第三十五話 異世界転生
俺は最後のコーヒーを飲み終えた。少し体がけだるくなり始めたので、もう、次の一杯で終わりにしよう。え? もうやめろって? 聞こえないなあ。なんていったって、ここは異世界だぞ。
俺は、店主を呼んで、コーヒーを頼んだ。
「レイ、またそれ? 世界が他にあるわけないで――」
「いや、あるんだ。よく聞いてくれ。信じられないかもしれないが、俺は本当に、違う世界から来たんだ」
「……」
エミリーとソニアは黙ってしまった。俺が本気だということを感じ取ってくれたのだろう。
確かに、これは荒唐無稽な話だった。違う世界の存在なんか、日本でだって信じられないことだ。でも――現に俺はここにいた。俺の「意識」はここにあった。コーヒーの味も、エミリーのツンデレも、ソニアの高飛車も、俺はしっかり感じ取っていた。
「考えてみてくれよ。魔法学校も通っていない俺が、君たちを上回って魔法理論に精通しているなんてことがあり得るか? あり得ないよ。だってソニアもエミリーも、どれだけ魔法学校で努力したんだ? そんな二人に、俺が説教を垂れるだなんて、ぶっちゃけ心がしんどいよ」
「う――ン……」エミリーは腕を組んでうなっている。
「それに、俺は気が付いたら“北の森”にいたんだ。北の森ってやばいんだろ? 人が簡単に踏み入ってはいけない聖域に、なんで俺はいたんだ?」
「ええ、普通はあり得ませんね……」ソニアは、足を膝に手を当てて耳を傾けていた。
「他にも、色んなことがおかしいでしょ。文字が読めないとか、色んなことを知らないとか――信じられないかもしれないが、俺は別の世界からここに来たんだ。それも、俺は一回死んだ」
「――!?」
エミリーとソニアは、二人同時に目を見開いた。めちゃくちゃ驚いた顔をしている。エミリーには一回言ったはずなんだけど……。
まあ、でもそうだな。意味不明すぎるわ、マジで。どこを取ったって、俺の説明は不条理すぎる。
「車――君たちの世界では馬車か――に轢かれたんだよ。これも信じられないかもだけど、車ってのは100キロメートル先の街まで、一時間とちょっとで着いちゃう化け物みたいな乗り物さ。そんなやつに轢かれたもんだから一溜りもなかったよ。18年間の積み重ねが、コンマ1秒足らずで、全てがパーになった。大きな音を立てて、俺は吹き飛ばされ、地面に激突した。――起きたら、洞穴の中だ。わけわかんない。なんだってんだ、マジで」
「ちょっと待って、頭が追い付かない」
「前に、エミリーに、「両親は健在か」と質問されただろ。それで、俺は「生きてるよ」って答えた。この答えに偽りはない。だって、死んだのは俺の方だったんだから! 両親は、俺が生前に生きた世界で生きているんだ。つまり、この世界は俺にとっては「死後の世界」なんだ。だから、俺は二度と両親には会えない」
「え、でも、レイさんは生きてますよね? 死んでなんかないですよ!」
「そう、そこがおかしいんだ。俺は間違いなく生きてる。紛れもなく、今は君たちとこうやって「会話」しているんだ。そして、さっき、〈優柔不断〉の話をしていたときは、明らかに「対話」だった。色んな議論をして楽しんだだろ?」
「ええ、そうね」
「その通りです」
二人は頷いた。俺も、楽しかった。俺は一回死んだが、今は紛れもなく生きている。
「対話は、嘘をつかない。つまり「対話」は絶対なんだ。俺は、そんな「対話」の〈作用〉を信じる。俺が本当は死んでようが生きてようが、対話を楽しんだ「俺」は、絶対にここにいるんだ。つまり――」
俺は、一呼吸を置いて言った。
「――俺は紛れもなく、君たちの仲間だ」
「仲間――」
「仲間ですか……!」
俺たち三人は立ち上がった。そうだ、俺たちはギルドメンバーだ。仲間だ。共に生き抜く、友達だ……!
店主がそこへ、ワイングラスを持ってきた。中には、紫色の液体が入っている。
「私からのおすそわけです。中身は、ぶどうジュースですが――」
俺たち三人は、ワイングラスをそれぞれ受け取り、顔を見合わせた。そして、俺が高らかにグラスを持ち上げると、二人は同調して、それに続いた。
「さぁ、アンデルセンに、乾杯!」
「「乾杯!」」
カ――ン!
爽快な高音が喫茶店を満たすと、店内は拍手の音で埋まった。俺たちアンデルセンは祝福されている。そう思った。
ありがとう、みんな。
異世界に、乾杯。
「レイ、また泣いてるわよ」
「え?」
「そうです、せっかくの乾杯なのに、どうしたんですか?」
「――ああ、ごめんな」
俺はローブの袖で顔を拭くと、落ち着くために椅子に座った。二人もそれに倣って、座る。
俺は、意を決して、続きを喋ることにした。
「ごめんな、まだ話が途中だったな。俺がどうしてときどき泣いてしまうのか――これでやっと話せる。あのね、たまに――この世界が、俺の元いた世界と――ちょっと重なるときがあるんだ。全然違う世界のはずなのに、なんかちょっと似てて――親のことを思い出すっていうかさ――なんか、こう、思い出が牙を、心臓に突き立ててくるっていうか」
「そうだったのね――」
……。
今度は静寂が店内を支配する。
ゴポゴポと水の沸騰する音が、辺りに響いた。みんな、シインとして、黙っていた。
「――レイさんのいた世界ってどんなだったんですか?」ソニアが、静寂を破った。
「ああ、そうだった。その話をするんだった。――俺の世界では、人類は一切魔法が使えない」
「え!?」
エミリーは大声を上げて、驚いた。あれ、言ってなかったっけ?
