第二話 能力開花
右手の指先に、小さく炎がともっていた。
消えそうなくらい小さかったが、人差し指の先に、燃えるものがないはずなのに、ポッと燃えている。
「――えっ、なにこれ」
と、つい独り言を言ってしまう。
俺は、右手の指先を自分の顔に近づけて、マジマジと見た。えっ、これ……燃えてる……よね?
試しに、俺は息を吹きかけてみた。すると、炎は勢いよく揺れた。今にも消えそうになる。
「まてまてまてまて、消えないで、消えないで!」
焦った俺は、炎が消えないように、右手を左手で囲いながら、洞穴の奥まった、ちょっと暗いところに入った。
辺りが暗いため、炎がさっきよりもより煌々と光って見える。
「すげえ、本当に燃えてるよこれ……しかも、俺の指で。全然熱くないんだなあ……」
炎は不思議なことに、触れても全然熱くない。自分の服に、恐る恐る近づけてみたが、燃え広がる様子もなかった。本当に炎なのか、これ?
少し心配だったので、結露で少し湿った岩肌の水滴に、炎をそっと近づけてみる。
すると今度は、じゅっ、と音を立てて、水が蒸発した。やはり炎だったのだ。
「マジか……自分の身につけているもの以外には、影響するんだな。よくわかんないけど、これが炎であることは確からしい。しかし、きれいだな……」
俺は、また体操座りになって、岩に寄りかかって、自分の指先に灯った炎を見始めた。
これを見ていると、最後のバースデイパーティを思い出す。
そういえば、緑色の少年のロウソクについていた炎もこんな色をしてたっけ。
アァ――楽しかったなあ。
お母さん、きれいな声だったなあ。
お父さん、音痴だったなあ。フフ、フフフフ……
ぐす、ふふ、ぐす……うう……
俺は気が付いたらまた涙を流していた。
炎を消してはいけないと、右手はそのままで、左腕の服の裾で顔を拭った。
拭いたそばから、ボロボロと涙がこぼれ落ちた。もうこれは、どうしようもない。
「アァ、お母さん、お父さん、俺、帰りたいよお!!」
――と、その瞬間。
炎は一気に勢いが増し、俺の全身を覆った。暗くて見えなかった洞窟の先まで、光が届き、奥の全てを照らし出した。
岩に浸みていた水は、一斉に蒸発し、辺りは水蒸気で包まれた。
「なんだこれは!?」
と、俺は、自分が呼吸困難に陥っていることに気が付いた。
「ゼェゼェ――なんだ、過呼吸か? やばい!」
俺はすぐさまその場を離れ、洞穴の出口へ向かった。外は晴れ晴れとしていて、とても爽やかな風が吹いた。依然として炎が自分の身体を駆け巡っていたが、やはり熱くないし、洋服は着たままである。大丈夫だ。
フゥ――と深呼吸して、息の乱れを整える。すると、だんだん燃え広がっていた炎が静まってきた。
「そうか、この炎は、俺の感情かなにかとリンクしているんだね。うん、すんごくわかりやすい。もしかして俺、少年漫画みたいな世界にジャンプした?」
文字通りジャンプ、なんつって――と自分で自分にツッコミを入れた後、俺はまた急激に虚しさを覚えた。
「誰かに、この能力を見せつけたかったなぁ――」
ハァ――とため息をつくと、俺はまた、自分の手のひらを見つめた。もう、炎は燃えていなかった。さっきの深呼吸で消えてしまったに違いない。
「またつくかな? これ?」
また先ほどと同じように、手に力を入れてみた。
すると、驚くなかれ、今度は手のひら全部に炎が燃え上がった。
「えっ!? なにこれ、すげえ、なにこれ、え、今度はもっと燃えるの?」
と、今度は反対の手にも力を入れてみる。すると、やはり燃えた。
「燃えた! すげえぞ、これ、燃えたぞ!」
すごい、すごすぎる。なにこれ、テンション上がる。
俺、さしずめ、炎の能力者ってやつか? すげえ、体中から炎がたくさん出てくるぞ。
俺は、全身のあらゆるところに力を入れてみた。
すると、手はもちろん、足、腰、ひじ、頭、くび、おなか、胸、そして、
「頭!! ばああああにんぐへっど!!」
ボゥ!
と、音を立てて、頭が燃える。目の前が、黄色くなる。明るい、手か眩しい。
「うおおおおおおおおお!! すげえ、すげえよ!」
テンションの上がった俺は、炎を出して色んなことをしてみた。
炎を出しながら踊ってみた。ボワボワと音を立てて、空気がどんどん燃焼した。
両手をパーにして合わせて、前に突き出してみた。するとどうだ。炎が勢いよく前に突き出されて、花火みたいに発射された。発射された炎が、岩にぶつかってジュッと音を立てて消える。
おもしろい、こんなおもしろいことはないぞ!
「うっひゃあああ、楽しい! 楽しすぎる」
俺は気が付けば、ハイになっていた。
多分、ハイにならなきゃやってらんなかったんだと思う。
炎を出せる、という自分の、この世界での新奇性に頼らなきゃ、俺はもう駄目だったんじゃないかな。
だから、俺の修業が始まった。