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第十五話 キング・レイ

「――おい、キング・レイってなんだよ! ってか、エミリーの名前も地味に違うし」

「仕方ないじゃない! あなたの苗字分かんなかったし、私も身分隠したかったし……」

「――おい、何無視してんだ」


 と、目の前の試験官は低い声で呟いた。容赦がなさそうだ。笑いもない。なんだこいつ、さっさと退場してくれないかな……。


「いいか、筆記試験を無視したお前らは、わしが直々に相手をする。殺すつもりで魔法を打ってこい。――まあ、合格は無理だ。諦めなさい」

「だそうよ、キング。やってしまいなさい」

「誰がキングじゃ(笑)」


 エミリーの言いつけに従うのは癪だったが、正直俺も、この手のへんくつじじいは生前のときから嫌いだった。

 いやあ、しかし、異世界。生前の時代は殴り掛かったらお縄頂戴だろうが、「殺すつもりで」と本人がおっしゃるのなら、仰せのままに、いっちょやっちゃおうか。


「ふふ――お前らが何をやろうと無理だがな。なぁ、エミリー?」

「ふん、言ってなさいよ、ばーか」



 俺は、久々に精神統一をした。目をつぶって、手を合わせ、思考を様々に巡らせるために、深く、心の底に入り込む。


「ふはは、こいつ、なにしてるんだ? 魔法陣の生成も行わず――ひょっとして、諦めたのか?」

「あなたこそいいの? 魔法陣を書かなくても――やられても知らないわよ」

「は、言ってろ、エミリー。貴様に言われなくてもやるわ」


 と、じじいも手を複雑に絡ませて、魔法陣を組み始めた。そういえば、俺ら以外の魔法は初めてだな。――俺は少し目を開けて、じじいを観察することにした。


 あれは確か――“印”と言ったか。

 なんか、あれも少年漫画で見たことがある気がする。術の前に、手を交差させて、なにかを呼び寄せるんだよな。つまり、この国の魔法は、忍法に近いのか。


「なんだ、これを見て怖気ついたか。手で、魔法陣が組めるなんて思わなかっただろ。これはわしの得意技だ!」


 じじいは叫んだ。どうやら、“印”ではなかったらしい。なるほど、魔法は普通、魔法陣の生成が必要になるということか。じじいは、それを手でやるために、いくらか手続きを省略できるらしい。


 ふはは――なるほど、となると、魔法の発生スピードは、圧倒的に俺の方が上だ。

 なぜなら、俺の魔法は、魔法陣すらも省略し、直接理法にアクセスするのだからな。


 だが、そしたら、懸念材料はその威力だ。

 エミリーは、「あなたの魔法はやばい」って言ってたけど――具体的にはどんなもんなんだろう?

 俺はもう少し魔法の発生を遅らせて、じじいを見た。


「おい、いいのかレイよ――わしはもうすぐ、極大魔法が組み上がってしまうぞ。そこら辺の魔法士が束になっても叶わないほどのなあ!」


 じじいは、手が見えなくなってしまうほど、高速で魔法陣を編み込んだ。周囲に光がほとばしり、きれいな円形となってがじじいを囲い込む。

 あれはルーン文字っていうんだっけか――凄いな、あんなに細かく、光の輪の中に書き込まれるなんて。やっぱやべえよ、異世界。俺も、ああいうちょっと見た目がかっこいい魔法を使ってみたかったんだよな。


 ――じじいは、魔法陣が組み上がったのか、両手をこちらに向けて、大声で叫んだ。


「極大水魔法、マッディストリームッッ!!」


 突然、じじいの周りの魔法陣がまばゆく光り、スタジアム全域を照らし出した。と同時に、じじいの身体全域から、濁流が吐き出され、勢いよくこちらに向かってきた。


「ふはははは! このわしの水魔法から逃れられた奴は一人だっていない。終わりだ、レイ。そして、エミリー! わしの濁流にのみ込まれてしまえ!」


 濁流がしぶきを上げて、勢いよく押し寄せてくる。確かに、生前の俺であれば、この魔法はひとたまりもなかったんじゃないかと思う。車が何台も流されてしまうんじゃないか。

 あれだけの濁流を一人で発生させるなんて、正直凄い。しかも、あんなにかっこいい魔法陣を組んで……



 ――だがな、甘いぜじじい。


 たった今、お前のおかげで自分がいかに強力な魔法を習得してしまったか、よくよく理解できた。

 やっぱり、「やばい」んだな、俺の魔法は。これで、安心して、能力を放つことができる。


 ――俺は再び、自分の精神に沈思した。



 俺はコカトリスのことを思い出した。

 エミリーに一瞬でずたずたにされたコカトリス。魔法とは、こんなにやばいものなのだ。が、逆に言えば、あの巨大なコカトリスも、「全ては運動である」というこの世界の理法から逃れられない一種の因果な動物だともいえる。


 俺は、この世界の理法に悲嘆した。一切が、変化し、流れていく。この世界の誰もが、この運動を止められない。この、偉そうなじじいも、その一人に過ぎない。


 自然の前に、俺ら一切衆生は、みな塵だ。灰だ。時が過ぎるは、矢の如し。月日は皆旅人で、俺らもまた、旅人だ。刹那――俺の着ていた旅人の服が同調する。編み込まれた魔法陣が光り、光子がスタジアムと共鳴する。



