第二十六話 異世界鍋
――異世界鍋、最高かな?
資本主義的な商売の毒牙にかかってない、純粋な牧場の鍋。しかも、初めての魔法で仕留めた、達成感とともに食べる鶏肉。
なるほど、確かに肉の質はお世辞にもいいと言えるものではなかったが、ここはポポロの調理法が、全ての理法を知りつくし、その個体に合わせた料理法に熟知したポポロの調理法が、全てを覆していた。
なんだこれは、おいしすぎる。
「ああ――、箸が止まらねえ、止まらねえよ!」
「ええ、ええ、こんなにおいしい料理、今まで食べたことない」と、エミリー。
「それには同感です。にしても、ふふぁ、おいしすぎて、もう――」
ソニアは一番にがっついていた。最初はおたまを使って上品に小皿に入れていた彼女だったが、今は鍋に直接箸を突っ込んで食べている。
しかし、誰も行儀が悪いと咎めるものもいなかった。と言うのも、納得の味だからだ。こんなの、誰だってそうする。間接キス? そんなもん知るか。俺も、やってやるぜ!
箸を入れると、ロック鳥の肉がさくりと割けた。良く煮込まれて、出汁が鶏肉の全体に染み渡っているのだ。
あんなに急降下したりして、力強く飛び回っていた鳥の筋肉も、ポポロにかかればここまでほぐされてしまうのだ。きっと何時間も丁寧に煮込まれたに違いない。それを、ものの数分で食べてしまうのが少し惜しかったが――そうはいっていられない。鳥の方から、俺の胃に収まってくるのだ。いくらでも、無尽蔵に。
「レイさん、ちょっと食べ過ぎですよう」
「なんだと、いいだろ? ほら、ここら辺も美味しそうだ――」
「あっ、それ、私が目をつけてた野菜よ!」
と、半ば喧嘩状態だったが、不思議と悪い気はしなかった。むしろ、楽しい――そういえば、こうやって複数で鍋を囲むのはいつ以来だろう――あれはクリスマスだったろうか。
お父さんもお母さんも、鍋がとっても好きだった。真ん中に温かいものを囲んで、一緒にそれをシェアするのは、人間の本質だ――ってお父さんがよく言っていた。
お母さんは笑いながら、「何が本質よ」と突っ込むのだが、その顔はお父さんを完全に信頼しきっている顔だった。今ではよく分かる。鍋をつつき合うのは――信頼の証だった。
「レイさん、泣いているんですか? ほら、私の肉分けてあげますよ――」
「あ、ごめんごめん、違うんだ」
「ソニア、レイはときどきこうなのよ。なんだか別の世界に行っちゃってるみたいな――」
「ううん、悪い。なんでもないんだ。ただ、ちょっと昔のことを思い出しちゃってな」
「――君たち、喧嘩はよしなさい。鍋はまだまだあるからな。なんてったって、君たちはロック鳥を50匹も一気に仕留めてしまったのじゃから」
と、ポポロはそう言って、今煮込んでいた具材を、豪快に投入した。部屋には、蒸気が勢いよく噴出する。現代であればきっと、スプリンクラーが発動していただろう。
そして、料理を終えたポポロが腰を落ち着かせた。
「よいっせ。さて、わしも食べるかのう」
「私がよそうわ」
と、エミリーは気を利かせた。が、俺はその手を止めた。
「……あ、いや、俺によそわせてくれ」
エミリーはびっくりしていたが、俺が涙をぬぐうのを見ると、大人しく座って小皿をつつき始めた。
俺は、できるだけ大きい肉をポポロの小皿に入れた。野菜も満遍なく乗せて、スープをかけてポポロに渡す。ポポロは、ありがとう――と笑顔になった。
――目頭が途端に熱くなる。
「レイ、どうしたのよ、急に。何があったの」
「い、いや、悪く思わないでくれ――なんかな、凄く今楽しいんだなって感じて、ちょっと――」
「そ、そう。それなら良かったわ――」
「レイさんって、さっき、北の森出身と言ってましたが、本当はどこから――」
と、ソニアは言いかけて、はたと言葉を切った。彼女は、そのまま顎に手を付けて考え込んだ。何か話したい――と言った顔だ。
「俺は――」
「人の出身を聞くにはまず、自分の話をしなければなりませんね」
俺の話をソニアは遮る。そして、一呼吸をおいた。
「私は魔法学校を首席で卒業しました。これは紛れもなく事実です。幼少のころから私は周りから神童と呼ばれ、大人がやっと覚える術式を子供のうちから学んでいました。学院に入ったときも、既に上級生をしのぐほどの技術も持っていました。多分総合得点なら、2位になったことはありません。筆記は――実はそこの人に何度か負けていましたが」
「えっ」と、エミリーが意外そうな声を出した。「知らなかった……」
「エミリー、自分の成績見たことなかったのか?」
「ないわ……だって、嫌だったんだもの。実技は毎回0点だったし」
エミリーは、指で丸を作っておどけた。鍋はすでに残り半分くらいになっている。ポポロが意外とガツガツ食べているのだ。俺はちょうど腹八分目と言ったところだ。
ソニアは呆れた顔をしてエミリーを見ていた。
「私、結構悔しかったんですよ。負けた次のテストは勉強に勉強を重ねて――勝ったときは本当に嬉しかったんですから」
「そ、それはごめん」
「まあいいです――それで本題なんですが、卒業した後、私は当初の目的通り、大手ギルドに加入したんです。しかし、最初は重宝してくださったのですが、期待して入ったギルドが意外と不真面目なことにびっくりして、色々ここはこうすべきとか、ああすべきとか言ってしまったんですよね。そしたら――誰も私とパーティを組みたくないということになって……」
ふむ、やはりこういうタイプだったか。真面目すぎて、ある程度適当さが問われる現場では受け入れてもらえない――というやつ。この子も、卒業してからは苦労したみたいだ。
「それでですね、私は一人では何もできないので、残念なことにギルドを首になり、そしてその噂が広まって、誰も雇ってもらえないという状況になったんです。とても反省しました。反省したときに、――あのエミリーが一級魔法士の資格を取ってギルドを作ったというじゃありませんか! なので――」
「なので?」俺とエミリーは声を揃えて聞いた。
「なので、むしゃくしゃしてリアカーに魔法陣でストッパーをかけたんです」
「やはり貴様かあああああああああああああああ!」
俺とエミリーは憤慨した。が、ポポロは最後に、
「デザートいる?」と、聞いてきた。