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サン・ニコラウスの王冠

作者: 千夜

「サンタクロースはいるよ!」

「お前、まだサンタクロース信じてるの!? うっわ、いる訳ないじゃん」


 昼休みを終えて階段を上っている途中、響いてきた声に僕は踊り場を見上げた。

 そこに居るのは複数のクラスメイト達で、団子みたいに固まってわいわいと話し合っている。


「サンタ信じてるとか、ガキだこいつ」

「うわぁ、はははっ」


「サンタさんは、いるんだよ!」

 からかう男子達の声に、一人の少女が強気に答えている。

 こずえさくら、同じクラスの女の子だ。


「サンタは親なんです〜、知らないとかこいつ馬鹿じゃん」

「いるよ、知らないの?!」

 大袈裟に反発する彼女に、クラスメイト達は面白がってさらに囃し立てていく。


翔樹しょうきぃ、お前どう思う?」

 騒ぎの中心からふいに聞かれて、僕は自分の中に用意されていた答えを返す。


「サンタクロースは現実にいるよ。テレビにも出てたし、どこの国か名前は忘れちゃったけど、寒い国の方で、ちゃんと証明書とかもあるんだよ」


「そんなの、大人が作ってるだけだろ。お前もサンタクロース信じてるのかよ。ガキだな」

 バカにしたように笑って、サンタクロースを信じないクラスメイト達は5年1組の教室へと去っていった。


「サンタクロース、いるよねぇ」

「うん」


 取り残された踊り場で、微笑みながら彼女が言って、僕は彼女の瞳に頷いた。


 数日後の学校の帰り道、彼女の家の前を通った時に、たまたま玄関から彼女が飛び出してきた。


「バカやろう! 殴るしか脳がねぇくせに親なんか名乗んじゃねえ!」


 両手に握っていた靴を、近くのブロック塀に投げつけて怒声を吐いている。


 ふと、目が合って彼女は気まずそうに笑った。


「恥ずかしい所見せちゃったな。いつもはもっとおしとやか(・・・・・)だからな。クラスの奴らには言うなよ」

「えっ、うん」

 とっさに答えて返した僕に、彼女は念を押す。


「絶対だぞ。これは賄賂だ」


 そう言って、彼女はウエストポーチからポリ袋を取り出して、僕の手に握らせた。

 中には手作りらしい、形の不揃いなクッキーが入っている。


「俺の、じゃない……私の手作り非常食だから、毒は入ってないけど味は保証しない」


 味は保証しないんだ。

 くすりと笑ってしまってから、さっきの彼女の形相を思い出す。


「うん。……あのさクリスマス、お母さんとご飯が食べたい」

「んん? なんだ、突然」

「僕のサンタへのお願い。お母さん、忙しいんだ。だから。誰にも言わないでね」

「なるほど」

 納得したように彼女はこくんと頷いた。


「持ちつ持たれつってやつか。いや、なんか違うな、まあいいや。秘密の共有な、仲間みたいだなこれ」


 嬉しそうに彼女が笑って、僕の胸の内もざわざわと笑っていた。


 クリスマスの日、学校は終業式を迎えていた。

「プレゼント、何もらった?」

「ゲーム! 今日一緒にやろうぜ」

「俺も俺も、一緒に行く!」


 浮き立つクラスメイト達は、みんな輝いている。

 クリスマスプレゼントの話、冬休みの話、新しいゲームの話。


(楽しそう、だな)


 にこにこしてる僕の顔の中で、心が死んでいく。


「翔樹はプレゼント何もらったんだ?」


 クラスメイトににこやかに問われた声に、


「内緒」


 と返す。


 ほら。笑ってる口と僕の声の下で、心が冷たくなってく。


 感じるな、感じるな、何も感じるな。って。


「クリスマス、何貰った?」

 彼女が聞く。


 君もか、と心の中で呟いて、またもっと心が冷え込んでいった。

 もう、僕の心は凍り付いたんじゃないかな。


「内緒」


 顔は笑えているかな?

