一つの解決方法
幸せな日々。マリエラと二人で過ごす生活は、その一言に尽きた。お互いあまり多くを求めない性質で、基本的には一緒にいられれば満足。時々散歩したり少し遠出したりして、旅を楽しむ。
そんな風に暮らす内に季節は春を迎えていた。
その事に気付いたのは、マリエラの何気ない一言がきっかけだった。
「マリエラ、重くない?」
「全然。ハルト君はちっちゃいから、すっごい軽いよ」
ベッドでね、くっ付いてたわけですよ。……裸で。大きくて柔らかいものを下に感じながら、いちゃいちゃしていた。
さすがに少しは慣れた。でも、まだまだ鼓動は早くなる。
「ちっちゃくて軽い……」
その言葉に、僕は引っかかった。
「あ、ごめん。気にしてた?」
「いや、全然。そういうわけじゃなくて……」
年が明けて一月になった。僕がこの身体を得て四ヶ月が過ぎている。
……僕は、成長しているだろうか?
「ねえ、マリエラ。僕の背は、伸びてると思う?」
「え? そんなに変わらないでしょ?」
実際、伸びていたとしても二センチか三センチ程度。一年でも五センチくらいしか変わらないと思う。
でも、伸びるんだ。僕は人間なんだから。いつまでもハーフリングでは通せない。これは非常にまずい。
「マリエラ、僕は人間だ。きっと、魔族より成長が早い」
話せばマリエラも理解してくれた。目を大きく開いて、少し慌てる。
「早く大きくなってくれるのは嬉しいけど、ばれるのは困るよね。どうしよっか……」
「すぐにどうこうと動かなくても良いとは思う。でも……、ここにいられるのは一年くらいじゃないかな。それ以上は、ばれる可能性が高くて危険だ」
本当は一年だって危うい。安全を考えるなら半年くらいかな……。
その後も同じだ。一ヶ所に一年もいられない。大人になったって、少しは長く留まっていられたとしてもいつかは移動しないといけない。今度は老いるんだから。
「ごめん、マリエラ。こんな面倒な事……」
「それは全然構わないよ。このレヴァーレストだって、私の本拠地じゃないんだし。……いっそ、実家のある王都に閉じ込めちゃおうか」
にやりと妖艶に笑いながら、マリエラは僕を抱き締める。そうしておいて、口付けた。
閉じ込められるのは、ちょっとな……。どきっとはしたけどね。
でもそうか。マリエラにとっての本拠地は、王都になるのか。レベッカさんや閣下と親しくとも、レヴァーレストは違うんだ。
「いられなくなるくらいに成長したら、他の土地に行こうね。それで大人になったら、王都で暮らそ?」
「うん、そうだね。ありがとう……」
感謝して、また唇を重ねる。
でも、大体一年で移動しなきゃならないのか。それに一度立ち寄ったところには、僕は立ち寄れない。それこそ何年も経って、別人ってくらいに大きくなってからでないと。
それに加えて、身分も偽らなきゃいけない。僕は、ハルトはハーフリングだから。偽ったら、ハルトとして誰とも会えなくなるんだよね。
……そうなったら、僕にはマリエラしかいなくなってしまうんだ。何と言うか、随分重いな。我ながら重い。
何とか明るく、あっけらかんとして行かないとだね。マリエラの負担になるなんて御免だ。
レヴァーレスト気に入ってたんだけどなあ。ちぇっ。
結局、この街を出る日は案外早く訪れた。白海豚亭の奥さんが、少し伸びてしまった背に気付いたんだ。いや、違和感があっただけだと思うけども、これ以上は無理だと判断せざるを得なかった。
マリエラの両親に会う事を口実に、レヴァーレストを出ると決めた。それからは早かった。戦士組合や魔法組合、それと閣下のところにも挨拶させてもらって、僕らは慌ただしく街を出た。
皆また戻ってくると思ってるみたいで、軽い調子だった。年月の感覚が人間と違うんだろうな。それにマリエラもレヴァーレストが第二の拠点らしくて、ちょっとした里帰り程度に見られていた。
でも、少なくとも今の姿で会うのはこれが最後だ。次に会う時は僕の身体が育ってから、大人になってからになる。
少し寂しいね、やっぱり。
「ずっとね、考えてた事があるの」
レストの背に揺られて街道を行く途中、マリエラが僕の後ろでそう切り出した。声音は迷っているような、話し難そうな様子。
「どんな事?」
「一つだけ、今のままでずっと一緒にいられる方法があるんだよね」
「え、そうなの!?」
この小さな、子供の身体のままが良い事かどうかはわからない。でも、ずっと一緒にいられる。まさかそんな手段があるなんて、夢にも思わなかった。
ずっとマリエラといられる、最初で最後の一人になれる……かどうかは僕の努力次第だけども。それはとても素敵で、願ってもない事だ。
「私には出来ないけど、母さんなら多分……出来るから」
余程話し難い事なのか、まだはっきりとは教えてくれない。避けているようにも見える。あまり良くない事なのかもしれないね。
マリエラが望まないなら、残念だけど我慢だなあ。
「母さんは吸血鬼だから。ハルト君を吸血鬼に変えられるよ」
……聞いてしまえば、何で思い付かなかったんだと思ってしまうくらい単純だった。そうなんだよね、お義母さんは吸血鬼だったんだ。
これは悩ましい……。マリエラとよく話し合って決めるべき問題だね。
「マリエラは、どう思う?」
「わからないの。一緒にいられるのはすごく嬉しい。でも、そのためにハルト君を吸血鬼にしてしまうのは、良くないような気がして……」
倫理観のようなものが働いて、マリエラを抑制しているのかも。明確に何が駄目と言えないところに、よく表れているね。
別にいけない事ではないんだと思う。特にこんな世界では。人間はいないし、吸血鬼はマリエラを見ていても特別忌避される存在ではない。お互い夫婦になると決めたなら、むしろ吸血鬼になって一緒にいられた方が良いはず。
でも、良くないような気がするんだ。
それは多分、自然のままのものをねじ曲げる行為への忌避感じゃないかと思う。そういう部分は僕の中にもあるから、理解は出来るね。でもそんなものが二人を分かつのなら、ねじ曲げたって構いやしないと個人的には思うんだ。
「生まれたままのものから変えてしまうのが、良くないような?」
「……うん、多分そうだと思う。ハルト君、ちゃんとわかってくれてるんだね」
「僕も似たような事は考えてるからさ。でもマリエラさえ構わないなら、僕は吸血鬼になろうと思う。ずっと一緒にって考えたらさ、すごく幸せな気持ちになるんだ」
僕の中では、もう決まってしまった。ずっとそばにいたい、永遠を共に過ごしたい。そう思ってしまったんだ。
けど、一つ大切な事を思い付いた。
「あ、でも待って。吸血鬼の血って、美味しくない?」
「え? えーと、多分……?」
「それはまずいね……。ううん、どうしよ?」
「そこで悩むの!?」
「悩むよ? マリエラに美味しく飲んでもらいたいんだ、重要な事だよ」
……うん、保留!
マリエラは嬉しいような困ったような、複雑な顔してた。




