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緊急事態、閉じ込められた戦士達

 怪我人の治療に当たり始めて、三日が過ぎた。日に七人程治療していると、さすがに癒術が必要な程の怪我をしている魔族もいなくなり、ようやく癒術師としての仕事にも目処が付いた。


 報酬は、初日の四人は銅貨五十枚どころでなく払ってくれた。ダークエルフさんの分は破格の銀貨十枚。他三人も銀貨二枚から五枚程くれて、初日だけの合計で銀貨二十一枚も支払われた。思わずあの依頼書の報酬はどういう事だったのかと聞いてみた。


 すると何でも、初日の四人は治療に当たろうとしたのが僕だけだったそうだ。状態を見るなり匙を投げられたとの事で、治療出来るとはミツキさんも思っていなかったという。


 実際やって、癒術だけじゃどうしようも無かったんだ。断った癒術師達の気持ちはわかる。炎も水も地も使った。それだけの魔法を求められる程に重傷だった。僕がどれもこれも使えて良かったよ。


「そういう事情ですので、これはわたくし共からの感謝でもあるんです。ありがとうございました、ハルト様」


 そう言って頭を下げ、そしてふわりと微笑む。


 やあ、お綺麗ですな。鬼だと思ったけど、そんな話なら仕方ないか。必死だったんだね。




 そしてもう一つの依頼の話になった。そっちは単純に、樽いっぱいに水を入れれば良いだけだから簡単な仕事だ。


「水についてはそれ程困っているわけではありませんので、ハルト様の都合の良い時に声をかけていただければ大丈夫です」


 との事なので、ひとまず樽を一ついっぱいにしてみた。


 これが案外疲れる。樽一つがかなりの大きさだった。ミツキさんの肩くらいの高さがあり、横幅も相応に広い。これだけの容量があると、一つで魔力が尽きるわけじゃないけど消耗は激しいな。朝夕に来て一杯ずつ入れて、後は適当にという生活リズムが良さそうだ。魔力の自然回復的な意味で。


 報酬は樽一つで銅貨二十枚だ。宿がこの戦士村では、カーテンの部屋で一泊銅貨三十枚、食事は朝夕二食にすれば銅貨十枚で充分足りる。この計算なら、水だけでも生活出来るね。治療の仕事が入ればその分増えるし、正直護衛と初日の治療分だけで銀貨二十三枚あるから使い切れない。その後に稼いだ分でも充分生活出来るんだよな。


 でも、稼ぐに越した事は無い。のんびりだけど、しばらくこの生活を続けて行こうかな。




 元気になったダークエルフさんは、仲間達に迎えられてまた戦士として戦っている。遺跡で無茶をした結果の事だったそうで、良い薬になったと反省していた。


 魔法が使えるらしく、剣主体で戦っていたのを魔法主体に切り替える事で問題無くパーティーに貢献出来ていると、後日会えた時に聞かせてくれた。仲間達も別れるなんて考えは全く無いようで、彼女を必要としている様子だった。心配は要らないみたいだ。


 五人パーティーが揃って頭を下げて感謝してくれて、何やら照れ臭かった。


 他にも治療した戦士がちらほらと挨拶してくれたりして、いつの間にか顔が知られるようになってしまった。でも、こんななりのおかげで仲間に誘われたりはしない。金に困る事も無く、ゆっくりのんびりとさらに二日程を過ごした。







 朝の一仕事を終わらせて、酒場で朝食を摂っていた。戦士達は遺跡探索に向かうため、さっと食べてさっと出て行く。


 そんな彼らを見送りながら、何かの肉のソテーを味わう。食感は豚に近い。臭みは無く旨味がある食材で、なかなかの美味。


 飲み物は茶、これはハーブティーのようだった。爽やかな緑を感じる香りの、色の薄いのものだ。


 トマトスープとパンも付いていて、銅貨四枚だ。


 この生活も、のんびりと過ごせるのは良かった。良かったんだけど、あまりに暇だった。見る場所が無ければ面白い事も無い。当たり前なんだけど、ここは遺跡に向かう戦士達のための基地だ。戦いが嫌いな僕みたいなのの居場所じゃなかった。