「だってレイ、あなた出会ったときから魔法を使いこなしてたじゃない?」
「ああ、気づいたら洞穴にいて、他にすることがなかったしな。偶然手に炎が灯って、そこから色々試してみたんだ。そしたら、魔法が使えるようになってた。――俺の世界ではこんなことあり得ないんだよ。魔法陣書いたって、思索を巡らしたって、なんにも起こらないんだから」
「へぇ――、そういう世界もあるんですね。本当に誰も使えないんですか?」
「まあ、呪術とか占いとかそういうことをやっていた人はいたけどな。でも、魔法は使えない――というのが世界の常識だったんだよ。そして、その分、この世界よりもずっと文明がすすんでいた。まずな、飛行機がある」
「「飛行機?」」二人はピンとこなかったようで、首をかしげた。
「空を飛ぶ乗り物だよ」
「――!?」
ソニアとエミリーはやはり、目を丸くしてこちらを凝視していた。ほんと、そういう反応しかできないよな――。
「えっ、えっ、それ、十分魔法じゃないですか!?」
「そうよ、飛行魔法を使っているんじゃないの?」
「魔法じゃない。計算で編み出した、正真正銘の科学だよ。俺が、さっき話したよりも、何百倍も細かい理論で絶妙なバランスを実現して飛んでいるんだ。それは、決して神の言葉じゃない。人間の英知だ。そして、俺のいた日本という国は――国民の大半が神を信じていない」
「……」
「――なるほどね。レイも神を信じてないの?」
「俺は――」
マスターからコーヒーがサーブされた。うっへっへ、本当においしい。そう、おいしいんだ。俺はもう、異世界の住人だ。決して、日本人ではない。
「神を信じる」
「ほんとですか!?」ソニアは、明るい顔で言った。
「ああ、ただし限定的だ。俺は、神を前提に、理論を作ることはない。つまり、魔法陣を神の言葉として理解しようとは思わない」
「どういうことですか?」
「消極的に、信じるしかないってことだ。だって、死んで世界をまたぐ――いわゆる転生なんて、向こうの科学でも存在を全く証明されてないんだ。つまり、非科学的なことが俺の目の前で起こったってことだ。こうなったら神を信じるしかない――という仕方で、俺は神を信じる」
「レイの世界でも、転生はなかったのね」
「ああ、でも、俺は実は、転生を起こし得る存在を実は知っている。――著者だ。小説の著者は、神のような所業で、平気で登場人物を転生させるんだ。あいつら、ひでえんだぜ。ところかまわず、ツンデレを量産したり、悪役令嬢に生まれ変わらせたり、変な世界を作ってはそこに人を放り込んだり、場合によっては殺したりな! 本当、著者って神様はやりたい放題ばっか。――もしかしたら、この世界の外にもそういう存在がいるのかもしれない。じゃなきゃ、こんな、死んで生まれ変わるなんておかしいんだよな……」
「――なに言ってるか全然わかんないけど、要は、レイも神を信じるってことね?」
「ああ」
「良かったです――私の両親、無神論者にとても厳しいので……」
ソニアは胸をなでおろしていた。両親? こいつはさっきから何の話をしているのだろう。
とりあえずでも、俺のスタンスは、このメンバーには伝わったみたいだ。良かった。俺だけ、素性が分からないというのは、ギルドメンバーの一員としても、なんだか居心地が悪かったしな。
「とにかく、色々不可解なところもあるみたいだけれど、二人とも、これからよろしくな」
「ええ、よろしくするわ」
「レイさんの話、また聞かせてください!」
「ああ!」
――俺はコーヒーを飲みほした。やっぱり飲み過ぎたらしい。少しだけ、頭の後頭部のあたりがずきずきと痛んだ。おいしいんだから仕方ない。また絶対に飲みにくるからな。
二人は、楽しく談笑を始めていた。魔法学校の話とか色々。とにもかくにも、この二人が仲良くなってくれて良かった。議論が――とてもいい薬になったに違いない。本当に良かった。一時はどうなることかと思ったけど、ソニアは、良いメンバーになってくれそうだ。
「――エミリー、二年生で論文に名前が載ったんですか!」
「ええそうよ、凄いでしょ」
「……私は、一年生で、魔法コンテストの賞をとってますがね」
「は、張り合わなくなっていいじゃない!」
二人はまた、ギャーギャー喧嘩を始めた。
「おいおい、喧嘩はやめろよ、な?」
「そういえばレイも、ロック鳥ごときで、腰を抜かしてたわよ」
「え、レイさん、そうなんですか? 強い魔法が使えるのに? ダサいです!」
ソニアがそういうと、エミリーと二人そろって腹を抱えて笑い始めた。
き、貴様ら、覚えておけよ……。
――振り向けば、カウンターの奥で、店主も笑っていた。
第二章、終了です!
ここまで読んでくださってありがとうございます。
ソニアちゃんが仲間に入ってくれました!
これで、ギルドメンバーはようやく三人です。
ええと、私事で申し訳ないのですが、書きだめが尽きてしまって……三章は時間を空けてからの更新になりそうです(多分)
まだまだ続くので、今後ともよろしくお願いいたします!
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