分がいる。
「なんとも言えませんが、まあ、これが今の私の生き方だと思うことにします」
今だけの楽しいひと時だ。それが壊されるのは避けたい。非日常を味わいたいとは思うが、私の周りの人間が危険に晒されるくらいなら、その対象を排除することにためらいはない。
さて、鬼崎さんは、私の日常に加わるのか。それとも、私の日常を壊す存在で、この場から退場してもらわなければならない存在か。
いつの間にか、鬼崎さんに会う前に抱えていた不安や緊張はどこかに行ってしまった。代わりに妙な高揚感が私の身体を支配していた。