 さすがに時間を持て余してしまい、レヴァーレストに帰ろうかと考え始めていた。そんな朝の事だった。


 ミツキさんが血相を変えて酒場を覗いて、見渡してから走り去って行った。ところがすぐに戻って来て、僕のところへと走って来る。


「ハルト様! どうかお力を貸していただけないでしょうか!?」


「何かあったの?」


「詳しい事は組合の方で聞いていただきたいのですが、重ねてお願い致します! 私は探している方々がおりますので、これで失礼します!」


 それだけ話すと一度深く頭を下げて、彼女は急ぎ出て行った。


 艶々の髪を振り乱すようにして、淑やかな所作も今は見られない。誰か探しているという事だけど、何やらただ事ではない様子だ。正直なところではお断りしたかった。でも、行かないのも今後よろしくないかもしれない。なので、手早く食事を済ませて向かう事にした。




 着いてみると、組合は騒然とした空気に包まれていた。あまりに騒がしく、何を話しているのか聞き取れない。彼らの視線は、ちらちらとだけど片隅に集まった三人に向かっていた。


 一人は女性だった。白金のショートヘアに紫の瞳の、凛とした軽装の戦士。ニット生地のようなホルターネックの白いキャミソールにビスチェ型の革鎧、青いぴったりしたズボン、革製の篭手とブーツ、レイピア、小型の円盾という装備だ。荷物は紐で担ぐように背負う荷袋を足元に置いている。


 目を引くのは大きく開いた背中に生えたコウモリやドラゴンのような皮膜の翼と、形の良い臀部から伸びる先端が矢尻のような長い尻尾か。どちらも色は黒。悪魔か何かなのか?


 一人は赤い髪と髭の男性だ。橙色の瞳で彼女を見上げて、何か話している。彼はずんぐりした見た目からドワーフとわかった。肩に立てかけるようにした太い槍に腕を回していた。彼も防具は革製品中心だ。


 金属製の防具を纏う戦士は案外少数で、ほとんど見かけられない。着けていても胸当てや篭手程度で、金属製で一式揃えるという事はまず無い。音がうるさく、魔物に先手を取られてしまうからだろうか。


 彼の荷物はリュックのように背負う形の荷袋一つだ。少し大きめで、何となくだけど食料が詰まっているような気がした。よく食べそうだし。


 もう一人は組合員で、くりくりした癖のある金髪に緑の瞳の女性だ。ハーフリングであるようで、少女のように見える。


 二人の戦士に挟まれているけど、二人の会話には混ざれていない。愛想笑いを貼り付けた顔で、困り果てていた。


 とりあえず適当な受付に向かい、声をかける。


「いらっしゃいませ」


「ミツキさんに、ここへ来るよう頼まれたんだけど」


「少々お待ち下さい」


 組合員の女性は一旦席を外した。その間は、何となく先程の三人の方を眺める。戦士二人が意見交換しているようで、考えては話し、話しては考えと繰り返していた。


 あまりそちらばかり見ているのもどうかと思って他にも目を向ける。戦士達はがやがやとお互い何事か話し合うようにしていて、仕事に行く様子は無かった。


 一体何があったんだろう?


 不思議に思っていると、背を向けていた受付から先程の組合員とは違う声がかけられた。


「待たせたわね。あたしに付いて来て頂戴」


 思わず振り返れば、黄色の瞳がこちらを見ていた。組合員はそのまま僕の横を通り過ぎ、先の三人の方へと女性モデルのように歩いて行く。一歩踏み出す度に薄紫のポニーテールが揺れ、その先にある肉感的な尻も振られて揺れる。


 唇には鮮烈な紅が差されており、褐色の肌に負けないだけの色を発していた。肌艶は非常に良く、制服がはち切れんばかりの肢体は騒いでいた戦士達の目を釘付けにしている。


 ただし、男だ。思わずのけ反った。


 厳つい顔付きに大柄な体躯、厚く太い筋肉に野太い声。紛う事無き男性であった。


 付いて来いってさ……。行くの? 取って食われたりしないよね?


