プロローグ ハッピーバースデイ
俺は、あの日のことを今でも思い出す。
18歳の誕生日。家族で祝った、俺の、最後の誕生日。
***
「――ハッピーバースデイ、玲」
父は大きな箱を開けながら、俺に向かって笑顔で言った。中から大きなホールサイズのショートケーキが出てくる。なかなか手の込んだケーキだ。
「ありがとう、お父さん。でも、わざわざ会社休まなくったってよかったのに」
「いいや、息子の大事な年に一回の誕生日なんだ。今会社休まないでいつ休むんだ?」
とぼけて、父は言う。
「あなたは、年中ズル休みしてるでしょ」
と、母。
「でもね、お父さんはね、今日、朝から行列のできるお店で、わざわざ何時間も並んだのよ」
そうだったのか。
確かに良く見れば、箱はいかにも高級って感じの凝った花柄がこしらえてあるし、ラベルに書かれたフランス語っぽい名前も、流行に疎い俺ですら聞いたことがあった。
これを買うのは、相当大変だったに違いない。
「ありがとう、父さん」
俺は言うと、お父さんは頭を掻きながら、
「いやまあ、それは食べてから言ってくれ。じゃあ、早速火をつけるか。おまえ、電気を消す準備をしておいてくれ」
と、言った。
「オッケーよ」
お母さんはそう言うと、部屋の端のスイッチに急いでかけよった。
お母さんが準備オーケーのサインを目で送ると、お父さんはそれに頷いて、丸いホールケーキのど真ん中に鎮座していた、緑色の少年の形をしたろうそくに火をつけた。
ろうそくの糸は、少年の頭からひょろっと出ていたため、頭の上で炎が燃えていた。
――その瞬間、電気が消えた。
「おお、すげえ……」
と、俺はつい口にした。
ホールケーキにどっかりと乗っていた少年のろうそくは、電気を消すとその存在感をより強烈に放ち始めた。
炎はゆらゆらと揺らめいて、ケーキの表面を妖艶に照らし出す。
周りの生クリームは、さしずめ、仮面舞踏会で、王を華やかに彩る、ホールで踊るモブたちにちがいない。
まさに、炎は玉座の上で――正確には頭の上だったが――燃えていた。みなが、この少年=王に敬意を払っているかのようだ。
「あぁ、やっぱりここで買ってよかっただろう。このロウソクは、この店の目玉らしい」
お父さんは満足げに言った。その顔が、炎で照らし出される。
「はやく食べないと、ろうそくが溶けちゃうわ」
お母さんはちょっと焦り気味に、ろうそくに見惚れている俺たちを急かした。少年の頭の上が、少し照っている。
「じゃあ、お言葉に甘えて――」
「いや、歌だ」
俺を制すると、お父さんは言った。すると、お母さんはお父さんに、ふふと微笑みかけて、バースデイソングを歌い始めた。お父さんも、それに追従する。
――ハッピーバースデイ、トゥ、ユー
――ハッピーバースデイ、トゥ、ユー
お母さんの透き通るようなソプラノと、お父さんの調子っぱずれの声。
18歳にもなって、バースデイソングとは、ちょっとこっぱずかしかったが、死んでしまった今も、耳にずっと残っている。
特に、炎を見つめているときには。
――ハッピーバースデイ、ディア、玲――
お父さんとお母さんが、俺の前に手を差し出してひらひらとさせる。ふふ、やっぱりちょっと恥ずかしい。
と、そのとき、ケーキの上では、少しだけ緑色の少年の頭が、一滴、零れ落ちた。
なぜだかそれに、釘付けになる。
――ハッピーバースデイ、トゥ、ユー!
「おめでとう、玲」
「生まれてきてくれてありがとう、玲」
二人が拍手する。大きな音だ。俺も、思わず手を叩いてしまう。
「生んでくれてありがとう、お父さん、お母さん」
そして、炎を消そうと息を吸った。
フッ――
三か月後、俺は死んでしまった。