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10紅犬史(くれないけんし)という少年

「仕方ないから、一緒に帰ってやってもいい」


 犬史君が塾の扉を開けて翼君の支度を待っていた。春になったとはいえ、まだまだ夜中は寒い。翼君は控室からコートを持ち出して羽織り、靴を履く。


「では、犬史君を家まで送ってきます。塾のことはよろしくお願いします」


「任せてください」


「夜道は何が出てもおかしくないですから、気を付けてくださいね」


 私と車坂は、犬史君と翼君が塾から出ていくのを笑顔で見送った。




 二人を見送った私たちは、塾の後片付けを始めた。


「蒼紗さんが気になっていた体験生の紅君ですが、あなたの家の眷属の一人の血縁者で間違いはないでしょう」


「そんなこと、死神にわかるものですか?」


 車坂は自信満々に、犬史君と狼貴君が血縁関係にあると言い出した。根拠でもあるのだろうか。


「わかりますよ。だって、彼はずっと塾の最中、つぶやいていましたからね。お兄ちゃんがいなくなって寂しいと、その名前が」


 ここで、もったいぶったように言葉を止める車坂。その後に続く名前は、話の流れから一つしかないと思うので、あえて私が口にすることはなかった。その代わり、車坂の言葉で気になった言葉を拾い上げる。


「お兄ちゃん?寂しい?」


 犬史君は中学一年生だと聞いていた。それに対して、狼貴君は生きていれば20歳を超えた成人男性だ。年の離れた兄弟と言われたら、納得できないこともないが、20歳を超えたとしかわからない狼貴君の年齢からだと判断は難しい。


「いえ、本当の兄弟ではありませんよ。犬史君の母親と狼貴君が」


 車坂も犬史君が言ったお兄さんの名前は口にしなかった。しかし、それよりも重要なことを話そうとした。




「ただいま戻りました。蒼紗さん、ビンゴでした!やっぱり彼は狼貴君の親戚でした!」


 突然、塾の扉が開き、全速力で走ってきたのか、息を切らした翼君が大声で叫んだ。


「夜中だということをわきまえてください。そんな大声を出したら、近所迷惑です。それで、わかったことを詳しく教えてください」


「すいません。興奮してしまって」


 車坂の呆れた言葉に、翼君は大きく深呼吸する。そして、落ち着いたタイミングで、犬史君と狼貴君の関係を話し出そうとした。


「それで、彼と狼貴君の関係ですけど」




「プルルルルル」


 タイミング悪く、塾の電話が鳴りだした。突然の着信音に驚いた私だったが、車坂はわかっていたかのような落ち着きぶりだ。車坂は冷静に受話器を取り、電話応対する。私たちは話を中断し、彼の電話が終わるのを待つことにした。


「もしもし、CSSです。犬史君ですか?私のとこの講師が一緒に帰り道についていきました。犬史君が電話しないで欲しいと言っていたのですが、一度お電話はしました。ですが出られなかったので、留守番電話にメッセージを残しておきました。ええ、わかりました。私どもの塾は、月、水、金、土の四日間が開講曜日となっています。詳しい手続き等は、後日ご連絡いたします」


 ガチャンと受話器を元の位置に戻した車坂が、私たち二人を見て、にっこりとほほ笑んだ。


「犬史君の母親からです。迎えに行けなかったのは申し訳なかった。仕事の休憩時間に迎えに行けると思ったが、休憩時間が取れなくてとのことです。犬史君を送り届けてくれてありがとうございますと感謝されましたよ。それから、犬史君が塾に入ってくれるそうです」


話の内容から、犬史君が塾に入るのだろうと推測していたが、当たっていたようだ。犬史君がこの塾に入塾するらしい。塾でも新たな春がやってきそうだ。





「新しい子が塾に入ることになりましたが、その子が実は!」


「狼貴の親戚、か。世間は狭いとは言うが、このことだな」


 家に帰った私は、さっそく今日の塾での出来事を九尾や狼貴君に話そうと思った。しかし、九尾は家にいたが、狼貴君の姿は見当たらない。もともと、家にいないことが多く、ふらっとどこかに出かけていることが多いので、特に気にすることはなく、私は九尾にだけ、今日の出来事を話すことにした。


 翼君は、疲れて成人男性の姿を保てなくなったのか、尻尾と耳を揺らしながら、ウトウトと眠そうにしていた。何とか青年の姿のまま帰宅することができたが、家に入るとすぐに、ケモミミ少年姿に戻ってしまった。


 彼らは人間ではないので、食事もいらないし、睡眠もいらないのだが、彼の雇い主の九尾が食事をしたり、夜には睡眠をとっていたりしているため、彼らも同じように生活をしている。お風呂は水代がかかるからと遠慮しているが、たまに入っているのを見たことがある。


