第十九話 ラビット肉
ひょろろろろーっと、鳥の甲高い声が、遠くで聞こえる。エミリーに、「あれはロック鳥の鳴き声か」と聞いたら、「んなわけないでしょ」って即答されてしまった。
キョート街の周りにも、動物がたくさん生きているみたいだ。
俺たちは、クエストの目的地に向かっている最中だった。
ロック鳥が出現する場所は、王宮のちょっと外れたところの草原だった。畜産農家の方が本拠地としている場所だ。
しかし、このリアカー、随分と重いな……。
タイヤの隙間から、ギシギシと音を立てている。
「――まったく、行きでこれなら、帰りはどうなるのかしら」
エミリーも、息切れしながらも一生懸命リアカーを引く。
報酬をたくさんもらいたかったので、リアカーを二台借りたのだ。ここに、細切れにしたロック鳥の肉片をたくさんいれるという寸法だ。
「う――ん、確かに、後ろから押してくれる人がもう一人いればいいんだが」
「でしょ!? やっぱりそもそも二人じゃ少ないのよ」
「でも、猫耳に、あんだけ啖呵切った後じゃなあ、今更――」
「そうよ。……だから、私たちで頑張るしかないわ」
目的地まであと半分――ああ、これなら洞窟の中で体も鍛えておくんだった。
にしても、ほんと、冒険者の命がかかってんだから、リアカーくらいちゃんと整備しといて欲しいもんだ。
泣き言を今更言っても始まらないので、俺たちは無心にリアカーを引き続けた。
***
「うは――やっとついた……」
見渡す限りの草原地帯。地面はなだらかに隆起と陥没が繰り返されていて、立体的な美しさが広がっていた。
ところどころに、簡易的な柵が張り巡らされていて、その中で見たこともない動物たちが草を食んでいる。小さな一軒家がぽつりぽつり。この風景は、俺の生きていた世界でも見たことがある。スイス――そうだ、スイスの風景だ。
天気は良好、視界は広く、クエストを行うには絶好なタイミングだった。だが――
「だめっ、もう私、動けない。無理。しばらく休ませて」
「ああ、そうだな。ちょっとここで休憩しよう」
俺たちは、もうほとんど死にかけだった。リアカーが重すぎる。まったく、なんでこんなことで消耗しなきゃならんのか。この重さ、ちょっと不自然じゃないか?
草原のど真ん中で、ぐだーっとしていると、畜産農家のおじさんらしき人が声をかけてきた。
「君たち、もしかして冒険者の方かい?」
「ええ、そうですが」
「ほかの人は後からくるのかな?」
と、おじさんはキョロキョロと辺りを見回す。き、気まずい――
「いえ、私たち二人だけです」
エミリーはきっぱりと言い切った。さすがだ、尊敬する。
「ほえー、あんたたち二人だけ。困ったのう、少なすぎる。ここら辺のロック鳥はとても大きいのじゃ」
「わ、私だって、もう少し仲間が欲しかったわよ!」エミリーは切れた。
「ちょ、ちょ、落ち着いて、エミリー」
「むむ、悪かったわ。――火力については心配しないで。私たち、王宮一番の魔法士なの」
「は、はぁ――」
おじさんは心配そうな顔を崩さなかった。
それにしても彼女、「王宮一番の魔法士」とはずいぶんと強く出たな。なるほど、これくらい威勢がいい方が上手く立ち回れるのかもしれない。――俺もそれに追従した。
「はっはっは、任せてくれ! なんてったって、俺ら、あのコカトリスを一撃で倒せるんだからな!」
「ふぉふぉ、ご冗談を。そんなことあるわけないじゃろう。――それはそれとして、じゃあ、楽しみにしておるぞ」
おじさんは、家へ向かってしまった。
なんか、軽くあしらわれてしまった。威勢が強いだけじゃダメなのか。
「レイ――さすがにそれは、嘘だと思われるわよ」
「そ、そうか――難しいんだな」
「お――い、お前さんたち、ごちそうするから、早くこっちに来なさい!」おじさんは、大きな声を出して俺らを呼んだ。
「ほんと!? ――レイ、こういうところのご飯は絶対に美味しいわよ」
「まちがいねえ、行くか!」
俺らは、疲れなどなんのその、どっかにぶっ飛ばして、急いでおじさんの元へ駆け寄った。
***
おじさんの家は、なんだか懐かしい匂いがした。
辺りに充満するイ草の匂いと、動物的な獣臭いにおいが入り混じって、正直最初は抵抗があったが、不思議と段々落ち着いてくる。
そういえば、お父さんと一回だけ、牧場に行ったことがあったっけ。
あのときは楽しかったなァ――と、想像にふけっていると、どうやら肉が焼けたらしい。
おじさんが、大きな肉の乗った皿を運んできた。
「お待ちどうさん。うちで取れたラビットの肉と、近所でもらった新鮮な野菜じゃ。たぁーんと食べてくれ!」
「うっひょ――! こりゃおいしそうだな、なあエミリー!」
「ええ、あの重たいリアカーを引っ張ってきた甲斐があったわ」
俺らは、いただきます――と手を合わせて、肉にかぶりついた。
ん、あ、うまいっ! なんじゃこれ。かじった瞬間に、ぷつんと弾力のある表面が割けたと思ったら、肉汁がブシャーっとほとばしるッ!
こんなん、前の世界でも食べたことないや。少なくとも、産地から遠い東京にはなかった。いくらお金を出したって食べられないね、この味。ああ、いい、いい!
エミリーもそれは同じだったようで、頬に手を当てて、ひとりでうんうん唸っている。普段、王宮仕込みの品の良さをあまり崩さない彼女も、このラビット肉の前ではダメみたいだ。口の周りに油をべたべたつけながら、かぶりついている。
うんうん、そうそうそれ。まじそれよ。肉の前に品性なし。マジで、俺らは肉を食べる動物だったのだ――
「おお、お味はいかがかな?」と、おじさんが聞いてきた。
「えっ、もう最高よ。なにこれ、今まで食べた中で一番だわ」
「ああ、ああ、そうだよな。断言する、この世界で――いや、異世界すべて合わせたって、この肉が一番おいしいぜ!」
「い、イセカイ……?」
「あ、いや、気にしないでくれ。こっちの話だ。とにもかくにも、すんげえうまい」
べた褒めすると、おじさんは相当気分が良くなったようだ。たいそう満面な笑みで、こちらを見ていた。
「――あなたがたみたいな冒険者さんもいるんだなあ」
「え? どういうこと?」と、俺らは顔を見合わせた。
「いや、こうやってごちそうを振る舞う機会は多くあるんじゃが、こうやって褒めてもらったのは初めてで――」
「は!? この肉で褒められないっていうの? それどこの冒険者よ。レイが丸焼きにするわ」
「ああ、いつでも呼んでくれ。俺の魔法で消し炭だ!」
「ふふ――いや、いいんじゃよ。冒険者に、心の余裕がないことくらい知ってる」
「そ、そうか――」
俺は、ラビット肉の骨についた細かな肉を歯で削っていた。軟骨の奥まで、その美味しさは、染み渡っていた。




