第二十話 アップデート
「――でな、ロック鳥なんじゃが……」
すっかりごちそうも食べ終わって、お昼時だったが、テーブルで俺ら二人はくつろいでいた。
そこに、おじさんが真剣になって話し始めたのだ。
「クエストでは、8匹倒せばいいことになってるわ」
と、エミリーはクエストの内容がかかれたカードを見ながら言った。8匹なら楽そうだ。
「いや、申し訳ないんじゃが……」
「ん? どうした? 遠慮なく言ってくれ」
「ロック鳥な、50匹いるんじゃ」
「50匹――!?」
俺たちはびっくりして、ガバッと身体を起こした。50匹ってなんだ。想定の6倍はいることになる。
確かにロック鳥が50匹もいるんじゃあ、二人じゃ不安ってわけだ。俺も不安だ。そんなに大勢の怪物、いったいどうやって倒せばいいんだ……。
「エミリー、これは想定外だな」
「ええ、そうね」
「どうする? 応援呼ぶか?」
「う――ん……」
エミリーは考え込んでしまった。彼女自身、あんまり他のギルドにあんまり頼みたくないんだろう。そういえば、ギルドを作るときも、大手に関わるのは何となく嫌がっていた。
しかし――
「俺やエミリーの広範囲攻撃じゃ、数匹ならともかく、50匹分倒せる火力になると多分ここら辺一帯を巻き込んじゃうぞ」
「ねえ、それなんだけど、久々にレイの知識で、どうにかなんないの?」
「え? 俺の知識?」
俺の知識とはどういうことだろう。もしかして、あれかな。「全ては「運動」である」っていうあの思考様式。
――なるほど。そういえば、この炎の能力は、考え方によって、いろんな形があるんだった。思考停止は良くないな。確かに、ちょっと考えてみるのもよさそうだ。
「ありがとう、エミリー。久々に、俺の魔法をアップデートできそうだ」
「ちょ、ちょっと……私には教えてくれないの?」
エミリーは、瞳を潤ませた。え、おい、どうした、いつもの威勢は。
「い、いや教えるって! ほら、まだ実践してないからさ、ちゃんと教えられるか――」
「大丈夫よっ! 一緒に実践していけば……いいじゃない……」
エミリーの顔が赤くなる。え、なに? もしかして、
「一緒に実践って自分で言って恥ずかしくなったのか?」
「ち、ちがうわ! ほら、早く教えないとげんこつよ」
「そ、それだけは勘弁して」
「ほっほっほ、お二人は仲がよろしいんじゃな。パーティー同士仲が良い冒険者も久々じゃわい!」
と、おじさんは笑った。エミリーが、鋭く睨みを聞かせたがとりあえず無視しよう。
「……よし」
俺は立ち上がると、ソファのおいてある広い部屋のそばに寄った。
「おじさん、この広い部屋で、三人で話し合おう」
「お、レイ先生の登場ね!」
「え、じゃが、わしはあんまり難しい話は――」
「大丈夫だ、ちょっと手伝ってもらうだけ」
「それなら、いいんじゃが……」
と、俺ら三人は広い部屋に入り、互いに向かい合ってソファに座った。
***
ここはリビングルームだろうか。先ほどまで充満していた獣臭さは、この部屋だけは少し薄い。
異世界に来てから、人の部屋に入ったのはこれが初めてだが、やはり何とも奇妙だった。テレビやエアコンなどの電子機器が全くない。逆に言えば、前までの俺の生活が、いかに電子まみれであったかを思い知ることとなった。
毛皮の絨毯に、木をそのまま加工して作られた小さなテーブル。おじさんが気を聞かせて持ってきてくれた紅茶。窓の外の風景は、先ほどのスイスさながらの綺麗な景色で――俺たちはこの景色をどうにかしてロック鳥から守らなければならないのだ。
「でな――どうやって魔法をアップデートをするか……とその前に」
「出た! レイ先生必殺、本題を最後まで教えない論法!」
エミリーはきゃっきゃしている。楽しそうだ。後で覚えとけよ……。
「おじさん!」
と、俺は、紅茶を入れ終わって一息ついたばかりのおじさんの方を向き、エミリーを指さして言った。
「おじさんは、この女の子のことをどれくらい知ってる?」
「――!? え、え?」
おじさんは困惑している。当たり前だ。こんな質問をいきなりされたらどう答えていいか分かるはずがない。
「ええと、ま、まだあったばかりじゃからな……、かわいらしいお姫さまみたいな女の子としか――」
「お、お姫っ!?」
エミリーは顔を赤くした。
彼女は、冒険者をするときも、姓を「ヘルメス」ではなく、「ヴァルキューレ」と名乗っていた。第三皇女(俺も忘れかけていたが……)という身分を隠すためである。
このおじさん、普段から生き物と真摯に向き合ってるためか、なかなか鋭い。
「そう、おじさんの、エミリーに対する認識はそれくらいしかないんだ。当たり前だね。――一方で、俺は彼女のことをもっとよく知っている」
「ふむ」エミリーは聞き耳を立てる。
「フルネームはエミリー・ヴァルキューレ。普段は品性のある身振りと、よく気の利く発言から、とてもお嬢様っぽいって呼ばれやすい――」
「うん、うん」エミリーは満足そうにうなずいている。
「が、実は結構がさつで怒りっぽい。それに、見た目はおじさんの言う通り、確かにかわいらしいかなって若干は思わなくもないけど、決してかわいくはない」
「な、なんですって――!」と、エミリーは勢いよく立ち上がった。鬼の形相で、こちらを見ている。やばい、冗談、マイケルジョーダン!
「――で、でも、彼女は頼りになるんだ。俺は、そんな彼女を唯一信頼している」
「……」
俺が言うと、エミリーはピタッと止まった。ふぅ……危なかった……。
「ふん、わ、分かってるならいいんだけど!」
「ふぉっふぉっふぉ、やっぱり仲が良いのう」おじさんが、愉快そうに笑っている。茶番を見せられたはずなのに、随分とご機嫌だ。
「とまあ、俺とおじさんでは――これは至極当たり前だが――エミリーに対する認識が全然違うんだ。でも――」
「でも?」
「言いたいことはそこじゃない」
部屋の中は、一気に緊張感が増した。




