第十六話 ビアガーデン
「――いやぁ、これでやっとなんか地に足がついた気がするな」
「ええ、そうね!」
俺らは、魔法検定試験の受付会場で賞状と、身分証明書カードを貰った。
この異世界での、初めての身分証だ。ようやく、この世界に生きていることの実感が湧いた気がした。
「さて、早速ギルドに行こう――」
「待って、レイ。あなた、本当に時間間隔が狂ってるよね」
上を見上げれば、既に空がオレンジ掛かっていた。
夕方だというのに、街は既に暗く、住民たちは、たいまつを持ち歩き始めていた。
考えてみれば高校生のときは、昼夜逆転してたもんな……。
そう考えると、急に、体中に倦怠感が押し寄せた。
「確かに、今日だけで観光案内、魔法検定試験と、盛りだくさんだったもんな。ちょっと疲れたわ――」
「うん、そうだよね。ほんと、レイは、テンションが上がるとダメだよね」
「そりゃあそうさ!」
と、俺はまた、この国のロマンについて語り始めようとした――が、エミリーに止められてしまった。
「はいはい、わかったわかった。とりあえず、宿の手配と、ご飯を取る場所は昼のうちに決めておいたわ。早速宿に向かいましょう」
「さっすがエミリーさま、痺れるぅ!」
「やめなさい」
ごつんと、俺の頭を彼女は小突くと、さっさと宿に向かってしまった。俺は慌てて後を追った。
***
身支度が終わって、部屋を出ると、エミリーは既に宿から出ていた。
その代わり、俺の部屋の前に、エミリーの地図が置いてあった。ここに向かえ――ということらしい。
急いで宿を出ると、俺はエミリーに言われた通りの場所に向かった。
エミリーの書く地図はとても分かりやすい。俺が間違えそうな場所まで、仔細に渡って細かく書いてある。
異世界人の俺でも、容易にレストランに辿り着くことができた。
「お――い、こっちこっち!」
と、レストランの奥でエミリーが手を振っている。俺は、足早でそこに向かった。
異世界のレストランはどんなものかと、少々怖かったんだが、そこは俺のいた世界の「ビアガーデン」とかなんとか言った場所とあんまり変わらなかった。
お肉が方々でじゅーじゅーと音を立てて、良い匂いのする蒸気を辺りに充満させている。
木でできた、レトロな内装には、肉汁が染みついていそうだ。
充満した蒸気に、俺は生前両親に連れていってもらった記憶をほんのり思い出してしまった。
「――レイ、またそんな、寂しそうな顔してる」
「え? あ、いやいや、ちょっとね」
先に席についていたエミリーは、既に肉を焼いていた。
拳くらいの大きな肉を、焼き目をつけながら丁寧に転がしている。そろそろ食べごろっぽかった。凄いな、まさか俺のために焼いていたのか? ――いやいや、それはさすがにないだろう。それだったら、やばすぎるわ。
「どんどん食べていいわよ。今日は私のおごりだから。というか、あなたのおかげで、金の稼ぎ口ができたんだしね。じゃんじゃん飲んじゃお――う!」
「じゃあ、俺はこれ――」
「野菜!? これ食べなよ、せっかくあなたのために焼いてたんだから」
エミリーはそう言って、俺の方の皿に、今焼いていた肉をごろんと置いた。マジだった。この人、もしかしたら天使の生まれ変わりかも。
「なあ、なんでそんなに気が利くんだ……?」
と、怖くなったので、単刀直入に聞いた。
「えっ、当たり前じゃない? 相手のことを考えて、行動する。レイだってやってくれてんじゃん」
「――!?」俺は言葉を失った。
「魔法教えてなんて無理なお願い、叶えてくれたじゃない。私と友達にもなってくれた。それにね、レイは私の命の恩人なのよ。レイに会わなかったら今頃どうなっていたか。間違いなく、北の森で自棄になって死んでたわ。しかも、これから一緒にギルドも作ってくれる」
「いやぁ、まあ、それは――」
それはこっちのセリフだ。あの森でほとんど死に腐っていた俺を救ったのはエミリーの方だ。エミリーの方が、俺にとって命の恩人だと思う。
よくわかんない不気味な俺に、よくぞ話しかけてくれたものだ。
「――でもまあ、あなたの魔法で、一回洞窟に閉じ込められてるわけだけどね」と、エミリーは恨み言を言った。
「や、あんときはほんとごめんって!」
「クスクス。ほら、早く肉食べなさいよ」
俺は、肉に食らいついた。食べた瞬間、じゅわりと中から肉汁がほとばしる。
外は焦げ目がいい感じについてて、カリカリ。中は、程よいレアで柔らかい。あぁ、久々の肉。久々の肉――!
「むっちゃうまいじゃんこれェ!」
「そう? 良かった」
俺は、むしゃむしゃばくばくもりもり肉を食らった。
***
「――でね、ギルドのことなんだけど……」
「ふむ、むしゃむしゃ」
腹八分目といったところで、野菜を焼いていると、エミリーが話を切り出した。
「ギルドが二人だけだと、ちょっと最初の方のミッションは手こずると思うのよね」
「ほう、つまり仲間が欲しい、と」
「そうそう」と、エミリーは物憂げに答えた。わかる、人を集めるのは、正直だるい。
「人を集めるにはどうすんだ?」
「まぁ、ギルド作ってからでもいいんだけどね。一応、掲示板みたいなのがあって、そこで募集するんだわ。多分、入団希望者は結構来ると思う。ギルドに入れないで困っている人は結構いるし、私たち、一級魔法士だしね」
「なるほど……つまり、どういう人を入れるか……だね」
「それなのよ!」
と、エミリーは急に立ち上がった。俺は、びっくりして彼女を見上げた。店の客の視線が彼女に集中する。
「――あ、いやごめんなさい」
「いや、分かるぞ。俺も、本当こういう作業は苦手だ。なんていったって、人見知りだしな……変な人にも来てほしくない……」
「そうなのよ……まあでも、こればっかりは募集してみてからだよね。レイもちょっと考えておいて」
ああ――と俺は返事をした。レタスみたいな――微妙に違うんだが――葉っぱを一気に食らい尽くす。味はレタスそのままだった。ぼりぼり、ぼりぼり、鮮度の高い野菜に特有の水分がジワリと出てきて、口の中を洗ってくれる。
ああ、美味しい。しかし、これはつかの間の休息に過ぎなかったということを後で思い知らされることになる。




