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第二十八話 決闘

 ――宿屋の前。


 どこか遠くで、ニワトリのような鳥が啼く声が聞こえた。

 朝靄がかかり、向こうに生えた大樹は、境界があいまいになっていた。涼しく、湿気を豊かに含んだ風が緩やかに吹き付ける。


 ふわぁぁぁぁああ――


 と、その風に交じって、俺の口からも生暖かい風が吹き出す。


「レイ、どうしたのそのあくび」


 エミリーは呆れた顔で俺を見る。エミリーは準備体操を終えて、血色がとても良さそうな顔をしていた。


「いやあ――、昨日、緊張して全然寝られなかったんだ」

「なにそれ、あなたが戦うわけでもないのに。――今日、ちゃんと見ててよね!」

「だってさ――」


 いや、なんで寝られなかったって――それは今日の賭けの内容が原因だった。

 今日の決闘でエミリーがもし負ければ――、俺はこの異世界で、魔法が封じられる。魔法が封じられたら俺は、この世界で、平々凡々以下のただのしょぼい葦だ――考えられない葦である。


「きょ、今日、絶対勝ってよ、約束、約束だから!」

「って、レイが決闘しろっていったんじゃん! 今更何怖気づいてるのよ」

「俺が言ったのは、魔法バトル! こう、ちょっとなんかミニゲームみたいな……」

「何言ってんの? バトルって――決闘じゃない。決闘は、お互いの全てをかけるものよ。こうなって当然じゃない」


 ――そうだった。

 俺は小さい頃から電脳遊戯――ゲームに慣れ親しんでいるが、エミリーたちはそうじゃない。しかも、俺の世界では禁止されている「決闘」が、この世界ではいまだ健在なのだ。

 だから、俺が軽い気持ちで「魔法バトル」と言ったことも、ここではお互いの命を削り合う「決闘」と解釈されてしまうのだ。


 前に、余計な言動は慎んだ方がいいと反省したばかりなのに――どこにギャップが潜んでいるか本当に分からない。


 でも――


 エミリーはコカトリスを一撃で倒した。その火力は、俺も目の前で見ている。そして、王宮でも実力者の――彼女の執事のサモスの自信を、木っ端みじんに粉々にした。

 彼女が、一回の魔法学校の卒業生なんかに負けるはずはないのだ。


「ま、まままま、まままあ、え、エミリーなら、かっ……勝つ……るよ」

「全然ダメじゃん!」


 エミリーは頬を膨らませてぷんすこした。く、俺としたことが、大事なところでどもってしまった。



 ――と、そんなこんないろいろ話しながら歩いていると、キョート街の郊外にある大きな広場についた。荒野が一面に広がり、魔法士がよく魔法を試し打ちしている場所らしいのだ。

 ここならば、どんなに強い魔法を打っても街に迷惑がかからない、ということで、彼女たちはここを決闘の場所に指定した。


「――ようやく来ましたね」ソニアが、荒野のど真ん中で仁王立ちしていた。この前と同じ、紫色のローブに、今日はひときわ大きい杖を持っている。もしかして、あそこから魔法を出すのだろうか……。

 エミリーは、自信満々な顔で言い放った。


「ええ、準備オーケーだわ」

「どっ、どこが! 約束の時間より、1時間も遅刻しています! どういうつもりなんですか!」


 ――ふふ、俺の世界では、これを“宮本武蔵戦法”と呼ぶ。

 真剣勝負に敢えて遅刻することで、相手を動揺させ、その隙をついて、一気に倒すのだ!


「真剣勝負に遅刻するなんて許せませんね――いいでしょう。私が本気で成敗してみせます」

「ダメじゃん!」


 エミリーが責めるように俺の方を見た。――あれれ~、おっかしいなあ。佐々木小次郎には効いたというのに、ソニア・ウィンブルドンには効かないのか。勉強になる。


「ま、いいわ。私もそんな小細工が通用する相手だと思っていなかったから」


 思ってなかったのかよ……。


「さ、早速行くわよ、ソニア」

「ええ、エミリー。その変な魔法を暴いてみせます!」



 ――ひゅるるるるるるるるるるうううう……。


 荒野の大地を、木枯らしが吹き抜けた。

 それとともに、大樹にかかっていた靄が、きれいさっぱり消えてしまった。エミリーの精神が高揚を示している。俺の身体も引き締まる感じがした。


「どうやら、好調みたいだな、エミリー」


 俺は、目をつぶって瞑想をするエミリーに声をかけた。しかし、エミリーは返事をしない。びゅおっと風が吹き付ける。


「空気が変わりましたね――それがあなたの魔法ですか」

「ええ、そうよ。さぁ、歯を食いしばりなさい。――テンペストッッ!」


 ――ぶうぉわ!


