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第四話 運動

 あれから何日経ったか分からないが、俺は、精神の修業を通して、炎の扱い方を前よりもずっと上達させていた。


「炎は、前まではどうやら強い感情で燃え上がるもんだと思っていたけれど、どうやら本質は違うみたいだ。感情でも確かに、燃え上がる。でもほら」


 と、今度は思考を働かせてみた。「思考」なら何でもよかった。我思う、故に我あり、とかな。

 すると、火力はだんだん強くなり、洞穴中を照らし尽くすほどに燃え上がった。


「やっぱりだ。思考でも感情でも、燃え上がる。多分、これは俺の予想だが、この炎の本質は『運動』だ」


 俺は、独り言を重ねた。どうも、ずっと人と喋ってないから、独り言が増えて困る。でも、この独り言も、「運動」を捉えるのには重要だった。

 人は喋らなきゃ、ドンドン硬直してしまう。


「だが、発見だったのは、こうやって喋っていくよりも、石を拾って文字に書いて思考する方が、もっと火力が強くなることだ」


 俺は“コギト・エルゴ・スム”と、以前中学生のときに「闇の組織ノート」に書きつけたことのある、「我思う故に我あり」のラテン語翻訳を床に書いた。

 すると、床に書いたその瞬間、身体の中から熱くなって、みるみるうちに炎の柱が出来上がり、洞穴中を火の海にした。


「うわぁ! いっけねえ、こうなるとまた過呼吸になっちゃうよ」


 俺は洞穴を出て、深呼吸をした。


 深呼吸の本質も「運動」だとは思うのだが、炎は次第におさまってくる。まだ、どういったメカニズムかは分からない。

 多分、「ラジオ体操」と同じなんじゃないかと思う。あれを始めるときも、やめるときも深呼吸をしたはずだ。深呼吸は、どうやら運動をやめる運動なのかもしれない。


「炎は、燃えている限りずっと運動し続ける。ゆらゆらと揺らめいて、周りを不気味に照らす。多分、炎のこの存在形態と同じように、俺も振る舞えばきっと、この原理と同調して、力強く燃えることができるんだろう。ん? 待てよ? それなら――」


 と、俺は前に指を指して、洞穴の出口に広がる森の、遠くの方を見つめた。

 世界は空気に満たされている。これは、小学校を卒業したら誰もが知っている事実だが、日頃それを意識して生活している人間は少ない。

 だから、いざ空気のない――例えばプールとか――にいけば、自分がいかに空気に依存していたかが分かる。水中で、空気が吸えないのが、どんなに苦しいことか。


 一方で、世界を「運動」の概念で捉えるには、この「空気」という存在に対する運動論的な意識は絶対に不可欠だ。

 だから、俺はあえて、この空間が全て水中だったと仮定してみる。俺は目をつぶった。ぶくぶく、ぶくぶくと水の音のイメージを働かせる。


 息苦しい。

 呼吸ができない。


 と、刹那、逆説的に、俺は世界の「空気」を感じた。空気が、温まったり冷めたり、大地が自転したり、森の木々の葉の擦れが、あたりに響いたり。

 波のイメージが一つ一つ、頭と身体に直接響いてきたのを感じる。そうか、波か。これが運動か。

 空気の運動の正体は、波だったのだ。全てが波で出来ている。風も、音も、雷も、温度も。全てが波で出来ているのだ


 空気が波で出来ているとすると、実は、他のあらゆる概念も波で出来ているのではないか。エネルギーも、存在の質量も、時間も、空間も、全て波で出来ている。そして、波で出来ているのならば、その全て根底にあるのはやはり――「運動」だ。


 見えた!


 全てが、「運動」なのだ!



 ――と、その瞬間。



 ドゴォ!!


 指先が大爆発を起こした。


「うっわあ、すっげえ、すっげえよ! この威力じゃ――」


 目の前の森の一部が、大地と一緒に消し飛んでいた。軽く見積もっても20本は焼け朽ちてしまったことだろう。

 しかし、これを見た俺は、途端に恐怖を覚えた。


「この火力――人間が扱ってもいいのだろうか?」


 いやしかし、自分以外に人間はいない。それはおろか、動物だっていないのだ。

 森の木々の一つ一つだって、植物と言う生物の一つの種だろと言う反応があるかもしれないが、今の俺にはどうだっていい。話しかけられないんだから。


 こんな世界で、なにやったって誰にも迷惑なんてかかんないんだから。

 別に、もういいでしょ。いいじゃんか。いいじゃんか……


「誰か、誰か俺に構ってくれよおおおおおおおおおお!!!!」

と、その時、


「誰あなた!?」


 え?

 今、何か声がしたか?

 ヒステリックのような甲高い声。鳶か、鷲か。

 しかし、辺りを見回しても誰もいない。あるのは、俺がさっき滅ぼした木々の残骸のみである。


「なんだよ、空耳か――」

「空耳じゃないわ」


 その声の後、しばらく待つと、俺がさっき穴をあけたクレーターの下から、人間が這いずり出てきた。シルバーの贅沢な鎧を着た――女の子!?

 というか、鎧なんて生で初めてみた……じゃない。もはや人間が久々なのだ。


「お……おい、俺、おい、え、君、え、に、人間……」

「人間に決まってるでしょ。あなたこそ、本当に人間なの?」

「え?」


 と言う俺に、女はとぼけないでと、今しがた自分が登ってきたクレーターを指さして、答えた。


「に、人間だと思うけど……」

「そっか、私はエミリー。この国の第三皇女よ」


 と、エミリーと名乗った女は言った。第三皇女……えっ、第三皇女!?

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― 新着の感想 ―
[一言] 平素大変お世話になっております。気になっていたので、拝読させていただいております。とても丁寧に描写を重ねられているように感じさせていただきました。ダイナミックな物語のうねりというよりも、今は…
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