第二十七話 ソニアのプライド
鍋を食べ終わって、俺たちはソニアを椅子に縛りあげていた。何を隠そう、彼女がリアカーに魔法陣を書いて重くしていた張本人だったのだ。
さっきは、この子も少しはいいやつ――と不覚にも思ってしまったが、本当、あれには苦労させられたのだ。とにかく、話を聞くか。
「さて、被告人、弁明を聞こうか」俺は、ソニアのこめかみのあたりを指先で小突いた。
「い、いえ、だから、そのままです。エミリーがクエストをすると聞いたので、邪魔をしたくなったのです」
「へえええ!」
エミリーは手をボキボキと鳴らしていた。頭には、心なしか青筋が見えている気がする。まずいこれは、本気でキレてる。
「むしゃくしゃして人に迷惑をかけるなんて、優等生らしからぬ行動よね。ギルドを追われて頭までおかしくなっちゃったのかしら?」
「あ、頭おかしいのは自覚してます……反省してます……」
「だそうよ、レイ。どうする?」
「う――ん」
正直、今回のソニアのいたずらは悪質だった。
というのも、俺たちはギルドを結成して初めてのクエストで、慣れないなか、緊張しながらその地に向かっていたのだ。
その道具に細工をして困らせる――というのは、最悪命を奪いかねない所業であろう。
一方で、ひょっとして実はこの流れ、ソニアをギルドメンバーにできるんじゃないかと、俺は密かに期待していた。
エミリーとは馬が合わなさそうだが、そこはお約束というやつだ。この流れ、絶対仲間になるでしょ。
回復魔法のエキスパートだっていうし、そもそも首席なんだから色んなことに役立ちそうだ。他にもらってくれるギルドもないみたいだしな。ちょうどいい。
ただし、ネックなのは――
「でも、あなたたちも悪いんですよ。だって、あんなに苦労して取った一級魔法士の資格をいとも簡単に取ってしまったんですから。私のこの気高く研ぎ澄まされたプライドを見てください。ボロボロですよ。精神攻撃です。ちょっとくらい――リアカーに細工したっていいじゃないですか。というかあんなの、普通気づくでしょ。一級魔法士様方なら」
――この性格だ。こいつがギルドメンバーを追い出されたのも分かる。こんなのにクエストごとにキーキー言われたら鬱陶しいに違いない。
これは困った。
「――正直に言おう。俺は、ソニアをギルドに入れたい」
「えっ!?」
「――!?」
エミリーが飛びのいて、尻もちをついた。余程びっくりしたに違いない。
そして、ソニアが、口を大きく開けて震えている。もしかして相当嬉しかったのかもしれない。さっきの食いっぷりといい、この子、どのくらい無職のまま彷徨っていたのだろうか……。
「わ、悪くない提案ですね――」
「ちょ、ちょっと待ってよ、レイ。正気? まさか、男の子特有の、“この子は女の子だから本当はいい子に違いない”症候群? 言っておくけど、この子の性格は最悪よ」
「ああ、無論違う。ソニアが男の子だったって、提案していたよ。考えてもみて、だってさあ、回復魔法が使えて、魔法習熟度が高くて、加えてこいつの素性も調べれば結構わかるんだろ? 安心じゃないか。それに、今の俺らのギルド――アンデルセンには圧倒的に人数が足りない。二人とかやばい。今回もやばかったじゃないか」
「私は反対よ!」
エミリーは腕を組んでぷいと首を横に振った。彼女は断固拒否の構えだ。――うむ。想定内の反応だ。
「今回の問題点は、ひとえに性格だろ? ギルドメンバーにああだこうだ言って、正論を振りかざし、現場の実践を妨げる」
「また、良く分析してるわね――」
「そこをくじけばいいんだ」
と俺が言うと、エミリーとソニアはぴたりと固まった。台所では、ポポロが皿を洗っている音が聞こえる。
外では、ロック鳥がいなくなって安心したのだろうか、フクロウがホーホーと啼いて飛び回る音がした。夜もすっかり更けた。いつもならとっくに寝ている時間だ。
