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馬鹿たれ共の尻拭い

 荷の中から水袋を出し、口を付けながら遺跡を見上げる。今にも倒れて来そうな砂時計型の建造物は、石材のような質感を持つ真っ白な何かで作られていた。


 継ぎ目などは全く見当たらず、巨大な石材から削り出したように滑らかな表面で、地上と接している真南の箇所に入口であろう下り階段が口を開けている。


 何となく触れてみると、奇妙な感覚があった。脈動とでも言うか、何かが流れているような……。けれどそれは物理的に振動として感じられるものでは無い。向きとしては下から上。それもずっと向こう、砂時計の内部で起きている事と何故だか知れる。


 わけがわからず、気持ち悪い感覚だけ抱いた。


 ここに入るのか……。でも、レイドさん達がいるかもしれない。一度一緒に仕事しただけの仲だけど、苦境にあるなら手助けしたい。そうでなくとも、出入口は確保しないと出られないからな。


 それから周りを見渡してみた。遺跡の周辺は、わりと大きく開けてる。森まで五十メートルから百メートル程度の広さで何も無い。不思議に思っていると、土に目が行った。違和感があったんだ。眺めて、踏みしめて、何か違うと思った。でも、触れてみるとすぐ原因に思い当たった。


 あまりにも乾いている。森はすぐそこだというのに、何故こんなにぱさついていて、雑草すら生えていないんだ?


 そしてその事に気付くとまた、不可思議な感覚に襲われた。足の下を何かが流れている。向きは周りから遺跡の方だ。まるで何かが集まっているかのように、遺跡の周りの何処にいてもそう感じた。


 そもそもこの感覚は何だ? 僕は何をもって、何を感じているんだ?


 あまりにも不気味で、身体が冷え切るようだった。


 自分の身体なのに、自分の知らない感覚がある。思えば魔法にしてもそうだ。何故そんなものが使えるんだろう? ただ、そう考えてみるとこの感覚もそこに由来があるのかもしれない。とすれば、魔力か?


 そう言えばマリエラは、魔力は存在する全てのものに備わっていると話していた。ならば遺跡の中や地下を流れるこれも、魔力なのだろうか。


「どうしたの、ハルトちゃん?」


 考え事をしながらぶらぶらしていると、レベッカさんが前に立っていた。


 モデル歩きで近寄って来る。筋肉だるまの大男が。まあそれはいい。さすがに慣れた。


 ちょうど良いから、調査に協力してもらおうか。


「少し付き合ってくれない?」


「あら、あたしと!?」


「そういうボケは要らない」


「冷たいわねえ……」


 遊んでやがるな、全く。




 調査の目的は、遺跡内や地下を流れるこれが魔力なのか否かを明確にする事だ。


 マリエラは、全てのものに魔力が備わっていると言った。


 もし地下を遺跡に向かって流れているこれが魔力なら、この遺跡は魔力を集めている事になる。それを知っている事で、遺跡内での探索が変わるかもしれない。遺跡の機能や作られた意味などをより推測し易くなるかもしれない。


 仕事の目的からは外れてるけど、ついでに遺跡の秘密に迫れる可能性があるなら調べておいた方が良いよね。


 レベッカさんは近付いて来て、目の前で立ち止まる。そしてわざわざしなを作って色っぽく、太い声で言った。


「それで、何して欲しいのかしら?」


「癒術を使ってみて欲しいんだ」


 彼は癒術師だ。その魔力の流れに注目して比較すれば何かわかるはず。


「構わないけど、どうしたの?」


「気になる事があったんだ」


 怪訝な表情は見せた。当然だろうね。


 癒術は僕だって使える。それだけなら、自分で使えば良いんだ。でも、自分のを見ても今一よくわからない。


 例えばそれは、体調の変化のような。顔色の悪さなんて、鏡を見たところで自分では気付けない。血圧や脈拍なんてのも、計測しなきゃはっきりとはしないんだ。


 そんなものを知るのと同じように、他者の魔力を調べてみないと判然とはしなかった。


 詳しく説明しなくても、レベッカさんは癒術を使って見せてくれた。手の平から薄い赤の煙がゆっくり広がっていく。煙は拡散せず、伸びるように僕へと到達し、纏わり付いた。いや、こっちに使ってくれなくても良かったんだけどな。


 魔法としては、体力回復の力だった。疲労が回復するけど、特に何も感じられない。魔力の流れも働きも、見た通りのものだ。


 ただ、これは予想していた通り。遺跡にしろ大地にしろ、触れてみなければわからなかったんだ。レベッカさんにも触れて試してみるべきだろうな。


 近付いて、脇腹に触れさせてもらう。……すごい筋肉だな。思わずぺたぺたと腹筋も触らせてもらう。うおお、がっちり割れてらっしゃる。


「積極的ね……。好いてくれちゃったのかしら?」


「違う! もう一度魔法使ってみてくれない?」


 頬を染めるな! 少っしも可愛くないな!


