第十八話 クエスト
さて、本格的にギルド“アンデルセン”が発足した。
――が、三日経ったが誰も来ない。名前のせいじゃなかったということか。
「エミリー、もう無理だよ。二人でクエストうけちゃわね?」
「う~ん、その方がいいのかしら」
エミリーもギブアップなようだ。
彼女がここまで粘るのは、クエストをやるのに三人以上だと都合がいい、ということの他に、彼女自身もクエストに対して知識と経験がないことを懸念してのことだった。
加えて、俺はわけのわからない異世界人である。これは、パーティーとしては少々心もとない。あるのは、火力だけ。
「確かに、これ以上待つのは、予算的にもしんどいわね……助けを求めるにも、私の知り合いは今絶縁状態の王宮だけ。……やるっきゃないわ」
「とりあえず、なんか簡単に遂行できそうなやつ、探してみないか?」
「そうだね」
俺らは、掲示板の方へ向かうと、所狭しと貼られている張り紙を見た。クエスト募集の一覧は、募集要項のちょうど隣に位置している。
俺は、ちらりと自分のギルド募集を見てため息をついた。
「何ため息ついてんの、探すよ!」
「うし、ええとどれどれ」
しかし、募集要項のどれもが、この国の変なローマ字言語なので、すこぶる読みにくい。
そろそろ慣れなきゃいけないなあと思うのだが、まだ一週間、マジで無理だ……。漢字が恋しい。
「ま、ん、ど、ら、ご、ら……?」
「ああ、それはマンドラゴラの伐採。それは私たちには無理よ。知識が足りないわ」
「り、び、ん、ぐ、でっ、でっ……」
「リビングデッドの征伐ね。それも無理だわ、人手が足りなすぎる」
「が――」
「って、レイ、本当文字読むの苦手ね! この文字、この世界共通語だと思ったんだけど……」
って、だから何度も俺は異世界から来たって言ってるだろうが、と言いかけてやめた。
俺だって、エミリーの立場だったら異世界なんて信じないに違いない。
「もういいわ、私が探してあげる。ええと、これなんかどうかしら? ロック鳥の討伐。最近、この近くでロック鳥がでて、畜産農家の方が困っているらしいわ。コカトリスよりも全然弱いし、いけそう」
「ほほう、倒すだけでいいのか?」
「死体を切り刻んでもっていけば、報酬アップみたいね。それは私の十八番だわ」
「いいねえいいねえ、よし、それでいこう! ええと、この紙をとって受付に行けばいいんだな?」
「ええそうよ。じゃ、いきましょ」
と、俺ら二人は受付に向かった。
***
受付のお姉さんは、頭に大きなフェネックのような耳をつけた獣人だ。話しかけると、ふさふさした耳がもふもふ動いてとても可愛らしい。
猫耳が本当にいるなんて――ここは天国か? あ、いや死後の世界だったか。
しかし、受付のお姉さんは猫耳を前に垂らして微妙な顔をしていた。
「――ええと、このクエスト、お二人で参加されるんですか?」
「ああ、このギルド、まだ二人しかいないもんで……」
「だって、全然メンバー集まんないんだもん!」
エミリーはぷんすこしている。こう言われるのがまるで分かっていたみたいだ。
「このクエスト、ロック鳥がたくさん出現するそうで、お二人だと相当危険なのですが――」
「あー、それは大丈夫。このレイ少年、こんなヒョロヒョロに見えて、すんごく強いから」
と、エミリーは俺の一級魔法士の証明書を奪って勝手に見せた。
「確かに、アンデルセンのお二人は相当強いとお噂には聞いております。あのサモス様を一撃で病院送りに……」
「いや、その節は本当に済まなかったと思っている」
そうか、サモスは病院に行っていたのか。確かにうずくまってはいたが、外傷はそこまでなかったはずだぞ。
とりあえず、この猫耳さんが、俺たちをクエストに送りたがっていないことは分かった。確かに、むやみに行かせて、死んでしまったとかになったらまずいしな。
だけど、エミリーのイライラがだんだんと募っていた。
「ねえ、行きたいっていってんでしょ? 何、まだ何か文句あるわけ?」
「ご、ごめんなさい! そ、そういうわけでは」
「じゃあなに?」
「……分かりました。何かあったら、すぐ逃げてくださいね」
「ふん、分かればいいんだわ」
エミリーは受付を済ませて、クエストがかかれたカードを受け取った。カードには魔法陣が埋め込まれていて、クエストの内容と、クリアしたかどうかをチェックできるらしい。
凄いなあ、魔法の世界。スマートフォンみたいな感じか。
「まったくあの女、どれだけ時間を取らせるのよ――あ!」
と、そのとき、エミリーは誰かにぶつかった。どさっという音が、ギルド会館に響く。相手が、尻もちをついてしまったのだ。
エミリーは、あちゃーと言いながら、手を伸ばした。手を伸ばした先には、金髪の女の子が一人。内巻きにくるっとなったショートヘアーに、俺のローブと同じような形の紫色の服を着ている。エミリーと比べて少々童顔だが――もしかしたら同年代くらいか?
「大丈夫ですか?」と、エミリーは手を伸ばした。
しかし、女の子はふんっと鼻であしらい、自分で立ち上がった。服を手で払いながら、キッとエミリーを睨んだ。
「あなたの目はどこについているんですか。ここですか?」と、女の子は頭頂部を指さす。多分、エミリーがカードを見てて、下を向きながら歩いていたのを煽っているのだろう。
「なんですって! っていうかあなたどこかで――」
「はぁ? あなたみたいな節穴女、知りませんよ!」
といって、女の子は小走りに去って行った。身長はエミリーよりも何センチか低かったが、胸を張って、堂々と歩くさまは、なんとなく大きく見えた。
「何よあの子、謝ってんのに!」
「まあまあ。てか、知り合いなのか?」
「いや、どこかで見たことがあるなあと思っただけ。どこだったかなあ。私、魔法学校と王宮でしか人と会っていないから……あ!」と、エミリーは手を叩いた。
「思い出したわ! あの子、魔法学校で主席だった子よ!」
「へぇー、ってことはめっちゃ強いんじゃん。やっぱ、大手ギルドにいるのかな?」
「さあね……うわ……」
エミリーは、嫌な記憶でもあるのか、虫の居所が急に悪くなった。落第したっていうし、多分思い出したくないことなんだろう。
とりあえず、エミリーには機嫌を直してほしい。彼女の怒った顔は、怖いのだ。
「――今はクエストに集中しようぜ!」
「そうね!」
エミリーは笑顔を取り戻した。こういうさっぱりしているところが、彼女のいいところだ。
俺たちは、草原へ向かった。




