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第五話 友達

「私はヘルメス国第三皇女、エミリー・ヘルメスよ」


 と、目の前の女は言った。

 地毛だろうか、茶色くよく整った髪の毛のつやは、渋谷の〈女子高生〉のそれと全く違ってきれいだった。顔は恐らく化粧をしていないのだろうが、少し幸薄そうだけれど、はっきりした顔立ちである。


 しかし、目を惹くのは、シルバーのごっつい鎧。こんな鎧着て外を歩く人がいるのか、てか、マジで初めて見た。なにこれ、そうあれは、そうだ、昔見た少年漫画のパワータイプのキャラクターが着ていたあの鎧、あの鎧だ。すげえ。


 俺はただただ言葉を失って黙っていると、エミリーはじれったそうに、


「ねえ、何とか言ったらどうなの」と言う。


「あ、いやいや、ええとそのあの、あれ、あれだよ、あ――」

「なに、なんなのよ。え、まさかあなた――敵?」


 エミリーは、そう言ってファイティングポーズを取る。俺は慌てて、頭を下げる。


「ご、ごめんなさい。いや、ちょっとあの、気が動転してて……」

「動転……」

「そう、動転。動転してるんだ。なにしろ、ひっさびさの人間でさ。というか、動物すら久々なんだけど」


 と、俺は地面に這っていたアリを捕まえて手に載せる。

 エミリーは変な顔をしてポーズを解除し、座り込んだ。ありがたい。分かってくれたようだ。


「ええと、エミリーさん」

「エミリーでいいわ」

「あ、そ、そう、えみ、えみ」

「エミリー」


 彼女は、また拳を前に突き出そうとする。


「はい、エミリー。ええと、エミリーは皇女様で、ええとヘル、ヘル……」

「ヘルメス国よ」


 俺のしゃべり方に流石にじれったくなったのか、エミリーはため息をついた。


「私は、ヘルメス国の、第三皇女よ。つまり、この国の王様の子ども。オーケーかしら?」

「お、オーケーだ。それで、ヘルメス国という名前を聞いたことがないんだが――」

「え!?」


 エミリーは後ろに飛びのいた。重い鎧がガチャリと大きな音を立てる。

 彼女は目を丸くして口をパクパクしている。驚いた、というよりはどんな反応をすればいいのか分からない――と言った顔だ。


 たしかに、俺も、日本にいて、日本という言葉を知らないと言われたら、「頭おかしいのか?」と思うに違いない。あ、そうか、日本――


「なあ、日本って国は知ってるか?」

「ニホン? し、知らないわ……」エミリーは、完全に放心していた。


「そうか――、やっぱり知らないんだね。やっぱりここは、異世界――」

「イセカイ?」と、エミリーはひっくり返った身体を起こし、座り直した。「あなた、もしかして電波系なのかしら?」

「いや、電波系、というわけじゃないんだが――落ち着いてよく聞いてくれ。俺は死んだんだ」

「ハァ――?」


 俺は、頭を抱えるエミリーを無視して続ける。


「多分な、死んで、この世界に飛んできたんだ。つまり、ここは俺にとって〈別の世界〉って意味。確証はないけど、俺の元いた世界のフィクション小説に、“異世界転生”ってジャンルがあったんだ。多分それに近いことが起こったんだと思う」

「ふ――ん」


 エミリーは考えることをやめたらしい。


「で、俺は多分、この世界のことを全く知らないんだ。まぁ――こうやって会話できてんのがありがたいな。え、待てよ――俺今何語喋ってんの?」

「へ、ヘルメス語だけど――」

「ヘルメス語かぁ……」


 俺は、洞穴の外の森を眺めた。木々が風に揺られている。こうやって見ると、日本の田舎とあんまり変わらないんだよな。

 社があれば、ここは神社だって言われても信じられる気がする。


「で、エミリー皇女殿下ほどの人が、どうしてこんな森に? 皇女って言うからには、お城に住んでるんじゃないの? 城か――元いた国じゃ、前時代の遺物だったなァ――」

「え、いやその……やっぱ、第三皇女って認識やめない? 折角あなたも、国のこと知らないみたいだし、私も、気を遣われるのが嫌なの。ね、ほら、お友達になりましょ?」


 エミリーは突然焦り始めた。そして、前のめりになって、手を差し出す。その時、髪がファサっと広がった。

 差し出してきたこの手、もしかして握手を求めているのだろうか。女の子と握手か。ってか、こんな見ず知らずの男に握手を求めるなんて、いいのか? やっぱり、皇女様は世間知らず、ということか。


「ね、いいでしょ、友達。私の初めての――友達」

「え? なんて言った?」

「早く友達になってよ!」


 大声にびっくりして、俺は急いで手を握った。エミリーは握力がとても強かった。俺の手がぎしぎしと音を立てている。


「痛い、痛い痛い痛い痛い――」

「ふっふ――ン! これで私たちは友達だわ。それにしてもあなたの手――なんだかとっても温かいわね……」

「いや、痛い、痛いからもう離して!」


 俺は慌てて手を引っ込めた。手にくっきりとエミリーの手の形の赤い跡ができていた。マジか、自覚なしか、この握力。

 エミリーは、自分の手をまじまじと見ていた。なんだろう、もしかして、手汗でもついちゃったか?


「どうしたんだ、エミリー――」

「私、家出してきたのよ」


 エミリーは深刻な顔つきで、話し始めた。


(王女の家出か――)


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