第三十一話 レイとエミリーとの死闘
「――ふふ、おでましね。レイ」
エミリーは、手から風の魔法を放ちながら笑っていた。――どうやら、俺が止めに来るのを分かっていたみたいだ。俺は、答えた。
「なんだ、エミリー。本当は俺と戦いたかったのか?」
「最初は、ソニアをちゃんと倒すつもりだったんだけど――分解魔法を覚えて気が変わったわ。この魔法なら、レイに少しは近づけるかもってね」
「ああ、あれには驚いたよ――まさか、地面まで分解して、アリ地獄にしちゃうんだからな」
俺は、ちらと後ろを見た。ソニアは、相変わらず、砂の中でもがいていた。恐怖に目の色を変えて。
「ソニア――もう少しそこで待っててくれ。多分、そのアリ地獄は大丈夫だ」
「レイ――さ――」
「おつかれさま。今、俺が助けてやる」
俺はエミリーを見据えた。彼女は笑っていた。笑っていた――って、え、なんか完全に悪役じゃね?
――倒さなきゃ。こいつは俺が倒さなきゃ!
「ふふふふ、魔法のイメージを完全につかんだわ。レイ――あなたに、私の魔法をぶつけてあげる!」
エミリーは両手をしっかり合わせ、前傾姿勢をとって、風魔法の風圧を上げた。彼女の魔法は、やはり勢いが強い。空気の波を素直に、そして淀みなく捉えている。
――だが。
「あまいな、エミリー。俺には君が何を掴んだか――分かったんだ」
俺は火力を上げ、イメージを研ぎ澄ませた。魔法の解像度を上げる。上げる。上げる。
赤色の炎が、青色に変色する。ゴォォォォォと音が辺りに轟いた。大地が震え、光が揺らぐ。
そして――
「うおりゃああああ!!」
俺は腕の筋肉に力を入れ、エミリーの風魔法を包み込んだ。
辺り一帯の気温が一気に上がり、土を干上がらせた。草が茶色く変色し、枯れて朽ちる。
バシャアアアアアアン!!!!
魔法は、大爆発とともに消え去った。優しい風が吹き込み、熱っぽかった空気が冷え込む。
「なっ、なんで、どうして――」
「どうしてか――ふっふっふ、愚問だなエミリーよ。俺を誰だと思ってる!」
「なによ、レイ! 私だって――サンダーストームッッッ!」
エミリーは指を突き出し、俺を見据え、魔法を放った。
だが――俺は両手を今度は横に突き出し、新たなる魔法をイメージした。
「防御魔法――ファイア――」
ウォール!
と叫びそうになって慌てて止める。ファイアウォールはさすがにダサイだろ。ウィルスしか防がないじゃないか。
とは言ったものの、思念が先行して、見事“ファイアウォール”は発動した。
俺の周りに炎の壁が取り巻き、エミリーの雷風を片端から防御した。炎の壁は、うまくソニアも取り込めたようだ。二人とも無傷でエミリーの攻撃をしのぐ。
「え、なんで! なんであんたが防御魔法なんて使えるのよ!」
「君の魔法を見て発想を得たんだ、エミリー。君の分解魔法――あれは、「抽象的理解」の変形だろ?」
「く――」
エミリーはまた、テンペストを放った。むろん俺は、ファイアウォールを唱えて、防御魔法を張る。エミリーのテンペストは――切れ切れにちぎれた。
「今度は俺の方から行くぞ!」
俺はインフェルノをエミリーに向かって撃ち込んだ。エミリーは両手を前にやって、俺の炎を分解した。俺は、ソニアから離れるため、今度は地面に向かってインフェルノを放ち、エミリーを飛びのかせる。
「きゃっ!」
エミリーが体勢を崩すと、今度は指を銃の形にして、〈志向性〉を集中させ、フレイムガンを放った。エミリーはデコーディングを唱えて、分解する。が、俺はその隙にエミリーの方へステップで近づく。彼女は、俺の物理的移動に驚き、慌てて後ろへ後ずさる。
「なに、レイ――動けるの?」
――俺はその隙を逃さなかった。
「50メートル走はクラスで20番だったんだ。驚いただろう! ――食らえ!」
ソニアを巻き込まないように威力を調整しながら、自分を中心に放射状に炎を爆発させた。
ボバァァァァァン!!!
