第十三話 ギルド
ちよちよとどこかで小鳥が啼いている。ここは俺がさっきまでいた森と違って、生命がどこにもかしこにも漲っている。
あの森は、もしかしたらタブーだったのかもしれない。武器屋の主人に、あの森から来た、と言ったら、嘘をつくなと目を丸くして怒られた。彼は「北の森」と言っていた。多分相当やばいとこだったんだと思う。マジで動物がいなかった。森が広がってるだけ。あんな巨大なコカトリスも出てきたし。
ハァ――マジで全然わからん。何が常識で、そうじゃないか。
マジで、この街では、俺は文明レベルがほとんど赤子同然なんだよな。偏見にまみれた、赤ちゃん。
――でも。
だからこそ、めっちゃワクワクする。ギルドだってよ。こんなんゲームの世界に入った感じじゃん。凄い、凄すぎる――
まぁ、ログアウトできないんだけどな……。
ザバァン――と、突然噴水の勢いが増した。噴水の縁に座っていた俺は、慌てて離れる。霧みたいな水しぶきが、頬をすこし冷やした。
「エミリー、なにやってんのかな。ギルドの手続きとかやってもらってたら申し訳ないな」
「おまたせ!」
と、エミリーはいつの間にか後ろにいて、肩でごつんとタックルしてきた。
「いったい! なにするんだ――」
振り向くと、そこには鎧を脱いだエミリーの姿がそこにあった。
暗め赤を基調にしたニットの服に、黄色、緑と――多分赤緑黄色がこの国のシンボルカラーなのだ――派手にならないように小さくラインが入っていた。
お世辞にもオシャレとは言い難かったが、鎧姿に見慣れていたためなのか、それとも剛力女に対する偏見のためか、予想よりも随分細くて女性的なきれいなラインだった。俺は、つい目を奪われる。
「なに変な顔して見てんのよ。誰にも見せないと思ったから、こんな服しかなかったのよ」
「似合ってんじゃん。ニット、いいよな」
「え――う、うん」
と、エミリーは下を向いて黙ってしまった。きっと褒められて嬉しかったのだろう。悔しいことに、俺が見惚れていたのはそこじゃなかったのだが――
「っていうか、ねえ、もってきたわよ? あなたの洋服」
「え?」
エミリーは、どさどさと噴水の縁に洋服を置く。
全体的に白っぽい面が多い。ところどころ、鮮やかな緑色も見える。なんだか、すんごく素材がよさそうだ。縫い目がきれいに整った部分が、ちらちらと見える。
「え、こんなに? どっからお金が?」
「鎧の代金よ。あれ、なんか知らないけど、結構高かったみたい。王宮から勝手に持ってって、勝手に売っちゃったわけだけど、大丈夫かしら」
「……」
大丈夫かしら(笑)――じゃないよ。凄いなこの子。でも、確かにあの鎧、高そうだった。鉄にしては錆びてなかったし、輝きが違ったし……もしかしてプラチナでは……
「ま、いいのよ。――で、ギルドに加入する方法なんだけど……」
「ふむ」
「加入には二パターンあって、一つ目は大きなギルドに入れてもらう。この街には色んなギルドがあって、活動も様々あるわ。私たちは魔法脳筋だから、入れてもらうんだったら、武闘派ゴリゴリのギルドに入れてもらう。候補はいくつかあるけど――」
と、エミリーはいきなり微妙な顔をする。なになに、どうした。
「けど?」
「けど――あんまり入りたくないなあ。私、ちょっと色々あって……」と、エミリーは頭を掻いた。
「じゃあ、仕方ないな。二つ目は?」
「私たちで、ギルドを新設する」
「おお!」
ギルド新設、え、いいんじゃないか? え、俺だけのギルドを一から作るってことでしょ? めっちゃありじゃん。すごく燃える。
俺も、小さい頃はよくギルド作って、「卍漆黒愚連隊卍」とか名乗ってたわ。――恥ずかしい……。
「え、エミリー、ギルド作っちゃおうぜ。それとも、何かデメリットが――?」
「あるわ」と、エミリー。
「実は私たち、冒険者ができるかどうか分からないレベルでやばい存在なのよ」
「え?」と、俺は首をかしげる。
「昨日も言ったように、私は魔法学校を落第した劣等生なのね。つまり、自分の実力を示す資格が一つもないのよ……」
「ふむふむ、それはまずいな」
「レイはもっとやばくて、あなたの存在を証明できる戸籍がないから、この国では、あなたは生命としてすら定義されないんだよね。それに、あなたの言ってることが正しいのなら、出身があの北の森ってことになるでしょ? もはや怪物だわ……」
「――なるほど」
本当だわ。エミリーのこと心配している場合じゃない。俺って一体何なんだ。やばいな。もし俺が、ギルド設営の運営だったら、こんな奴にギルド開設させようとはしないだろう。
「じゃあ、無理なんじゃないのか……」
「多分、10年前だったら無理だった。――でも」
「おお?」俺は目を開いた。
「やばいことには変わりないんだけど、最近、新制度ができてね。強力なモンスターが増えてきたから、即強力な人間を働かせられるように、技能テストみたいなのが新設されたの。それに合格すれば、即戦力だと思われるわ。そうすればギルドは作れる。ただ――」
ふと、エミリーは言葉をためらう。
「ま、まだなにかあんのか」
「今までに前例はないわ」
ほほう、前例がない。良い響きだ。すげえ。燃えてきた。
「前例がないって、今までに受かった人がいないってことか?」
「いや、いるにはいるんだけど……みんなちょっとした手違いで資格がなかった人たちだけで、元々周囲からは周知されている人たちだったわ。私たちはそもそもそれすらない。だから、試験官にどんなひどいことをされるか分からないわ」
「なるほどねー。確かになんかめんどくさそうだけど……。でもとりあえず受けてみるだけ受けてみないか?」
「ほんと?」
と、エミリーの顔がパァっと笑顔になった。きっと、俺が同意してくれるかどうか、不安だったに違いない。確かに、しばらくは修羅の途を歩むことになるだろう。
それに、エミリーはなんだか色々と困っているみたいだしな。王族で、しかも最近まで魔法コンプレックスを抱えていた人間が、今は自ら冒険者になろうとしているのだ。
自らそれに飛び込もうとしている彼女に、どうして反対できようか。俺だって、彼女にめっちゃ助けられてるわけだし。やるっきゃない。
「そうだ。そこまで丁寧に解説されて行きたがらないあんぽんたんがどこにいる。さあ、いくぞ」
「あ、その前に着替えてきてね。向こうに、銭湯があるから。その臭さ、門前払い者よ?」
「はーい」
俺は素直に従った。服を持って、俺は銭湯に向かった――これからの戦闘のために。なんちゃってね。
 




