第二十五話 才能
俺らは三人――俺、エミリー、そしてソニア――で向かい合って座っていた。真ん中には大きな敷板が鎮座している。台所では、鍋がゴポゴポと音を立てていた。
ポポロは、俺たちの前に、丁寧に小皿を置いていった。
「ポポロ、私も何か手伝うよ」
「いいんじゃ、今日は本当に助けられたんじゃからな。座っていてくれ」
ポポロはそう言って、エミリーに頭を下げると、立ち上がって台所に向かった。エミリーは、そ、そうかしらと言って、大人しく座った。その様子をソニアが見ていた。
「それで、さっきの話の続きをしましょう」
「え? なんだったっけ――」
「なんであなたたちがあんな強力な魔法を打てるか――です!」
「ちょっと待った」
ソニアが怒鳴るのを、俺は慌てて止めた。実は――俺にも気になることがあった。
「その前に、なんで俺らが魔法を使っていたことを知っているんだ?」
「え? そ、それは――」
ソニアは、少し目を泳がす。もしかして、俺たちの後をつけて、どこかで隠れてみていたのだろうか。
魔法学校を首席で卒業したエリート魔法士が、まさか、そんな……ね。
「それは、私はあなたたちのことをつけていたからです」
「そ、そうか――」
俺は呆然とした。それは相当顔に出ていたみたいで、ソニアが慌てて弁解した。
「い、いえ、違うんです! 私は、ちょっとあなたたちを監視しようと――」
「そういえば、ソニア。あなたって、ギルドはどこ?」
「ギ――!?」
ソニアは固まった。口をパクパクとしている。
“ギルド”という言葉に反応したみたいだ。もしやこの反応は、彼女、ギルドに入ってないんじゃ――
そして、この性格である。多分、相当高飛車なんだろう。金髪だし、ツインテールじゃないものの――これは、いわゆるテンプレートってやつか……。
俺は、とりあえず泳がせておくことに決めた。
「エミリー、魔法学校を卒業したら、行く先ってギルド以外にあるのか?」
「!」
エミリーは、俺の質問の意図に気が付いたようで、少しわざとらしく、ソニアに十分に聞こえるように話し始めた。
「う――ん、普通はないわね。やっぱり、魔法の使い道って、基本戦闘しかないじゃない? 攻撃、回復、状態異常――それに、魔法は元来才能が関わってくるから、魔法を使える人口が少なくって、魔法を上手く使える人は怪物を倒すエキスパートになっていくのが普通――よ」
「ほうほう」
俺は相槌を打つ。エミリーはいちいち“普通”を強調した。ソニアは顔を下に向けて、じっとしていた。
「それに、最近は国の人口が急激に増加していて、魔法を使えない人たちも増えてるんだけど、そのせいか魔法を使わなくても問題なく生活できるように、制度が整備されてきたんだわ。これは、ひとえに今の王の功績だけれど――」
「わしも、その恩恵を被っておる。今の王様のおかげで畜産だけで暮らすのが楽になった。ありがたい話じゃ」
「だから、人の職業がどんどん専門的になっていくにつれて、魔法士も更に活躍が限定的になっていったわ。回復魔法、だって長期的に見れば、物理に直接干渉する医学には到底かなわなくなってきているし」
と、エミリーはちらちらとソニアを見ながら話している。“回復魔法”で語気が強くなったところを見ると、多分ソニアは回復魔法のエキスパートなのだろう。
というか、やっぱりエミリーは博識だな。今までの話から推測するに、多分彼女には魔法を使う“才能”がなかったのだろう。
だから長年、魔法が使えなかった。どんなに勉強してもだ。悔しかったに違いない。それに――優秀な国のリーダーである父親の重責もあっただろう。彼女の心中は計り知れない。
しかし――となると、俺やエミリーがどうして魔法の力を発現できるようになったのかが気になってくる。ポポロは、思考をいくら巡らせても魔法が発現することはなかったのに。
もしかして、あの――北の森に何か関係でもあるのだろうか。
「――それに、回復魔法、は本当に、クエストでは重宝されるしね。回復魔法、ができなければできないクエストもあるみたいだし。普通、回復魔法、が使えれば、ギルドに入って活躍する道を選ぶわ。回復魔法、のエキスパートともなれば、ましてや首席ともなれば、絶対にギルドに入るわね――」
「わあああああっ! 分かりました、言います、言いますからもう許して」
ふん――とエミリーは鼻で笑った。ちょっとやりすぎかとも思ったが、俺もすこぶる気分が良かった。まあでもとりあえず――
「なんで俺たちのことをつけていたんだ?」
「ええとそれは――あ、いやつけてたわけじゃないですよ。あくまで、気になってちょっとついてっただけなんです」
「それを、つけたっていうんだが――」
「それでですね、私、ギルドに加入していないんです。ちょっと、合うギルドがなかったと言いますか――いえ、いくつか加入してみたんですが、なかなかちょっとトラブルがありまして――その――結論を言うと、ギルドに入ってません」
「そ、そうか」ソニアの目は、右へ左へ泳いでいた。
「それで、私たちが二人でギルドを作ったのを見て、ここなら入りやすそう、あわよくばギルドマスターにでもなってしまおうか、と思ったってわけね」
「ち、違いますよ――!」
ソニアは叫んだ。その目は真っすぐに、エミリーを見つめていた。
「私は気になったんです。どうして万年落第女のあなたが、楽しそうにギルドを作って、しかも、私だって苦労して取った一級魔法士の資格をいっぱつで、しかもあっさりと取って。なんで私がギルドに入れなくて、あなたがギルドに入るんだって思って、それで気になって――」
「ほい、できたぞ。特製、ロック鳥贅沢鍋じゃ!」
ポポロが、俺の後ろから大きな鍋をど真ん中に置いた。4人掛けのテーブルの約半分を占める、その大柄な鍋の中に、ロック鳥の肉がボボンと煮込まれていた。
皮はこんがりと程よく焦げ目がつき、その柔らかそうな身は、ぐつぐつと沸騰する水にほろほろと崩れてしまいそうな儚さを持っていた。
正直、あの恐怖の鳥が、ここまでおいしそうな形に化けるとは思わなかった。
――ごくり。
一同は唾を飲んだ。エミリーは目を大きく開け、ソニアはお腹をしきりに抑えていた。
溢れ出る蒸気が俺らを包み、そこはさながら桃源郷のような夢心地を演出している。旨みのたっぷり含んだだし汁の匂いが、鼻先と喉の奥の鼻腔をこれでもかとえぐり、俺は我を失う寸前だった。
無理、もう、食べる。食べようみんな。食べよう……!
ポポロが、それぞれの小皿によそい終わった。ゆらゆらと鶏肉が揺らめいている。
「いただきまーす!!」
三人は一斉に、小皿にがっついた。
 




