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第二十四話 ソニア登場

 獣臭い香りに目を覚ますと、木造建築特有の柔らかな天井が目に飛び込んだ。どうやらいつのまにか寝ていたらしい。

 時計はなかったが、外は既に真っ暗で、少し肌寒かった。多分、数時間は寝ていたのだろう。


「――気が付いたみたいね」


 エミリーはエプロン姿で、台所を奔走していた。向こうでは、ポポロが大きい鍋で肉を焼いている。なんだこれは、平和な日常のひとときじゃないか。


「あれ、エミリー、ロック鳥は?」

「ええ、今焼いてるわ」

「いや、あの、え、もしかして倒した?」

「倒したわよ! あなたが40匹。私が10匹ね。私もレイと一緒に気を失って――さっき起きたばかりだわ。ポポロが家に運んでくれたみたい」


 と、ポポロが後ろを振り向いて、ニカッと笑った。そうか――よかった。


 俺たちは勝ったんだ。


「それで私がロック鳥の肉を切り刻んで、ポポロがきれいに内臓を取ってくれたわ。切り方も教えてくれたから、結構上質な食材になったわよ」

「ほんと、ポポロさまさまだなあ。ありがとう、ポポロ!」

「どうってことないんじゃ!」


 ポポロは元気な声で答えた。とにもかくにもよかった。牧場の平和は保たれた。


 しかし――


「気を失ったということは、多分、俺の魔法理論が不十分だったってことだな――」


 俺の魔法理論の今回の核は〈対象〉と、それを貫く〈志向性〉という概念だった。

 不完全だったのは、正直時間がなかったことが大きな要因だろう。だけど、多分他にもある。


 単純に、理論が細かくて難しかったということだ。厳密な思考操作が必要になるから、一朝一夕に上手くいかないんだろう。


「ええ、今回はすごく理解できたところも多いんだけど、一方で分からなかったところも多かったわ。例えば、〈対象〉が何を指すのかまだまださっぱり分からないし、〈志向性〉が矢印ってのも、ちょっとちんぷんかんぷんなのよね……」

「そうなんだ。実はここら辺も、俺のいた世界でも何通りかの解釈があったんだ……」


 正直、俺も不勉強のままこの世界に転生してきたので、その解釈を今、丁寧に追い直すことはできない。

 やれるのは、魔法を実践して、理論を組み直して――という試行錯誤だけ、ということになる。


 こんなことなら、お父さんの哲学談義をもうちょっと聞いておけばよかったな――まあ、悔やんでも仕方ない。


「エミリー、俺たちの魔法を磨こう。クエストしながら――」

「もちろんだわ。今回は気を失っちゃったけど、まだまだこれからだわ。とりあえず、初めて魔法を使った仕事をやり遂げたことに、乾杯しましょう!」

「ああ――」


 ――その時。

 玄関の扉が、バン――と大きな音を立てて開いた。


「ちょっと待つのです!!」


 甲高い声が、部屋中に響いた。誰だ、女の子か?

 と、玄関の方を向くと、そこには朝に会った――金髪のショートカットの魔法少女がいた。


「君、朝の――」

「なんなんですか、君たち。あの魔法は。魔法陣もなしに、どうやってロック鳥を倒したんですか!」

「あらら、主席様がお出ましよ」


 エミリーは露骨にため息をついた。金髪のショートカットは、それを見逃さない。


「あ、誰かと思えば、万年落第女のエミリー女史じゃないですか」

「ちっ――調べたのね……そちらは、優秀も優秀、歴代最高の成績で魔法学校を卒業なさった、ソニア・ウィンブ、ブ、ブ、ブタ?」

「ウィンブルドンですよ! あなたは名前も覚えるのも苦手なんですか? だから落第するんですよ――」

「あ――おいおい、ここで喧嘩すんなって。な? 落ち着けよ。ここは人の家だ」


 エミリーがいつもの調子で、めちゃギレ不可避だったので、慌てて制止した。ここで暴れられても困るのだ。

 エミリーに“ソニア”と呼ばれた少女は、玄関に丁寧に杖をたてかけ、靴を揃えて静かに上がってきた。この所作だけ見ていれば、確かに優等生だ。だが、その顔は、エミリーに敵意むき出しだった。


