19予想以上にやばい状況です
「うむ、まあこれは安物の日本酒だな。こんなもので、われたちが酔うはずがなかろう」
「ほんとだよね。神なめてるよね。ひっく。とはいえ、こんなに大量の酒を飲んだのは久しぶりだよ。しかも、いつもはお神酒として献上されていたやつだから、こんなに不浄な気を持った酒は初めてかも」
「だが、これはこれでよいな。ひっく」
いつの間にか、どれだけの酒を注文したのか、九尾と七尾が頼んだ酒を片っ端から飲み干していた。彼らのそばには、空になったグラスが大量に置かれていた。いくら神とは言っても、酔うことはあるらしく、ひっくひっくと言いながら、二人で酒を飲み交わしている。顔は赤らみ、上機嫌なことはいいのだが、気が緩んでいるのか、人間ではありえないものが身体からはみ出していた。
「追加のご注文はいかがですか?」
「ひっく、では今度は、びーるとやらも頼んでみようか」
「それはいいね。びーるの生をふたつ!」
「かしこまりました」
店員は、彼らの身体から、普通ではありえないものが生えているのに気付いていないのか、あえて気付かないふりをしているのか、淡々と注文を受けて、個室から出ていった。
「九尾、尻尾と耳がはみ出していますよ。それに、身体が」
「このくらいで止めておいた方がいい」
注意しているのは、翼君と狼貴君だ。しかし、彼らの様子もどこかおかしかった。ふらふらとおぼつかない様子で、九尾たちを説得している。
「おかしいな。僕、お酒飲んでいないのに、頭がくらくらす、る」
「こ、これは一体……」
ぼんと、煙が突如室内で上がった。私は思わず目をつむった。
「あれ、こんなところに少年がいるぞ!」
「あら、可愛い。動物のコスプレかしら?」
「写真撮ろうよ!」
目を開けたときには、すでにいろいろ手遅れだった。目の前には、ケモミミ美少年が二人いた。当然、そんな芸当ができるのは、私の知り合いしかいない。彼らは、今まで着ていた服がだぼだぼにもたついて、萌え袖となっていたが、今はそれを愛でる余裕はなかった。彼らの主と元眷属は、いまだにのんきに酒を飲み交わしていて、異変に気付く様子はなかった。
私の周りでは、突然現れた二人のケモミミ美少年に注目が集まり、キャーキャーと主に女性の参加者が騒ぎ出す。
「蒼紗、これってやばいんじゃないの。とっとと私たちだけでも、この場からとんずらした方がいいかもしれないわ」
「でも、彼らを連れてきたのは私ですし、どうにかして彼らも連れ帰らないと」
「パシャパシャ」
カメラの音がしたので、音の方に目を向けると、一心不乱にスマホのカメラで写真を撮っている鬼崎さんが居た。それにつられて、女性たちも一斉にスマホを手に持ち、翼君たちをスマホのカメラで撮り始めた。個室にはパシャパシャという、シャッター音がうるさく鳴り響く。
「あの、鬼崎さん?」
最初にスマホで撮影を始めた鬼崎さんは、他の女性の参加者に比べると、撮影枚数が尋常ではなかった。パシャシャシャシャシャシャという、連射の音が聞こえたので、その音のでどこを探ったら鬼崎さんにたどりついた。一心不乱に彼らを写真に収める彼女に、おそるおそる声をかける。
「ああ、朔夜先輩、これ、どういう原理が働いているのでしょうね。いきなり青年男性の頭と腰から獣の耳と尻尾が生えだしたと思ったら、今度は、いるはずのない、未成年の少年が現れる。しかも彼らの頭と腰にもケモミミと尻尾が!」
興奮したように話す彼女だが、その間もスマホのカメラを撮影する手は止まらず、シャッター音が部屋に響いている。
「なんだか、オレ達のサークルにふさわしい飲み会になってきたんだが、この辺で二次会にでも行くか?それにしても、そこの少年たちはどこから来たんだ?だれか、彼らの保護者を知っている奴はいるか?」
飲み会を企画した部長が首をかしげながらも、面白そうに翼君たちを眺めている。九尾たちを急いで回収した方がいいと思ったので、ジャスミンにも協力してもらおうとしたが。
「じゃ、ジャスミン、九尾たちを回収したいのです、が」
私の言葉は途中で止まってしまった。様子がおかしくなったのは、九尾たちだけではなかった。ジャスミンもひっくひっくと言いながら、目をうつろにさせて、酔っぱらっていた。
