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第十一話 焚き火

 コカトリス――それは大きな鶏だった。


 エミリーがあんまりすぐに倒しちゃったもんだから、良くみえなかったけど、頭が鶏で、しっぽが蛇? ドラゴン?

 初めてあんな大きな生き物を見た。あんなの、テレビでしか見たことがない、ほらあれ、恐竜王国のあの映画。映画の巨匠が書いた、ちょうどあんなやつ。


 でも――もっと凄かったのは、それ一瞬で細切れにしてしまった、エミリーのあの魔法だった。



 ***



「今だ、エミリー!」


 俺は、熱波を読み、コカトリスが来る瞬間を狙って叫んだ。

 エミリーは目を閉じて瞑想にふけっていた――俺の合図を聞いて、目を見開いて立ち上がり、手を前に突き出した。



 グオオオオオオォォォォォォオオオオオオオオォォォ!!!



 木がガサッと音を立てて激しく揺れた。その瞬間、コカトリスは現れた。


「エミリイイイイイイイイイイイ」

「――切り裂けッ! テンペストッッッ!!!!」


 エミリーが叫ぶと、とたんに身体全体から放射状に螺旋状に風圧が膨張し、バチチッと爆竹のような音を立てて疾風怒涛を呈した。空気の刃が辺り一帯に発射され、木々がなぎ倒される。

 ――の、瞬間、俺は目を開けているのがきつくなり、つぶった瞬間に瞬間座り込んでしまった。


 バチチッ、バチイッッッ!


 グゴガッグゴッ――――――



 一瞬にして、森は静寂に包まれた。いったい何が起きたんだ。

 ――俺は、恐る恐る目を開けた。


 すると、目の前に笑顔のエミリーが、Vサインをして立っていた。


「うししっ、やったわレイ!」

「ひょっとして――」


 と、エミリーは指を指した。その先には、バラバラになったコカトリス――いや、血まみれの鶏肉の塊がそこにあった。

 どうやらエミリーは、魔法の発動に成功したらしい。確信はあった。――だけど、まさか本当に成功するとは。


「やったじゃないか、エミリー! すごい、すごいよ!」

「ええ、ええ! 私もびっくりしたわ! 私が、この私が本当に魔法を使えるようになるなんて」


 と、エミリーは袖で、顔を拭った。余程嬉しいのだろう。彼女は鼻水をすすりながら喜んでいた。



 それにしても、この肉塊。本当に凄い。一瞬で八つ裂きになったようだ。切り口が鋭利な出刃包丁で切断したみたいにきれいだ。


「しかし、なんだこの血の量――」

「できるだけ吹き飛ばしたんだけどね。やっぱり巨大怪物だわ。これが精いっぱい」


 ふと見ると、その肉塊の先には、百数本の木々がなぎ倒されていた。鬱蒼としていた辺りの景色は、視界が開けて明るくなった。森はもう――見る影もない。

 そして、倒れずに残った木の肌にはコカトリスの血と体液がびっしりと残っている。こんなに酷い光景を、今までに見たことがあっただろうか。


「それでね、レイ、あれ」


 エミリーが、倒れた木々の向こうを指さすと、おぼろげだが、遠くに塔のような何かを見た。目を凝らしてもはっきりはよく見えないが、なんだろう、オレンジ色の屋根がついているように見える。


「あれは何かの建物?」

「そう。――私の家よ」

「家?」


 エミリーの家ってことは――、そうか、王宮か! ええと、ヘルメス国の王宮かな。

 王宮ということは城下町! 城下町ということは異世界の人間がたくさん! え、マジで? ちょっとワクワクしてきた。なんか、やっと異世界に来たって感じだな!

 もう――ここにきてから、岩と森しかみなかったしな。ハァ――やっとだよ、やっと、この森地獄から抜け出せるッ!