「早くなさい、ハルトちゃん」


 ちゃん付けされたよ、背筋に来るな……。


 名前知られてるのね。ご指名なので、仕方なく向かう。


「レベッカ。その子も連れて行くのか?」


「ええそうよ。彼、小さいけど凄腕の癒術師なんだから」


 気遣わしげな表情で口にした女性戦士に、レベッカと呼ばれた厳つい男性が答える。


 いや、偏見は持ってないつもりだけどさ。インパクト強過ぎないかこの魔族は。


 女性は中性的な美人だ。声は少し低く言葉遣いも男性的で、胸元や腰回りが見られなかったら性別がわからないかもしれない。


「ほう。お前が言う程なら俺は構わねえぜ。坊主、よろしくな」


「こちらこそ。ところで、連れて行くって何処へ?」


 同じくらいの背丈のドワーフと握手したところで、ふと疑問に思い聞いた。僕はまだ、何も聞かされてないぞ?


「あらやだ。ミツキちゃんの事だから伝えてると思い込んでたけど、もしかして何も聞いてない?」


「すごい急いでたから、緊急だと思って何も聞かずに来たんだよね」


 レベッカさんがようやく説明してくれて、やっと僕は事態を把握するに至った。


 遺跡を魔物が、完全に占拠してしまったらしい。入口を固められてしまい、入れなくなってしまったのだそうだ。入ってすぐのところが部屋で、突破するには少数で多数を相手取らなければならない。そのための人員を組合員が集めているのだった。


 中にまだ、探索中の戦士達がいるらしい。彼らを助けるためにも、まず精鋭部隊で突破する。その必要があった。


 ミツキさんはその精鋭となる戦士を探している途中で、僕に声をかけたというわけだった。良いのかね、僕みたいな新人が混ざっちゃって。


 戦士達がこの三人、と言うより二人をちらちらと見ていたのは、彼らが実力ある有名な戦士だからなんだね。納得。


「済まねえな。うちの奴らが二日酔いになる程飲んでなけりゃ、今頃向かえていたんだが」


「仕方ないわよ、ヘラルド。こんな事になるなんて、誰にも予想出来なかったわ」


 ドワーフの男性は、ヘラルドと言うらしい。仲間が飲み過ぎちゃったのか。精鋭として呼ばれるなら、その仲間達も強いんだろう。惜しい戦力だな。


「それで、ハルトちゃん。頼んでも良いのかしら?」


「乗りかかった船だし、そういう事なら行くよ」


「ありがとう、助かるわ。癒術師があたし一人じゃ、心許なかったのよ」


 レベッカさんは癒術が使えるのか。ベテランそうだし、これは色々勉強出来るかも?


 そんなところに、ミツキさん含めた組合員達が帰って来た。


「駄目です。他には銀級の戦士が見つかりませんでした」


「困ったわね……」


「さすがに俺とソニアに坊主の三人じゃ厳しくねえか?」


 女性はソニアさんね。こっちから聞くまでも無く聞けた。


「仕方ないわね。ミツキちゃん、あなたも来て頂戴。」


「もとよりそのつもりです」


「ありがと。これで五人ね」


「レベッカとミツキも来るのか。それなら充分だな」


 戦士二人は納得したようで、怪訝そうだった表情を消してにやりと笑みを浮かべた。ヘラルドさんは獰猛、ソニアさんは艶然と言った風で、レベッカさんとはまた違った意味で背筋に走るものがあった。


 レベッカさんとミツキさんが一旦奥へと姿を消す。そして戻って来ると、レベッカさんは大型の曲剣を背負っていた。そしてミツキさんは反りの緩い曲剣を腰に、反りを下に向けてベルトに差している。


 二人共緑の上着は脱いでいて、胸当てと革の篭手にブーツを身に付けている。ミツキさんはその上に緑のマントを羽織って来た。荷物はレベッカさんがトートバッグに近い形の一つを持つのみだ。やけに少ない。


「食料と水はあたしが持ったわ。十日は潜っていられるわよ」


 レベッカさんがバッグを見せる。このバッグはマリエラが持ってたのと同じような物なのか。羨ましい、本当に便利だな。


「さ、行くわよ」


「先に報酬を話しておけよ」


「あら、ごめんなさい。一日当たり銀貨三枚でどうかしら?」


 護衛依頼は二日で二枚だったし、単純に三倍か。それだけ危険が伴うって事だろうけどね。


「ま、良いだろ」


 誰からも不満は出ず、急遽編成された即席部隊は出発した。




 こうして結局、僕は遺跡に向かう事となった。戦うのは嫌なんだけど、避けられないだろうなあ。いい加減、覚悟を決めろという事かね……。


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