 ――その瞬間、スタジアムの中全てが、炎に包まれた。



「何ィ!?」


 さっきまで、場を占めていた濁流が一瞬にして蒸発した。一瞬、エミリーの呼吸困難が心配になったが、どうやら彼女は自分の風魔法で空気を確保しているらしかった。

 大丈夫だ、まだまだ火力を上げられる


「火属性魔法! インフェルノッッ!」


 俺は叫び、じじいに向かって、意識を集中させた。

 炎が竜のごとく、生き物のようにじじいに襲い掛かる。


「なんじゃこりゃあ! 魔法陣も生成せず――本当に魔法なのか?」


 じじいは、慌てて手で魔法陣を組み直す。だが、急ごしらえの魔法陣では、到底追いつかなかった。

 だが、じじいは諦めなかった。錬成した水を、炎の竜に向かって一生懸命吐き出す。


「どうしたじじい、お前の魔法は、そんなちゃちなものだったのか!」


 と、俺はじじいの発射した水に、少しだけ意識を向けた。すると、水はまた一瞬で蒸発した。

 水で炎が消えるのなら、苦労はしない。消防士だって、もっと仕事が楽になるはずだ。


「はわっ、熱い、熱い、熱い――!」


 と、試験官のじじいは、魔法陣を生成しては、水を噴射した。が、コンマ一秒で、片っ端からかき消える。


「分かった、わしが悪かった! キング・レイ、そなたは合格だ。合格――ッ!」と、じじいは叫ぶ。


 ――ふむ。

 俺はその声に、精神集中を解除しようとしたが、エミリーが手を挙げてそれを制止した。


「おい、これ以上は、本当にじいさんが死んじゃうよ」

「私はどうなるのよ!」と、エミリーがじじいに叫んだ。


「私だって合格したいわ。――ねえ、あなた。私に命乞いしてはどうかしら? このあほレイを止めてあげてもいいわよ」

「むむむ……」


 じじいは難しい顔をする。え、なんだ? 命乞いすればいいじゃないか。それとも、エミリーに何か、因縁でもあるのだろうか?


「エミリーごときに……それは……」

「ふ――ん。じゃ、レイ、もっと火力強くして」

「わわ、わかったわかった! エミリーさま、お願いします! この炎を止めてください!」


 じじいがそう言うと、エミリーは、ふふと笑って、目をつぶった。


「なんじゃ、エミリー。何をしてるッ!?」

「私も、魔法陣の生成なんかいらないのよ」


 そういうと、彼女も精神統一を始めた。しばらくぶつぶつ何かを唱えた後、カッと目を開き、両手を真横に伸ばした。


 そして、大声でその魔法の名前を叫ぶ。


「――風魔法、テンペストッッ!」


 瞬間、スタジアムに風が巻き起こり、芝生の根っこの下から、大地をはぎ取ってしまった。

 バリバリと、雷のような、空気の摩擦音がスタジアム中に響き、こだまする。


 すると、辺りを覆い尽くしていた炎が、すっかり消えた。




 静寂がスタジアムを包む。爽やかな風が、俺たちの間を通り抜けた。

 じじいは、口をポカーンと開けて、俺たちを見ていた。


「なんだこれは……この魔法は一体なんだ」

「さあ、私にも分からないわ」


 エミリーはツンとして言った。


「お主、魔法が使えなかったはずでは……?」

「このキング・レイに教えてもらったのよ。レイは本当はもっと凄いの。今回も、大分手加減しちゃったみたいだしね」と、エミリーは俺の背中をバシッと叩く。


「まあ、相手は人間だったし……」

「手加減……」


 じじいは、頭を抱えて考え込んでしまった。その場にうずくまり、固まった。

 エミリーは、じじいの手を勝手にとって、土をべったりつけて、受験票にくっつけた。


「ほい、これで私たち、合格よね。これで、晴れて一級魔法士だわっ!」


 エミリーははしゃいだ。一級魔法士、確かにいい響きだ。凄くかっこいい。エミリーは、魔法コンプレックスを乗り越えて、更にうれしいに違いなかった。


「エミリー……」

「ああっ!?」


 じじいが呼びかけると、エミリーは怖い声を出して威嚇した。


「――エミリーさま、でしょ。サモス。しばらく、私に近づかないでくれる?」

「はい……エミリーさま……」


 じじいは、その場でうずくまった。サモス、という名前らしい。彼女はなぜ、じじいの名前を知っているのだろうか?

 ――と、俺らは、うずくまるサモスをそのままにして、その場を去った。



 ***



 俺は、エミリーに受付会場に着く途中で聞いてみた。


「なあ、あのじじいと知り合いなのか?」

「ええそうよ。彼は私の王宮の執事」

「ええ!? だ、大丈夫だったのか!? あんなことして」


 俺がそう言うと、エミリーは晴れやかな顔をして、こちらを向いた。怖い、怖いよぉ。


「むしろ、ありがとうね、レイ。私、彼には随分と嫌がらせを受けてきたの。魔法が使えないことをいいことに……」

「そ、そうか……」


 なら、一件落着ってわけだ。

 しかし、王宮の執事ほどの人材が、あのレベルの魔法でわたわたしてしまう、というところを見ると、確かにエミリーの言う通り、俺らの魔法は強力だったのだ。


 ――一級魔法士にも簡単になれた。


「とにもかくにも、これでギルドが作れるねっ」

「……ああ!」


 俺らは足早に、受付会場に向かった。


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