「なあに変な顔してんのよ。そんな大した町じゃないわ」と、エミリーは冷静ぶっていたが、彼女の顔にもぎこちない笑顔が浮かんでいる。魔法を使って、しかもコカトリスを倒したのが相当嬉しかったようだ。

 さっきからずっと、拳を握っては胸に手を当てている。


「ゴ、ゴホン――エミリーだって、嬉しかったんだろ、魔法」

「ま、まあね、これくらい、当然だわ。なんたってあなたに――」

「え?」

「う、いや、いいの。こっちの話。――で、町なんだけど、この距離じゃ今からいったら深夜になっちゃうから、ここで一休みしてから行きましょ」


 確かに、気づけば空はもう、オレンジがかっていた。いつのまにか、夕方か。夕方――空をこうやって眺めたのはいつぶりだろう。

 しばらく洞穴の中で暮らしていたわけだしな、それに時間なんて気にする必要もなかった。きれいだなあ――異世界の空。お父さんお母さんにも見せたかったなァ。電灯のない空は、こんなにきれいなんだな。



「レイ、木を持ってきたから火をつけて」

「え、まさか焚き火?」

「そうよ」

「え、すげえ!」俺はついはしゃいでしまった。


「なに焚き火ごときで興奮してんのよ。え、あなたの国では焚き火しないの?」

「うん、焚き火をすると、警察――あ、いや、衛兵を呼ばれちゃうからね」と、俺は指先に小さい炎をともし、木に放射した。途端に木の枝は燃え上がり、暗くなりかけた辺り一帯をぼおっと照らす。


「衛兵!? ……あなたの国も窮屈なのね……」と、エミリーはしゃがみ込んで焚き火に当たる。焚き火の火は、ストーブよりもずっと柔らかかった。


「まあそうだな。人があまりに増えすぎたから」

「え、あなたの国は何人いるの?」

「んんー、1億3000万人くらい?」

「いちお……」


 エミリーは首を傾げた。随分と難しい顔をしている。そうか……俺のいた世界は、人口も正直桁違いだよなあ……。満員電車とか、きっと卒倒しそうだ。

 ――が、彼女は即座に理解したような顔をして、


「……3000万人もいるのね! うちの国の300倍よ! さぞかし、力のある国なんだろうなあ。統治するのも大変そう」と言った。「一億」を思考から除外したらしい。


「……ま、まあね……」


 俺は、曖昧に返事をした。俺の国の話も、あんまりしない方がいいのかもしれない。政治形態も、王のいる国と、俺の国では違いすぎる。

 なにが悪影響になるか分からないのだ。

 それに――


「エミリーの国では、みんな当たり前のように魔法を使うのか?」と、気になっていたことを聞いてみた。


「ええ、そうよ。この国ではみんなが魔法学校に通っていたわ。――まぁ、私は、落第したんだけどね」

「そうか……」


 やっぱりそうだ。魔法がある世界では、多分想像を絶した権力構造がきっとあるに違いない。魔法ファンタジーものの小説は日本にも多くあって、そのどれもが特異な世界観を形成していた。この世界も、そういうことがあるかもしれない。

 ――でも、俺はそれを聞いて、よりテンションが上がってしまった。


「なぁ、エミリー、落第したんならちょうどいいな」

「なんですって!?!?」エミリーは怒った。俺は慌てて、

「あ、いやいや、その、ごめん。あれだろ? 暇なんだろ? ――だったら、俺を街に連れていってほしいなって」


「いいわよ」意外にも彼女は、素直に頷いた。


「おお、やったぜ!」

「じゃあ、もう今日は寝ましょ。明日、私の国に招待するね。結構これでも、楽しい街なんだから」

「それはありがたい! ――ふあぁあ、今日は疲れた。じゃあ、おやすみ」と、俺は焚き火の横で、寝っ転がりながら言った。


「おやすみ、また明日」と、エミリーもガチャンと鎧の音を立てて、寝っ転がった。


 そうか、この国では、鎧を着たまま寝るんだね……。


これにて第1章が終わりました。

なかなか、前途多難なレイとエミリーですが、楽しんでいただけて嬉しいです。


第2章はいよいよ、二人が街で大騒ぎします。

まだまだ、毎日20時更新でやっていくので、よければ応援よろしくお願いしますっ!


落葉しおり

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