 そんな事を考えていた。


 電灯の消えた家の中に入り、ランドセルを放って、暖房代節約のために布団に包まる。

 今日はもう何もしたくない。明日も、明後日も、もうずっとこのまま。


 ピンポーン


 ドアベルの音が高く部屋に鳴り響いた。


「クリスマスお届けに来ました〜」


 聴き馴染みのある声に、布団を払い除けて玄関へ向かう。

 彼女の陽気な顔が覗き穴から見えた。


 周りに誰の姿もない。彼女一人で、僕の家に来たらしい。


 どうしよう、この家にいるのは今僕一人だ。

 女の子と男の子が一つの部屋で二人きりなんて。

 わたわたと慌てる僕の心などお構いなしに、彼女は玄関前で「あーそーぼう」なんて、気軽に声を掛けてくる。


「あのさ、今親いないから」


 断ろうと思って玄関を開けたら、彼女は扉の中に足を入れてきた。


「ふふっ、必殺扉閉じれないの術!」


 玄関扉に靴を引っ掛けて、片手で印を結んでいる。


「君は押し売りの人ですか?」


 予想外の彼女の行動に、思わず笑ってしまった。


「ふっふっふっ。お兄さん、私の今日の格好、どう思います?」


「どうって、いつもどおりだと思うよ」


「ところが、今日はなんと、赤いズボンを履いてるんですよ! そして上にはこの赤いコート。この時期に赤い服と言ったら、もうお分かりでしょう」


「怪しい勧誘はお断りです」


「チッチ、世界全国、サンタの不法侵入は許されるのです!」


 ビシリと僕の鼻先に指を突きつけて、彼女はついに僕の家の中へと上がり込んだ。


「今日は私が翔樹のお母さんの役ね。翔樹は子供の役」

「役って何?」


「知らないのかい? 世間でも有名な子供の遊び、おままごとだよ」

「うぇっ!」


 得意げにおままごとなんて言われて、喉から嫌厭けんえんの声が漏れた。それは、幼い女の子を代表する遊びで、いい歳した僕がやるような事ではない。


「仕方ない、おままごとは諦めますよー。でもね、道具は持ってきたんだよ。紙皿と、割り箸と、スプーンと……」


 リュックサックから次々に取り出す彼女に、僕は戸惑いながら断りの言葉を探していた。


「温めるお粥と、温めるだけのフライドチキンと、レンジでチンしたじゃがいもと、お湯を注ぐだけのコーンスープです! どう、クリスマスっぽいでしょ?」


 ずらりと床に食品を並べた彼女は、やはり得意満面に笑っている。

 呆気にとられた僕は、何て返せばいいのか分からなくなっていた。

 押しかけ女房?


「電子レンジってどこにある? 借りてもいい?」


「うち……レンジはないよ」


 恥ずかしい? 悔しい?

 普通の事のように聞いた彼女の言葉がイラッときて、この気持ちを言い表せないけど、拳をギュッと握って耐えた。

 彼女にはもう、帰って欲しい。僕は今、おままごとに付き合う気はない。


「ねえ、お母さんが帰ってくる前にもう帰って……」

「そしたら鍋でぐつぐつあっためる、だな」


 僕の言葉なんか聞いていないように立ち上がると、彼女は小鍋を手にしてコンロの前に立った。


「鍋に水を入れる。ヤカンに水を入れる。火をつける。袋に書いてある時間通りに温める。コンロから目を離さない。出来るか?」


 小さな子供に言い聞かせるように、彼女は一つ一つを指差して僕に確認を促した。

「それなら、出来ると思うけど」


「よしよし。あのさ、サンタクロースの始まりって、キリスト教の聖人の、聖ニコラウスって言う人なんだって。困ってる人に金貨をあげたのが元じゃないかって」

「聖ニコラウス?」


「そう。セント・ニコラウスとか、サン・ニコラオとか国によって呼ばれ方が違うらしい。色々混ざって、今のサンタクロースになったんだって。色だって、昔はいろんな色のサンタがいたみたいだよ」


