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補講 エミリーとソニアの、バラバラ事件

今回も原理編です!

私とは何か――バラバラになる前の世界とは何か――

そんなことを二人がお話ししあいます!

 私が誰で、なんなのか――ここ最近、この問いにずっと取りつかれている。

 私は、あるときは第三皇女エミリー・ヘルメス。あるときは魔法士エミリー・ヴァルキューレ……それだけじゃない。ここ最近私は、色んな「私」が混在していた。

 父親に対する私、ソニアに対する私、ポポロに対する私、そして――レイに対する私。

 私がたくさんに分裂していくよう――


「エミリー、「私」って誰なんですかね」

「――!?」


 ソニア――なにこいつ、私の頭の中でも、勝手に覗きこんだのか!?


「なに、あなたテレパスでも持ってんの?」

「持ってませんよ! いえ、先日、レイさんから「相対化」の話を聞いたのですが――」

「ああ、もしかして、「俺の意見は一意見として聞いてくれ」ってやつ?」

「そうです!」


 近頃、レイは、自分が何かを言うたびに、「これは一意見なんだが……」と前置きを置いてから離すようになった。

 最初は、自分を立場を明確にしない、ある種の「逃げ」かなって思っていたんだけれど、よくよく聞いていると違うみたいだ。そもそも、レイの思索の本質は、今のところ〈優柔不断〉。「一意見なんだが……」という前置きも、さきの「相対化」の考え方が生きているんだと思う。


「でもですね、では、「一意見」ではない意見っていったいなんなんでしょう――と考えてしまったんです。するとです、「一意見ではない意見」の存在を考えるよりもむしろ、「全てが一意見」と考える方が圧倒的に簡単だったんですよね」

「ええ、そうよ。実はね、私のあの分解魔法、あれもその境地に立ったことで発現したのよ」


 そう、あのときソニアを追い詰めた分解魔法――デコーディングは、全てが相対的で、正解なんかなく、「万物が「流転」する」という境地に立って発動したものだった。

 すると、全ての事象が分解し、粉々になる。一つだって、同じ姿を維持できないからだ。川は水をよどみなく流していく。一分だって同じ水は流れない。それは悟りにも近かった。全てが滅びゆくような世界観に、私は魅了されてしまったのだ。でも――


「レイに、「相対化の絶対化」はまずいって言われなかった?」

「言われましたね」

「私の思想は、「全ては一意見に過ぎない」をそのまま体現した思想だったんだよね。それで、その魔法が、レイのファイアウォールを打ち破れなかった。レイの〈優柔不断〉の思想に負けてしまったのよ」

「そういうことだったんですか……では、エミリーはその思想の限界をどのように乗り越えたんですか?」

「それがさ――」


「相対化の絶対化」を乗り越える方法――私には全く見当もつかなかった。レイの〈優柔不断〉の思想がどうして、その絶対化を乗り越えられたのか、いまいちピンとこない。

 というか、本当に乗り越えているのかもわからない。


「無理。わかんない。でも、私も、実はさっきから「「私」って誰だろう」っていう問いが頭から離れないんだよね」

「そうです、私もだったんです。全てが一意見に過ぎないなら、私が「今私である」という意見も一意見に過ぎないということになるので――つまり、私が私を語るのも、嘘かもしれないということになるんですよね」

「え、確かに――え!?」


 え、ちょ、そこまで考えてなかった。確かに、そういうことになるわね――!?


 よく考えれば、「全てが一意見だ」という考え方を認めれば、「私がそう考えたんだから、それは私の意見」ということも言えなくなる。

 すると、その考え方によれば、「語る私」と「語られる私」も分解することになる。この二つの「私」は必ずしも一致しなくていいからだ。


「……なるほど。確かにこれは危険な思想ね」

「ええ、そうです。もしかしたらエミリー、ここに気が付かなかったから、逆に良かったのかもしれません。もしこれが、あの試合中作動していたら――」

「私自身も分裂していたかも――」


 私は寒気がした。いったい、この理論を魔法で使っていたらどうなっていたことだろう。万物は流転する――の万物に、私は、含まれていなかったのだ。


 これは絶対に乗り越えたい。


「ソニア、ちょっと二人で考えましょ。もし相対化が進んでも、二人で考えれば怖くないわ」

「ええ、そうしましょう。思想的には対極をなすエミリーと私がいれば、大丈夫な気がします!」

「――さて、私の所感では――この方法では、全てのものをバラバラにできるわ」


 私は紙を取り出して、「私は歩いていたので、疲れてしまった」と書いた。そういえば、レイはまだ、書き言葉が読めないのかな。


「ふむふむ、この例文を今からバラバラにするんですね」

「そうよ。例えば、この二つの現象、「歩く」と「疲れる」があるわね。今、この二つは、「なので」という接続詞で繋がっているわ。つまり、「歩く」という原因があって、「疲れる」という結果が導かれる。でも――」

「そう、そもそも原因があって、結果が導かれるってどういうことかって話ですよね。なんで、歩くと疲れるってわかるのでしょうか。歩いていて、たまたま別のことをやって疲れた――とも考えられます。だから、「なので」という接続詞には、私たちの独断――つまり「思う」が含まれます」