「くじく……?」エミリーが、恐る恐る声を出した。
「そうだ、くじくんだ。ソニアのプライドをズタズタにしてしまえばいい」
「なっ――!?」ソニアが足をじたばたさせた。ガタガタと椅子が揺れる。
「レイ、何をするっていうの?」
「――そもそも、ソニアがリアカーに魔法陣を施したのは、むしゃくしゃしたからだ。そのむしゃくしゃの原因は、エミリーにある。多分、今、俺たちに高圧的な態度を取るのもその延長線上にあるんだろう」
「……」ソニアは黙って聞いていた。
「よく考えれば、ここまでエミリーに固執するのは、ソニアが、君に筆記試験でたびたび負けていたからだ。ソニアは、君の知らないところで血のにじむような努力をして筆記試験を勉強し、あらぶりかけたプライドを落ち着かせていた。そして、晴れて首席で卒業した彼女は、見事大手ギルドに就職を決めるが、上手くいかない。そこで、あのエミリーが得体の知れぬ男と一緒にギルドを起業したんだ。そりゃあ、ムカついて当然だろう」
「つまり何が言いたいのよ」エミリーはつっけんどんに聞いた。
「つまり、この不毛な争いに終止符を打てばいいんだ」
「!?」
部屋に爽やかな風が流れた。多分無意識だろうが、エミリーが発生させているのだろう。彼女の感情が動くたびに、柔らかい気流が俺たちの間を流れるのだ。
「終止符っていうのは……?」ソニアが、不安げに尋ねてきた。
「そのまんまだ。魔法バトルだ!」
俺は大声を出して言った。いいねえ、この展開。待ってました! 竜と虎が不毛な喧嘩を繰り広げるような、この手の話は、俺の世界でも鉄板だったんだぜ!
「え、ちょっと嫌よ、決闘なんて――なんで」
「だって、事態は単純じゃないか。エミリーは、ソニアの実技を完膚なきまで打ち滅ぼせば、ソニアのプライドは根本から消え去るんだぜ。そして、今の君は最強だ。なんたって、自分で“王宮一番の魔法士”を自称していたんだからな!」
「王宮一番の魔法士!?」ソニアは、目を見開いた。
「ちょっと、聞き捨てなりませんね。エミリー、王宮一番とはいったいどういうことでしょうか」
「おお、エミリーはしっかり言っておったぞ。私は王宮一番の魔法士だから任せなさいってな。そしてそれは正解じゃった――」ポポロがまた悪ノリした。いいぞ、この流れ。
「待ってよ、あれは言葉の綾で――」
「よし、決まりだな。ルールは、相手に『参った』を言わせるか、審判の俺が、明らかに勝ちだと判断したとき、勝敗を決する。――で、エミリーが勝ったら、ソニアは俺たちのギルドで働く。ソニアが勝ったら――どうしようか……」
「アンデルセンは解散です。そして、二度と魔法を使わないことを誓わせます」
――!?
ソニアは鋭い目をこちらに向けていった。
いやいや、無理でしょ。魔法を使わないのはさすがに……。
――止めなければ。
「そ、それはちょっと、負けたときが怖いな――」
「やるわ」
「え」
エミリーも、ソニアを睨み返した。二人のまなざしの交錯に、俺はやはり竜と虎を見た。
茶髪のロングヘア―だから、エミリーが龍で、金髪のショートヘア―だから、ソニアが虎だろうか。いやいや、そんなこと言ってる場合じゃない。魔法が使えなくなったらどうするんだ。俺死んじゃうぞ。
「待て、その賭け、俺の個人的な理由から、命が懸かっちゃうんだ。俺実は、この世界では魔法以外脳がないんだ。だからその――もう少し、ハードルを下げて欲しいというか――」
「じゃあ、私が勝ったら、二度とその生意気な口を私たちにきかない、というのはどうかしら?」
エミリーは俺の話も聞かず、ソニアを上から見下ろした。やばい、どうしてこうなった。俺が焚きつけ過ぎたのか――
「いいでしょう、望むところです」
と、ソニアも目を細めてエミリーを見た。鼻息が荒くなっている。
「じゃあ、明日の早朝、決闘ね」
エミリーがそう言うと、ソニアは頷き、俺はソニアを縛っていたひもを解いてあげた。