 どうやら、彼らも疲れることはあるようだ。そういえば、犬史君が来る前に、三つ子に言われたことを思い出す。彼らが翼君の正体に気付いている可能性を考えなかったのは、私たちの失態だ。その事実と犬史君の登場で気を遣い、疲れてしまったのかもしれない。


 こうしてみると、完全に人間と同じ生活をしているように見えるだろう。だが、彼らは人間ではないのだ。ケモミミ少年から青年姿に姿を変えることは、普通の人間にはできない芸当だ。


「翼君、疲れたのなら、お風呂に入ってきたら?入ってすっきりしたら、よく眠れると思いますよ」


「そうします。ふああ」


 少年ケモミミ姿の翼君が風呂場に向かっていく。




「それで、狼貴の親戚という奴のことだが、何か問題があるようだな」


 翼君がお風呂に向かって、二人きりになると、九尾が私の心を読んだかのように話を続ける。


「相変わらず、人の心を読むのが得意ですね。ええと、どうやら、彼の家は貧困家庭らしいです。翼君の話によると、狼貴君のお姉さんの息子さんが犬史君みたいですが、父親に浮気されてしまったようで、離婚してシングルマザーで犬史君を育てているようです」


 車坂が電話を受けた後、翼君が犬史君の話を簡潔に教えてくれた。そこで彼が複雑な身の上だということを知った。


「よくある家庭だな。だが、塾に入るということは、その分の金が出せるということか。そんな筆記具までけちる家が?」


 九尾の疑問を私も頭に思い浮かんだ。貧困家庭であるならば、塾に入るためのお金を捻出するのは困難なはず。どうやって塾代を払うつもりなのだろうか。




「今戻った」


 話をしているうちに、噂の人物が戻ってきた。私と九尾は私の部屋で話をしていたが、扉がノックされ、狼貴君が顔を出した。居候で一緒に暮らすようになって最初は、挨拶すらあまりしなかった狼貴君だが、最近は挨拶をしてくれるようになった。


 狼貴君は、翼君とは違って、クール系美少年だ。狼の耳と尻尾が生えているため、翼君よりもかわいさが抑えられている。鋭い目つきにその容姿で私は勝手にそう思っている。


「おかえりなさい。今日、私の塾に」


「悪いが、しばらく家を空ける。九尾、そばを離れても大丈夫だろうか」


「あまり遠くだと問題だが、県内くらいなら問題はなかろう。さっさとけじめをつけてこい。お前はわれと一緒に生きると決めたのだろう?」


「……」


「あ、あの」


「オレがすでに人間でない存在になっていることは、自覚している。言われなくても、けじめはつける」


 九尾の言葉に返事をした狼貴君は、私の言葉が聞こえないかのようにそのまま、部屋から出て行ってしまった。


「わかっているという顔ではなかったな。翼、そこにいるのだろう?盗み聞きは良くないぞ」


「ばれていましたか?」


「つ、翼君、いつからそこに!」


 すうと、何もない空間から、翼君の姿が浮かび上がった。髪を乾かす間もなかったのか、髪は湿っていた。突然、目の前に現れるのに、髪は濡れたままということに思わず笑ってしまった。私の様子に構うことなく、二人は会話を続ける。


「お前の主が誰か忘れているわけではあるまいな。それで、お前は狼貴をどう見る?」


「僕は、彼と同じ立場だから、気持ちは痛いほどよくわかる。でも、それこそ、彼が言っていたように、僕たちはもう、生前と同じように生活をすることはできないし、人との接触もむやみにできない。この姿を知り合いに見られても、自分だと気づいてもらえない」


 だからと、翼君は寂しげに言葉を続ける。


「僕は、蒼紗さんの文化祭の時にけじめはつけた、もちろん、家族とかには今でもたまに会いたいなと思うことはあるけど、もう会わないよ。僕は九尾の眷属として生きることに決めたから」


 最後の言葉を翼君は九尾の目を見て、はっきりと告げる。その答えに満足したのか、九尾はあくびをしながら、部屋の扉の近くまで歩いていく。


「お前はそれでよかったが、あいつはどうだろうな。同じ立場というならば、手助けした方がいい。あいつの親族とやらには会ったのだろう?」


 何やら含みを持った言い方をして、九尾は私の部屋から出ていった。


「私も、狼貴君が困っているのなら、助けるつもりです!」


「蒼紗さん、頼もしい言葉だけど、今回は蒼紗さんに頼らないよ。これは、僕たちの問題だから」


 じゃあ、お休みなさい。


 翼君も部屋から去り、私の部屋には、本来の部屋の主である私だけが残された。


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