「ひっく、どうした、の?そん、なに、まじめな、かお、を、して」
「あ、あの、ジャスミン、身体からうろこが出ていますけど」
ジャスミンの服から覗く腕の部分が、蛇のうろこのようなもので覆いつくされていた。能力を使っていないのに、どうしてだろうか。いや、お酒に酔って本性が出てしまったのだろう。ジャスミンがあてにならないとなると。
私はここで気づくべきだった。九尾と七尾はお酒を飲んでいたが、翼君も狼貴君も、ジャスミンもお酒を頼んでいなかった。それなのに、なぜか全員、酒に酔ったような話し方になり、本来の姿に戻ってしまっていた。これが何を意味するのかを考えることができたら、何か変わっていただろうか。
「あ、あの、綾崎さん、ジャスミンたちの回収をしたいのですが、手伝って、いや、綾崎さん、何をしているのですか?」
最後の頼みと、綾崎さんに声をかける。綾崎さんは私たちが能力者であり、九尾たちが人外の存在であると知らないが、ジャスミンが使い物にならない以上、協力してもらうしかない。九尾たちの姿に言及されたら、正直に話すことも覚悟していた。それなのに。
「蒼紗さん!これ、すごいですね。九尾さんたちは、今日のために、こんな芸を仕込んでくれていたなんて、それに、佐藤さんも!」
綾崎さんも鬼崎さんと一緒に、翼君たちをスマホのカメラで撮影していた。その場は混乱状態で、誰も私を助けてくれるものはいない。
「あまり使いたくはないのですが、仕方ありません。私たちは強制的に帰らせてもらいます!」
あまり使いたくはないが、私は言霊の能力を使うことにした。私は普通の人にはない、特殊な能力を持っている。その中の一つに、言霊を操る能力がある。私が言霊を使って相手を従わせたいと思った時に、相手の瞳を見ながら命令すると、相手は私の言葉通りに従って行動する。便利な能力だが、能力は相手の瞳を見ないと発動しないので、今回の場合は、少々面倒だった。
面倒とは言え、今回は能力を使わざるを得ない、緊急事態だ。私はまず、彼女に能力を使うことにした。
『ジャスミン、正気に戻りなさい!』
とりあえず、まずはジャスミンと視線を合わして、能力を発動させる。私とジャスミンの周りが金色に光り出し、私の瞳も金色に輝きだす。
「あれ、蒼紗、どうしたの。怒ったような顔をして」
しばらくすると、ジャスミンの瞳の焦点があってきて、私を見つめてきた。そして、私の表情を読み取り、首をかしげる。正気に戻ったジャスミンの身体からは、うろこのようなものは消え去り、もとの人間の肌が服から覗いていた。
「どうしたもこうしたもありません。九尾たちの様子がおかしくなってしまいました。なので、彼らを回収して、この場から離脱しようと思うのですが」
私がジャスミンに今の状況を伝えると、ジャスミンは九尾たちにちらりと視線を向ける。九尾たちからケモミミがはみ出しているところを確認すると、状況が理解できたのか、すぐに行動を起こしてくれた。
「ああ、ごめーん。彼らに芸を仕込んだのは、私と蒼紗なの。綾崎さんたちのサークルって、こういう系を調査しているでしょ。だから、ついドッキリを仕掛けたくなって。でも、さすがにもう遅いから、彼らは私たちが責任を持って、家に送り届けまーす!」
甲高い、気色悪い声で、ジャスミンはサークルのメンバーに、大声で自分たちが帰ることを伝える。
「そ、そうか。これは君たちが考えたどっきりなのか。そうか」
「そうなんです!驚かせてしまってすいません。まさか、こんなに盛り上がるとは思いませんでした!」
そう言って、無理やり九尾と翼君を両腕に引きずって店から出ようとするジャスミンに、私も慌てて狼貴君と七尾を引きずりながら後を追う。綾崎さんはどうするのかと振り返ると、綾崎さんはまだ飲み足りないのか、私に手を振るだけで、ついてこなかった。
「ドッキリ、ね」
私たちの姿が見えなくなると、それまでの明るい調子が嘘のように低い声で、スマホを鞄にしまって、ぼそりとつぶやく鬼崎さん。彼女もまた、私たちが去ってすぐ、居酒屋を後にしたのだった。