 リュックサックから、折り紙で作られたカラフルなサンタクロースを取り出して、次々に壁に貼り付けていく彼女に、僕はもうどうしたらいいのか分からない。


「サンタクロースが人だったなら、俺っと、私もサンタになれるんですよ。世を忍ぶ仮の姿っていうやつ」


 この目の前にいる存在が何なのか、僕には分からなくなってきた。

 クラスメイトのはずだし、同じ歳で、女の子で、知っている子のはずなのに。


「さすがにこれ被って来るのは恥ずかしかったので、今被ります。どうだ、これが私の今日の真の姿だ」


 彼女が最後にリュックサックから取り出したのは、色画用紙で作った赤い三角帽子だった。

 赤い帽子、赤いコート、赤いズボン。

 彼女の言いたいことが分かった。


「トナカイは目立つから外に置いてきた」

 いや、予想外だった。


「トナカイ?」

「普段は自転車と呼んでいます」


「ぶっ、自転車のトナカイ」


「鼻は赤くありません、電気です」


 胸を張って応える彼女は頭の上から帽子を外して、今度は僕の頭の上に乗せる。


「自分は恥ずかしいのに、僕に被せるの?」

「家の中だからいいのです。翔樹は今日、お母さんのサンタクロースになりなさい」


 頬が熱くなるのが分かる。お母さんは、喜んでくれるだろうか。


「でも、これどうしたの? 僕もらえないよ?」

 用意された食品を見て僕は戸惑う。誰かから物をもらうなんて、それも同じクラスの子供から。


「実はですねえ、うちのお母さんは19時頃に帰って来るのですよ。そして今日は親とは名ばかりの人が家で何とかかんとかですね、つまり、これは賄賂です!」


 真剣な表情で、伺うような瞳で、彼女は僕の顔を覗き込んでいた。

「貰ってくれないと、私は。寒空の公園で地面にお絵かきをするしかなくなります。大美術館を開催するほどの芸術作を作って、砂場に穴掘って、かまくらがわりに寒さを耐えるのです。大丈夫。私にはカイロがある、手袋もある。お兄ちゃんがいる」


 話の途中から、彼女の視線が下がり、瞳から光が消えていく気がした。

「賄賂、貰うよ」

 言ってから僕はあれ、と思う。賄賂って貰っちゃ駄目な物じゃなかったけ。

 でも、これは違うよね。賄賂なんて言葉の物じゃない。


「サンタクロースのお土産だね」


 僕の言葉に、彼女はゆっくりと顔を上げた。

 嬉しそうに口が緩んでいる。


「あのね。私が呼んでるお兄ちゃんは。お兄ちゃんは、ほんとは……ほんとはーー」


 うるうると瞳が揺れだして、彼女の顔が苦しそうに歪んでいく。

 声は、寂しそうなのに震えることはなく落ち着いていた。

 今にも泣き出しそうな、苛立たしそうな、叫び出したいとでも言うような苦鳴の表情が助けを求めていた。

 5年1組の梢さくらは、一人っ子だ。


「っいる!」

 僕は彼女の手を掴んで叫んでいた。


「僕はお兄ちゃんに助けてもらった。だから、本当にいる!」


 彼女の瞳が輝いて、表情がパッと華やいだ。


「お兄ちゃんはね、ほのお(・・・)って言うんだ。火っていう字を二つ使うんだよ。かっこいいでしょう」


 僕の手をぎゅっと握り返して、彼女は微笑んだ。とても、嬉しそうに。


 サンタクロースはいる。

 ここにも、そこにも、世界中に。

 一年に一度、僕も自転車をトナカイと呼ぼう。

サン・ニコラウスの王冠 設定


多重人格の女の子。

本体は小学2年生位、こずえさくら。

小学5年生のヨシノと、

兄ほのおは、中学生くらい。


主人公は小学5年の男の子。開田かいだ翔樹しょうき

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