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13塾でも不穏な空気が流れています

「車坂先生、今日もよろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 塾に行くと、すでに車坂が塾を開く準備を始めていた。私が挨拶をすると、挨拶を返してくれたが、どこか疲れているように見えた。車坂が今日来る生徒のカリキュラムの確認をしていたので、私は塾の掃除をすることにした。掃除機をかけ終えて一段落したころ、車坂が申し訳なさそうな顔で私に話かけてきた。



「すみませんが、しばらくの間、塾の仕事をお休みさせていただきます」


「しばらくとは、どれくらいですか?」


 突然の言葉に戸惑うが、車坂は人間ではなく、死神という存在だということを思い出す。


「期間、ですか。そうですねえ。とりあえず、今回の事件が終息するまでは休む必要があります。ちょうど、今は月末で、世間はGWゴールデンウィークに入りますから、ちょうどシフトは切りがいい。5月から蒼紗さんに僕の仕事を任せてもいいですか」


「遺体が動くということと、関係がありますか?」


 車坂の言う、事件というのが何かわからないが、私たちのまちで今起きている、死神が関係していそうな話はこれくらいしかない。つい、口にしてしまったが、車坂は嫌な顔をすることなく、代わりにため息を吐いた。



「人間の世界でもニュースとして取り上げられているのは知っていましたが、蒼紗さんも知っているとは。隠しても仕方ありませんね。ご存じの通り、我々はその事件の真相を調査するために動いています。今回の休業はそのためでもあります」


「やっぱり、遺体が動くのは、普通ではないのですね」


「当たり前でしょう。しかも、今回は、私が率先して動くわけではありません。死神協会からじきじきに調査の依頼がきました。おそらく、私の同僚にも召集がかかっていると思います。蒼紗さんも気を付けた方がいいですよ」


 車坂は気にしていないのか、人間である私に死神の事情をあっさりと話してくれた。さらには、私にもバイトに出るなと心配までしてくれた。


「私は平気ですけど、車坂さんはどうして、私の心配をしてくれるのですか。私は、あなた方の監視対象であるはずです」


「監視対象とは言え、心配はしてもいいでしょう。あなたがいかに人間世界になじんでいるのか興味がわいたのですよ。どうせ、今一緒に居る人間とはいずれ別れる時が来る。ああ、あいつらはどうするのか知りませんが。短い時間を楽しむ猶予は与えてもいいと思いまして」


 なんとも微妙が気遣いに感謝していいのかどうかわからず、あいまいにうなづくだけの私に、車坂は満足したようだ。


「ということで、私の話はここまでにして、塾の仕事を今日もやっていきましょう。いくら休むとは言え、今日は仕事しなくては」


「人間みたいに真面目ですね」


「人間と同様、死神にも仕事に対する責任感くらい持ち合わせていますよ」


 ふふと、お互いに和やかな雰囲気の中、塾を始めることになった。





「今日から、新しく塾に入ることになった『紅犬史君』だよ。みんな、仲良くしてあげるように」


 先週体験入学に来た、狼貴君の親戚らしき少年が、今日から新規生徒として塾にやってきた。今日は時間が早いのか、一人で自転車を使って塾にきたようだ。


 すでに塾に来ていた他の生徒に、車坂が犬史君の紹介をする。私の塾に通っている生徒たちは皆、素直でよい子ばかりで、興味津々に犬史君のことを見ていたが、休憩時間まで彼に何か質問する生徒はいなかった。


「そろそろ休憩時間にしましょう」


 車坂の生徒たちへの声掛けで、生徒たちがいっせいに嬉しそうに話し出す。生徒たちの興味はやはり、新しく塾に入った犬史君だった。


「けんしって、かっこいい名前だよね」


「紅君は、どこの小学校に通っているの?」


「誰の紹介で塾にきたの?」


 子供たちは、まるでクラスに転校生が来たかのように、犬史くんに一斉に質問を始めた。


「えっと、ぼくは……」


「そこまでにしてあげなさい。犬史君が困っているでしょう」


「ええ、車坂先生のけちい」


「先生って、真面目だよね」


 困っている犬史君を助けようと私が動く前に、車坂が注意していた。


「ぼく、お兄さんを探しているんだ」


 困っていたかのように見えた犬史君が、意を決したように話し出す。犬史君は思いつめたような表情で、塾に来た理由を私たちに伝えた。


「ぼくには、年の離れたお兄さんみたいな存在がいるんだけど、その人が一年前くらいから行方不明になっていて。それで……」


「どれくらい離れているの?」


 私はつい、犬史君に質問してしまった。年の離れたお兄さん、一年前から行方不明、該当する人物。すでに翼君や車坂の話から予想はしていたが、本人の口から聞くのとは真実味が違う。


「朔夜先生、ずいぶん前のめりに質問しているね」


「珍しい。他人にあんまり興味ないかと思っていた」


「先生だって、気になることくらいありますよ」


「年は、20歳を超えています。兄弟ではないけど、僕の面倒を見てくれた優しい親戚の人で、突然いなくなって、ぼく……」


 お兄さんのことを思い出したのか、犬史君は急に涙目になってしまった。ぐすんと鼻をすする音も聞こえ始めたので、私は慌てて話題を変えることにした。


「そういえば、動く遺体って話を知っているかな」


「はい、休憩時間が終わりましたよ。皆さん、また張り切って勉強していきましょう!」


 タイミング悪く車坂の声が重なり、私の話題を変えようとした努力は水の泡となった。とはいえ、とっさに口に出たのが、ニュースで見た、死神に関係する不可解な事件だったとは。子供を喜ばせる話題がさっと出るようになりたいものだ。





「先生、さようなら」


 生徒たちが次々と帰っていく。最後の一人まで残ってしまった生徒がいた。


「犬史君。行きは一人みたいだったけど、帰りもそうだよね。確か、自転車で来ていたはずでしょう。塾の時間も終わったし、帰ったらどうかな」


「僕、家に帰りたくありません」


「そんなことを言われても、それでは、私たちが家に帰れません。何か、家に帰りたくない理由でもあるのですか?」


 犬史君がいる限り、家に帰ることができないので、車坂はイライラしているようだ。死神が家に帰りたい性質なのかはわからないが、あまりに直球過ぎる質問だ。


「プルルルルルル」


「はい、CSSですけど、ええ、わかりました」


 突然、塾に電話がかかってきた。ちょうど受話器の近くにいた私が電話を取ることになった。塾で電話が鳴るときは、急な欠席連絡、体験入学のどちらかが多いが、そのどちらの用件でもなかった。電話の相手は、目の前にいる少年の保護者からだった。


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