 レベッカさんは今一度、癒術を行使した。すると、彼の中で動くものがあった。血液のように流れて集まり、そして溢れて薄赤の煙を形成する。しばしそのまま続けてもらい、それが同様のものであると確信を得た。


 やはり魔力だった。この遺跡は、魔力を集めているんだ。


 でも何のために? 魔法を使うためだとしたら、相当大掛かりな魔法になるな。一体どんな魔法なんだろう?


 それからもう一つ。周りから魔力を集めている遺跡周辺では、土がこんな事になっている。そこに因果関係があるとしたら?


 魔力を奪われた土地は、こうなるのか?


 ……由々しき事態だ。


「何かわかったかしら?」


「魔力ってさ、全ての存在に備わっているんだよね?」


 質問に対して質問で返してしまったけど、レベッカさんは気にせず答えてくれた。


「ええ、そう言われているわね。普遍的に、あらゆるものに内包されているというのが通説ね」


「例えば、僕が魔力を全て使い果たしたらどうなるの?」


「全てが使い果たされる前に、意識を失うわ。だから大丈夫よ」


「それでも消費されたら? 無くなったらどうなる?」


 レベッカさんは驚いたように目を丸くした。それから少し考えて、真摯な眼差しで片膝を突いて、目線を合わせて教えてくれた。


「敢えて、はっきり言うわね。待っているのは死よ。魔力を全て失ったものは、存在を維持出来なくなるの。だから、無理な使い方しちゃ駄目よ」


 やっぱりそうか……。話してみて良かった。


 魔力は意思や精神で制御する、内的な力だ。多分、気だとか霊力だとか言われるものと似たような力なんだろう。そしてそれは肉体であったり霊体であったりするものの力だ。それが全て失われるなら、どうなるかなんてわかり切っている。


 同じように考えるなら、やはり魔力が尽きても死ぬんだ。それは、力尽きる事。言葉の意味でも同様だ。




 この事にレベッカさんは気付いてるのかな? 確認して、知らないようなら教えた方が良いね。


 改めて彼を見上げて、探りを入れる。


「レベッカさん、遺跡の周りの大地は……」


 僕の言葉に、レベッカさんは周りを見回す。そして首を傾げた。どうやら気付いていないみたいだ。僕の事に気が行ってて気付けないのか、この事についての考え方がこの世界には無いのか。


 どちらにしても、指摘しないと駄目だろうね。


「どうかしたかしら?」


「死んでるんじゃない?」


 そう話せば、目付きが変わった。素手で土に触れ、少し掘って握り込み、そのばらばらとした感触を確かめる。そして慌てて、今度は森へと向かった。同じように土を掘り、確かめている。


「何て事……。でも、どうして?」


「遺跡だよ。遺跡が魔力を吸い取って、集めてるんだ」


 ばっと振り返り、レベッカさんは僕の目を見た。見開かれ、驚愕したような目で。そして視点は後ろへ、上へ向いて行く。


「本当なの……?」


「確証は無いよ。でも、確信はしてる」


 大地に触れればそこを通って行くものを、魔力を感じられる。そして大地から遺跡へと指を這わせれば、吸い上げられている事が把握出来た。


 どうやら僕のこの身体は、魔力を見る事も感じる事も出来るらしい。目では様々な形に、感覚では振動のようであったり肌のちりちりひりつくようであったり。


 今も触れる遺跡の壁面から、上って行く魔力の流れを捉えている。膨大な量の魔力が、上へ上へと吸い上げられて運ばれている。


 この遺跡は駄目だ。止めるなり破壊するなりしなければ、早晩この一帯の土地が死に至る。


 振り返り、レベッカさんを見た。


「行こう。この遺跡は駄目だ。土地を枯らせる、殺してしまう」


「ハルトちゃん、あなた一体……」


 この遺跡が人間によるものなら、僕には同じ人間として止める責務がある。未来か過去か異世界か、それはわからない。でも、人間は僕だけなんだ。例え異世界から転生したのだとしても、この責任から逃れては生きていられない。


 馬鹿たれ共の尻拭いだけど、人間は一人しかいないんだから。


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