「――で、誰ですか、この男は」

「いやお前、ここはまず、お前から名乗るだろ。どう考えても「誰ですか」は俺のセリフだ」

「わ、私のこと知らないんですか。ソニア・ウィンブルドンです。彼女が言うように、私はキョート魔法学校を首席で卒業した、優秀な魔法士なんです。魔法士であれば私のことを知らない人はいないはず――もしかしてあなた“も”、魔法学校を卒業してないんですか?」


 “も”の部分に、エミリーは眉毛をぴくっと動かしたが、慌てて俺は彼女を手で制した。


 後ろで、ジュージューとおいしそうな音が鳴っていた。どうやら、皮の部分を焼いているらしい。脂がじわじわとでて、カリカリになって美味しいんだよなあ――


「人の話を聞いているんですか、少年!」と、ソニアが威嚇した。


「ああ、ごめん、ええと、俺はレイだ。名字は――」

「キングよ」エミリーが即座に補足する。


「ああ、だから、レイ・キング――あれ、レイキングなんてだっさい名前だったっけ?」

「う――ん、実はそうなんだけど、なんか魚っぽくて弱そうな名前だから、キング・レイで登録したんだよね。だから、フルネームはキング・レイだわ」

「いや、エミリー! そもそも、キングって名前をつけなきゃ――」


「なに二人でぐちゃぐちゃ言ってんですか! それで、レイさんは魔法学校を卒業してないんですか?」

「ああ、入学もしてないぞ。そもそも、俺、この世界の出身じゃないんだ」

「――え?」


 ソニアの目が点になる。その様子を見て、エミリーが慌てて、


「いや、これはレイの変な言い回しだから気にしないで。彼は、別の国の出身で、気が付いたら“北の森”にいたんだって。この前なんて、キョートの街並みを見てはしゃいでたのよ」

「へ――。変な人もいるんですね……。でも、道理で。あんなに強い魔法が撃てるのも納得ですね。信じがたいですが、北の森を生き延びたのは本当なようです」


 北の森ってそんなにやばいのか――。確かに、北の森と言う名前を出しただけで、武器商人は胸ぐらをつかんできたし。確かに動物は全然いないし、コカトリスは急に現れるし――確かによく生還できたな。

 いや、あれは本当に生還だったのか? ご飯だって食べなかったしな……。


 ギュルルルルルルルルル――


 そのとき、俺のおなかが鳴った。


「レイ、みっともないわよ」と、エミリーは苦笑いした。

「いや、だってしょうがないだろ! あんなに、いい音が鳴ってるんだからさ……」


 じゅー、じゅー、と音を立てる。ときどき、ポポロは鍋を思いっきり振って、燃え上がる炎の中で、ロック鳥をこんがり焼いていた。

 こんなん、おいしそうすぎるだろ。


「で、魔法学校も卒業してないあなたが、どうしてあんなに強力な魔法が撃てるんですか」

「知らないよ! てか、もう限界。ご飯食べようぜ。なあ、ソニア――君も一緒に食べるか?」

「いえ私は――」


 ぐううううううううう――


 そのとき、またおなかが鳴った音がした。今度は俺じゃないぞ。


「ふぉっふぉっふぉ! そこのお嬢さんも、一緒に食べていきなさい。今日はロック鳥が余るほどあるんじゃからな!」


 と、ポポロが大声で笑った。ソニアは、少し恥ずかしそうに身体を縮こませた。


「――仕方ないわね。家長がそう言うなら仕方ないわ。四人で一緒に食べましょ」


 ソニアは小さくうなずいた。

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