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第十話 エミリー

 ――人生は驚きの連続って、誰かが言ってた。


 父様も、自分の感情が強く揺さぶられたときは、拒絶しないで、ありのままにそれを受け止めて、自分の糧にしてしまいなさいって。


 私にとったら、それは半分あってて、半分は間違ってると、思う。

 やっぱり、嫌いなものは嫌いだし、わけわかんないことだってたくさんある。一国の王という立場の父様なら仕方ないけど、私には、全部は無理。


 だって見てよ、あの男の子。私の目の前にいる、不思議な男の子――レイ。

 私にとっての初めての友達。というか、初めての男の子。私、悔しいけど男の話し相手なんて、父様か執事のサモスだけなの。だから、同年代の初めての男の子って感じ。


 その男の子が、あんなに変わり者なんだから参っちゃうわ。

 だって、なんだっけ、大爆発起こしてんの見にいけば、貧相な服に身を包んだ、ぼさぼさ髪の男の子が「俺は死んだんだ」とか言ってるし。

 生きてるじゃない、って言えば、違う世界――国のことかしら――よく分かんないけど、そこから飛んできたっていうし。でも、嘘ついてないんだよね。顔見れば分かる。彼の顔はとっても切実だった。


 事実、彼は知ってて当然なことも知らなかった。

 彼は、この国も、自分の言語も分かってなかったみたいだし、自分がいつからいたのかもわかんない。おまけに、一切ご飯も食べてないみたいだった。二週間も!


 北の森で大爆発を起こして遊んでんだから、バカなのかも。でも、そうかといえば、強力な魔法みたいなのも使えるし、すごく色んなこと知ってる。ちぐはぐなの。ホント、なんなのかしら?



 ――でも、とっても優しい。



 私が、王家だと聞いても、全然恐縮しなかったし、友達にすぐになってくれたし、とっても明るく話しかけてくれる。こんなこと、今までなかったわ。

 それに私がわがまま言っても、丁寧に教えてくれるし、魔法使えないこともバカにしなかったし、ホント――変な人。なんなのかしら。人生は驚きの連続だわ。


 ごめんね父様――私は彼を、自分の糧にはできない。――友人になりたいの。〈自分の知らないことを知っている彼〉をありのままに受け入れて、それを楽しむ。〈ない〉を〈ある〉ものとして――抽象的に理解して――受け入れて、〈友達〉になるんだわ。

 ふふ、私がこんなことを考えられるようになったのも、彼のおかげ。ちょっと変な感じね。彼の思考が、私の思考を(かたち)作っているみたい――


「エミリー、大丈夫か?」


 と、レイが話しかけてきた。私があんまりにも考え込んでいるものだから、心配になったのかしら。


「ええ、もちろんよ。視界は良好だわ」

「それは頼もしい限りだ」


 彼は、笑った。この笑顔が癖になる。褒めてくれる彼の言葉を、私は明らかに求めていた。


「ええと、声に「大きさ」があるかどうかでしょ? 普段私たちは、何も気にすることなく「声が大きい」って表現を使うわ。でも、「大きさ」はあなたの話でいえば、「空間」なのよね」

「うん、そうそう!」と、レイは大きくうなずいた。


「――よし。ええと、それで、じゃあ、「声」がある「空間」を――んん――満たしてるとかと言えば、満たしてないわ。だって、「声」は見えないもの」

「そうだね」

「少なくとも、声は――わかんないけど――別のものに置き換えられる。抽象的な言葉の何かに」

「そう! そうだよ」彼は、力強く肯定してくれる。


「その別のものは――」



 グ、グウォォォォォォォォオオオォオオオォォォオオオオオ!!!!



「な、なんだ!?」と、レイは驚いて、尻もちをついた。大きな音に、ビリビリと地鳴りがする。

 私はこの雄たけびに、聞き覚えがあった。この声の主は――


「コカトリスだわッ!」

「え!? コカッ――」

「しかも、そうとうやばいやつだわ……」


 コカトリスは大きな鳥の怪物だ。普通、人間でどうにかできる相手ではない。

 王宮の精鋭部隊が何人がかりで、倒せるかしら。長大な魔法を何発も当ててやっと――

 と、考えたところで、私は尻もちをついているレイを見た。彼の国には怪物はいなかったのだろうか、肩を震わせ怯えている。でも、


「あなたなら簡単に倒せるわ」

「え、そ、そうなのか?」

「あんな強力な魔法が撃てるんだから、10匹いたって大丈夫」


 私がそう言うと、彼は、はたと身体の震えを止めて、顎に手をやり考え始めた。ちょっと、考えている場合じゃないわよ。早く立ち上がって!

 声が段々近づいてくる。地響きが強くなり、縦揺れがひどい。あと数十秒でこちらに姿を現すに違いない。


 すると、彼は立ち上がって、何かと思えば、私をまっすぐに見つめた。


「なに?」

「エミリー」彼の声は落ち着いていた。先ほどの、何かを諭す声だ。私は、静かに耳を傾けた。


「よく聞いてくれ。エミリー、怪物は君が、倒すんだ」

「え!?!?」


 落ち着いて聞けるか! 私に倒せですって?

 ――何を考えてんのよ、こいつは!


「ちょ、え、ま、どうやって」

「さっきまでの講義を思い出すんだ。俺は今、自分の魔法を使って、コカトリスの位置を捉えた。目の前に姿を現すまで、後39秒だ。いいね、世界の本質をとらえるんだ」

「世界の本質――?」


 私は、不安になった。


「いい? 今の君なら理解できるはずだ。さっきまでの君には理解できなかった、ある言葉だ」

「え、え、なによそれ……」

「はは、今ここで、腕立て伏せなんかはじめちゃだめだよ」


 ――腕立て伏せ!

 どこかで聞いたような言葉ね、ってあれ、自分で言った言葉だったっけ。


 ――「運動」って、剣を振ったり腕立て伏せしたりする運動のことよね――


 あ……、運動――


 私は目をつぶった。精神を自分の身体の方へ集中させる。

 コカトリスの鳴き声が聞こえる。その声はだんだんと近づいてきた。それとともに、地響きも大きくなって、地面がうなった。共鳴、しているのかもしれない。


 共鳴――そういえば昔、父様と一緒にコンサートに行ったときだった。父様が曲を聞いて、演奏者を褒めるかと思ったら急に、


 ――やっぱりいいホールは良く響くんだな。


 と、コンサートホールを見回してたっけ。あのとき私は、父様をひねくれているって思ったけど、多分、父様の素直な感想だったんだ。

 音は、大地を揺らす。全ては――「運動」だったのだ。


 グオオオオオオォォォォォォオオオオオオオオォォォ……


 コカトリスの鳴き声がこだまする。空気が震え、大地が律動し、私はここに〈存在〉する。私は、身震いした。〈存在〉とは振動である。振動とは運動――


「今だッ! エミリー!」


 私は立ち上がって、前に手を突き出した。


 その手の先に、コカトリスが――現れた。

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