第六話 爆発
「――そうか、家出したのか」
険しい顔つきをしているエミリーにかける言葉が、俺には分からなかった。
元の世界でも、俺は幸せな家庭の中で育ってきた。エミリーは――これは、少年漫画的な勘だが、俺の知らないような葛藤があったのだろう。
話を聞いてあげられればいいな――
「姉様を杖で殴って、父様に暴言を吐いて、追い出された」
「いや、お前が百パー悪いだろ」
俺がそう言うと、エミリーはむ――っと頬を膨らまして、バタバタと足をバタつかせた。
「あなたもそんなこと言うのね! 友達になってくれたんじゃなかったの!?」
「ごめんごめん、悪かったって。ええと、まず、なんで姉を杖で殴ったの?」
この人の姉と言えば、第一皇女か、第二皇女だろう。第一皇女だったら、高確率で次期王妃じゃないか。将来の王妃が殴られるっていう構図、ちょっとおもしろいかもしれない。
しかし、エミリーは下を向いて黙ってしまった。
「そうか、話せないことでもあんのか」
「――魔法……」と、エミリーがボソッと呟く。
「え?」
「魔法!!!」
――魔法!
え、やっぱこの世界、魔法あるの?
すげえじゃん! 魔法!
「へえ、エミリーは魔法が使えるの?」
「使えないわよ!!!」
エミリーは勢いよく立ち上がった。目尻に涙がうっすらと溜まっている。
どうしたんだ、急に。もしかして、魔法が使えないことがコンプレックスになってしまっているのだろうか。
だとしたら、この世界は、魔法を使えるのが普通だということになる。って――
「ん? いや、待てよ、俺だって魔法なんか使えないよ」
「は?」
エミリーは、洞穴の出口にできた、大きなクレーターを指さした。俺がさっき、炎の能力で爆発を起こしたときにできた穴だ。
――なるほど、この力は魔法なのか。
と、俺は先ほどと同じように、手に意識を集中させた。体温が急速に上がり、手のひら全体にボワッと炎が燃え広がった。
「――?」エミリーが首をかしげた。
「え、これ、魔法じゃないの?」
「う――ん、私の知ってる魔法と、何か違うわ……」
そうか、魔法じゃないのか。だとしたら、いったいこれはなんなのだろう。もしかして、異世界人ゆえの、変な能力なのだろうか?
エミリーはじっと考えてから、
「ちょっと、さっきの爆発みたいの起こしてよ」と聞いてきた。
「いいぞ、ちょっと待ってな。危ないからあっちいくわ」
と、俺は立ち上がって、先ほどできたクレーターの中心部まで降りた。我ながら、きれいな球体の穴である。これをまさか、俺が開けてしまったとは。やっぱり、ここは異世界なんだろう。
俺は精神を集中させ、意識を統一した。
空気の淀み、波、大地の変化、雲の流れ、成層圏を突破して、宇宙空間。全ては、運動だ。俺の身体も、運動だ。筋肉、皮、しわ、骨、老いて朽ちてゆく細胞、血液、シナプス……俺の意識の中で、全てが合一した。
――すると、体温が急激に変化するッ!
今度は、より意識的に成功したためか、自分の身体により注意を向けることができた。心臓が高鳴り、血液が滝のように循環するのを感じる。
瞬間、身体全体に炎が燃え渡った。すると、周囲の酸素が急激に消費されたためか、突風が吹き荒れる。
「いいね、いいね、いいね!」
俺のテンションは爆アゲである。イメージとしては、炎の能力者、イフリートだ。
イフリートは、炎の能力で、有象無象の全てを焼き滅ぼす。イフリートよ、力を見せてくれ!
「炎で埋め尽くせッ! インフェルノ!!」
俺は、全方位の意識をこの森に向け、意識を放出した。
――ボボワァァァァァァン!!
すると、まるでフェニックスが雄たけびを上げたような、不快な高音が周囲を埋め尽くした。土ぼこりが一気に爆散する。
爆風は恐らく秒速を超え、放射状に辺りを吹き飛ばした。森の木々が次々とぶっ飛ぶ。空は炎で焼き尽くされ、大地はえぐれ、辺りは火の海になった。放ってから、やばいなって思ったが、もう遅い。
爆発音の残滓が、木や地面や空気に反射し、あちこちで鳴り響いていた。ぱらぱらと、細かい礫が落ちる音がする。
――俺の周りで、超爆発が起きてしまった。
舞っていた砂の粒子が細かくなって、煙のように漂い始めたとき、爆発音は辺りにこだましているのみだった。……やばい。やりすぎた。エミリーは大丈夫だろうか。
「エミリー!!」
俺は、振り返って洞穴を確認した。なんと、洞穴の入り口は、崩れた岩で塞がっていたのだった。心臓が止まったような気がした。――もしや、殺……
「私はここにいるわ!!」
と、塞がってしまった洞穴の奥で、エミリーのバカでかい声が聞こえた。俺は、ほっと息をつく。
「あんたが瞑想し始めてから、辺りの空気が変わってまずいと思って、急いで奥に隠れたのよ!!」
「ごめん――大丈夫だったか」
「大丈夫なわけないでしょ、助けてよ!!」とエミリーは叫んだ。
「ちょっと離れててくれ――」
俺は、穴をふさいでいる大きな岩に手を置き、今度は岩に精神を集中させた。岩も、元をたどれば「運動」でできている。
すると、岩と自分の体温が同調して、みるみるうちに岩が溶けていった。まったく、便利な技である。これは、魔法でなくて何なのか――魔法でなかったら、魔法とはいったい何なのだろう?
岩が完全に溶けると、そのちょっと離れた先に、エミリーがぺたんと座っていた。
「あなた今、岩を溶かしたの? なにそれ――」
「いやあ、岩だって何千度にも達すれば溶けるんだよ」
「えっ、そうなの――って、そんなことを聞いてるんじゃないわ……」
エミリーはそう言うと、不意に黙って考え込んでしまった。俺は、流れてくる溶岩を避けて――別に触っても不思議と熱くなかったのだが――エミリーのそばへ駆け寄った。
気配を感じると、エミリーはビビッて後ずさった。が、なにか意を決したように、俺を見た。
「――ねぇ、私にもそれ、教えてくれない?」