「ということは、「歩いたので、疲れる」は、「私が思う」に支えられていると考えていいわ。で、今、私たちは、「私」がバラバラなことを知っている。だから――」

「そうですね、まず接続詞は使えません!」


 ちょっと楽しくなってきた。接続詞バラバラ事件ね。どんどん解剖していこう。


「こんなのはどう? そもそも「歩く」って何かしら。歩くって、例えば、右足を上げて、前に移動させて、下げて、残った方の左足を上げて、前に移動させて下げて――もっと解剖できる。目は前を向いて、手を交互に振って、地面を踏んで。地面にもたくさんの種類があるわね。石段や草原、山道で歩き方は変わるわ」

「それを言ったら「疲れる」なんかもっとひどいですよ。なんですか、疲れるって。疲れていないときが分からないくらい、私たちは疲れていますよ。多分、色んな症状を全てまとめて「疲れる」と言っているに違いありません」


「え、じゃあ、バラバラじゃない単語って何かしら――」

「ないですね。敢えて言えば、世界を成り立たせている、なにか最も小さな極小の――例えば、昔の人は、これ以上分割できない単位「アトム」がある、といった人がいたそうです」

「でも、どうせそのアトムも、バラバラにできるんでしょ、結局」

「ええ、そう思いますね。例えば、その人は「アトムは、最も分割できない単位である」と言っていますが、つまりアトムは「最も」「分割できない」「単位」という言葉で分割できていることになります」

「すごいわ、ソニア! なるほどね……。そうすると、それが「単語」である限り、必ずバラバラにできるってわけね。逆に言えば、人間は何かを「単語」で括るというのは、バラバラだったものを集めて一まとめにする行為――だと言えそうだわ」


 ソニアと私はガリガリと紙に書きつけた。単語を書いては、バラバラにして、書いては、バラバラにしてを繰り返す。

 すごい、すごいわ。全ての単語が、違う単語に分けられる。なんだか、言語の神秘を見ているような、そんな気持ちになった。


「逆に言えば、最も分割できないものを探すには、単語になる前の――バラバラになっているかけらを探せばいいことになりますね」

「でもまって……「バラバラになっている」という言葉は、なにか「それがくっついていたこと」を彷彿とさせるわ。くっついてなきゃ、「バラバラ」はあり得ないもの」

「確かに――では、これはどうでしょう。「くっつく可能性があるもの」と名付けるのです。もっと簡単に、〈可能態〉と呼びますか。〈可能態〉は何かになる可能性があるものをさします。例えば、この机は元々木でしたが、逆に言えば、この木は「机になる可能性を持ったもの」という様態をもつんですね」


 なるほどね――そうすると、全ての現象はこの〈可能態〉で説明がつく。私は例えば、これから「一流の魔法士」になることも、「料理人」になることも、「騎士」になることもできる。「私」はこのように、複数の〈可能態〉が潜伏していて、それが表面にあらわれてくっついていくことで、その姿を現象させるということになる。


「机になる可能性を持った、この木にとって、机はその木が変質して現実に現れることができたので、〈現実態〉と呼ぶことにしましょう。こうして、全ての現象は〈可能態〉から〈現実態〉への「運動」だと把握することができます。この「運動」という言葉は、レイさんがよく好んで使う、抽象的理解を経た「運動」ですね」

「ということは、これ以上バラバラにできない要素は、〈可能態〉のことね!」


「しかも、実はこうすることで、さっきのアトムのような、まだ分割できるという批判は取り除けそうです。〈可能態〉は実は、定義されているようで、全く中身をもっていません。というのも、〈可能態〉は常に、〈現実態〉に後から規定されるんです」

「ちょっと待って、難しくなってきた」


「ええと例えば、木は机の〈可能態〉だというとき、木は常に、机という〈現実態〉から事後的に定義されるんです。なぜなら、この木が燃やされて炭になってしまう可能性があるからですね。〈可能態〉が何なのかという定義は、時間的には〈可能態〉→〈現実態〉という流れを持ちながらも、定義的には〈現実態〉→〈可能態〉という流れを持っている。つまり、入れ子構造を持っているんです。だから、もし〈可能態〉が何かで分割されても、別の〈可能態/現実態〉の構造が姿を現します」

「なるほどね、つまり、二つの対立構造が常にワンセットで、入れ子状に成り立っているってことか」

「全ての原初には〈可能態/現実態〉の対立構造が存在していた――というわけですか。……とりあえず、バラバラ事件は解決できそうです」


 〈可能態/現実態〉という構造から、「私」を見つめなおす。もしかしたら、「語る私/語られる私」という対立は、これで、再構築できそう。

 ――つまり、「語る私」を〈現実態〉と置けば、「語る前の私」を〈可能態〉と呼べそうね。「語る私/語られる私」という構造を「語る私/語る前の私」とずらすことによって、先の「語る私/語られる私」は全て「語る私」にまとめられそうだわ。


「ソニア――もしかしたら、私たちの思索の旅は、まだまだ始まったばかりかもしれないわね」

「ええ、もちろんです。エミリー、今日はありがとうございました。まさかあなたと、こんな話ができるとは」


 と言って、ソニアは笑った。あの決闘から数日が立って――私たちの距離はかなり縮まっていた気がした。


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