エミリーは分解魔法で対抗したが、あまりの音に、エミリーは腰を抜かし、尻もちをついた。俺は、指を倒れたエミリーに向ける。
「――チェックメイト」
追い詰めた――だが、まだだ。
「なによ、この小細工は」エミリーは、起き上がりながら言った。
「ふはは、君を追い詰めたのは、君の分解魔法のイメージに対する俺の想像に、確信を得るためだ」
「「抽象的理解」の変形と言ったわね――正解よ、レイ。観念するわ」
「〈ない〉を〈ある〉と理解する――抽象的理解。あれの、極致を、エミリーはもう知っている」
「ええ」
「万物は「流動」する――だな?」
「完敗ね……さすが」
エミリーは両手をあげた。――ようやく、俺はホッとした。
防御魔法が効かなかったらどうしよう――とか思ってた。全く、エミリーにはひやひやさせられる。
でも――なんだか楽しい。今、気持ちがとても、昂揚しているッ!
――さて、ここからお待ちかねの勉強会だ。
エミリーは首をかしげながら聞いてきた。
「でも、なんで分かったの?」
「ふっふっふ、そもそも、「抽象的理解」を教えたのは誰だと思う?」
「レイだわね」
「ああ、俺だ。ぶっちゃけた話な、何か一つ「言葉」を教えるには、その言葉を知っているだけじゃダメなんだ」
「えっ、どういうこと?」
エミリーは首をかしげた。俺は続ける。
「言葉を教えるには、例えば俺はエミリーにさ、「例え話」をあれやこれやいろいろ使って教えただろ? 例えば、石の話、穴の話、声の話。ああやって「例え話」を使うのは、実際やってみると分かるが、むっちゃくちゃ難しいんだ」
「――確かに」エミリーは、右の親指で顎を撫でた。
「「例え話」っていうのは、その言葉の構造を抜き出して、別の、同じ構造を持った言葉に置き換える必要がある。つまり、その言葉を教えるには、「構造」を抜き取らなきゃいけないんだ。例えば、家、あるだろ?」
「うん」
「ある人に、その家の建て方を教えるには、その家の設計図を渡すだけじゃダメなんだ。その家が、どういうバランスで成り立つのか――つまり「骨組み」を教えなきゃいけない」
「そうね」エミリーは頷く。
「この家が「言葉」で、骨組みがそのまま「構造」ということになる。言葉の一つ一つが家みたいな構造を持っているんだ。つまり、俺は「抽象的理解」という言葉がどのように成り立っているかを分かっている。そして君は――教えられただけだ」
エミリーは黙って聞いていた。実は、この話には嘘が交じっていた。エミリーに「抽象的理解」を教えたとき、その構造についての理解が不完全だったのだ。
気が付いたのはむしろ、エミリーのおかげだった。エミリーが実践して、分解魔法に辿り着いたとき、思いついたのだった。
そして、理解力のあるエミリーが、クエストを終えた夜に「〈志向性〉とか〈対象〉とかのイメージが付きにくい」とも言っていたのがヒントだった。
実は、あの概念たちは「抽象的理解」だけでは、間に合わない部分がある。これも、説明している途中で気が付いたことなんだけど。――そう考えると、色々綱渡りだ。
「ということは、私には「抽象的理解」の構造が分かっていなくて、レイには分かっているってことね。だから、私の達したイメージにいとも簡単に辿り着けたし、その限界も理解した」
「まあ、そういうことだな」
「なによ、限界って、いったい何なのよ!」
「――あの、二人とも。二人で何をこそこそ話し合ってるのですか?」
遠くで、ソニアが呆然として、俺たちを眺めていた。完全に忘れてた。ごめん。
あっ、でも――いいことを思いついた。
「お――い、ソニア! 君もこっちにこいよ! 今日の決闘の反省会だ」
「反省会――いいんですか、私も……」
ソニアはよろよろと立ち上がった。その目には、涙が溜まっていた。