 瞬間、エミリーの身体から空気の強い圧力が放射された。

 大気が歪み、視界が淀み、見えない刃が前方に向かって広範囲に放出する。


 キィィィィィィン!!!


 この不快な音――この音は生前も聞いたことがあった。これは――あれだ。黒板を爪でひっかいた音。鼓膜にぬめりつくようなこの不快な音が荒野を駆け抜け、小さな鳥が一斉に羽ばたいた。

 ソニックブーム……クエストで〈志向性〉を少し学んだ彼女の魔法の能力は格段に向上していたのだ。



 ――気づけば、砂ぼこりが辺り一面を覆っていた。森で、木を一気に二十本以上なぎ倒したときよりは遥かに威力が高い。――ソニアは大丈夫なのか。死んではいないか? 俺だったら多分死んでる。



 風が優しく吹きこんだ。エミリーが、砂ほこりを吹き飛ばしたのだろう。その先にあったのは果たして、ボロボロになったソニアか、もしくは――


「エミリーさん、今のはやばかったですね。もしあなたが時間通りに来ていれば――負けてました」


 ソニアは立っていた。身体の周りに、黄色く光った球体の膜が張っている。あれはもしや、防御魔法なのか?


「ふっふっふ、あなたが遅刻してくれたおかげで、このあたり一帯に魔法陣をあらかじめ書いて用意しておいたんです。」

「ちょっ、レイ、あなたの作戦が早速裏目に出たわ!」

「くっ――俺としたことが!」


 俺としたことがじゃないわよ、とエミリーは文句を言った。これは勝っても負けても後で彼女に殺されそうだ――、いや、今はそんなことを言っている場合じゃない。

 今はエミリーが圧倒的に不利だ。


「いいですね、焦ってますね! そして知っていますか、この杖――これは魔法学院を首席で卒業したものだけに与えられる、超高級品なのです。魔法陣をあらかじめいくつもインストールすることで、魔法陣の書記を省略できてしまうのです!」


 ――瞬間、エミリーの周りに、緑色の4本の太いつるが伸び始めた。それはさながらジャックと豆の木――のような。どんどん上に伸びて、今にもエミリーに巻き付こうとしていた。


「いかん、エミリー!」

「言われなくても分かってるわ!」


 彼女は瞑想をした。しかし、先制を許してしまったために、その一瞬の隙のうちに彼女は木のつるに捕らえられてしまった。

 ソニアがすぐに呪文を唱えると、緑色だったつるは茶色く変色し木化してしまった。


「ふはは、エミリー。これで終わりですよ!!」

「ちっ――」


 絶体絶命――エミリーは気に巻き付かれて、ビクとも動けない。ソニアはけたたましく笑う。


「この魔法は、本来用意に15分かかる、遅延発動型の極大魔法陣なのです! その大掛かりなセッティングの必要から、今まで一回も実用的に使ったことはありませんでしたが、実際に使うと楽しいですね! エミリー、あなたはもう逃れられませんよ」

「かったい、何よこれ。もう、なんにもできないじゃない!」


「さて、杖さん――いい子ですから、あの憎いエミリーを、一撃で仕留めてください……」


 そう言って、ソニアは目をつぶり、口を小刻みに震わせている。多分あれが呪文だろう。おもしろい。

 執事のサモスは手で印を結んでいたが、ソニアはきっと口だ。口の波紋で魔法の発生を補助するのだ。


「テムマコウサミデモルアカケンルダカミドマウエ――」


 適当に言ってるんじゃないか? と訝りたくなるほどに不規則な言葉を彼女は吐き出し続けている。

 するとどうしたことか――彼女の持っていた杖が段々光り始めていた。


 彼女は杖にはあらかじめ魔法陣がインストールされていると言った。なるほど、口の波紋に従って、杖の中の魔法陣が共鳴し始めたのだ。

 なるほど、この世界の魔法の本質は、「魔法陣」にあるのだ。魔法陣をいかに記すことができるかが、この世界の魔法の唯一の理法なのだ。


 ――カッコいい。


 俺はつい呟いてしまった。うんうんとうなる、エミリーをそっちのけで。

 ソニアの周りには赤、黄色、青の光が浮かび上がっていた。遠目なので詳しくは分からないが、微妙に震える光の影を見る限り、多分赤は炎、黄色は雷、青は水だろう。

 彼女は三属性の魔法を組み合わせて、その全てをエミリーにぶつけるらしい。


「――完成しました。あなたの魔法の威力に敬意を服して、私も最大の魔法をあなたに送るとしましょう。無属性魔法――」


 彼女が杖を静かに前に向ける。と、三色の光が杖の先端に集まって――あれは白い光――


「食らいなさい! トライアングルカノン!」


 瞬間、辺り一帯が、ドーム状に白く照らされた。

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