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競技の行方

 結果から言えば僕は案外早く戻れて、決勝戦には間に合った。




 暗殺者は、職業暗殺者ではなかった。


 北の防壁、その北西の端から逃げたエルフらしき暗殺者はそのまま街を南下し、貴族の区画へと向かった。そして綺麗な街並みを抜けて、とある貴族の邸宅へと姿を消す。


 僕は魔術を使って空から追い、その屋根の上へと静かに降り立つ。そして風術を使って中の音を拾った。


「ただいま、父さん」


「戻ったか。それで、首尾は?」


「向こうには勘の良い魔法使いがいたみたい。完全に油断し切った隙を狙撃したのに、邪魔されてしまったよ。多分、あのブラックロード家の女だと思う」


「ちっ。それならば仕方あるまいな。お前だと気取られなかったか?」


「距離は充分離れていたからね。辿る手段なんて無いさ」


「ならば良い。また次の機会を待とう」


 辿る手段はあるのさ、ふふふ。


 暗殺者は、貴族の坊ちゃんだったか。閣下の命を狙うとは、随分大それた事を企てるもんだな。サラダン家に敵対する貴族なんだろうけど、正直まさかと思う気持ちの方が大きい。


 閣下を暗殺しようものなら、リヴァースは大騒ぎになるだろう。閣下の領地での評判とかは特に調べてないからよく知らないけど、王族から任されて統治している侯爵だ。悪政を敷いているようには見えていないし、命を狙われる謂われは無いと思う。そんな統治者が暗殺されたとしたらどうなる? このリヴァースは大いに荒れるだろうな。


 それが狙いか? だとしたら、徒にリヴァースを乱そうとしている事になる。それは立派に反逆であり、この情報だけでも閣下には充分だろう。


 辺りを眺めて、現在地を正確に伝えられるよう把握しておく。閣下がわざわざ頭に入れていなくとも、レナードさんならきっと知っている。それでこの一族が何者なのかわかる。


 決定的な証拠も欲しいけど、何かあるかな。


 持って来た矢をバッグから出して、よく見てみる。形状にはこれと言える特徴が無い。となれば毒はどうか。生物由来の毒だと僕には扱えないけど、鉱物由来の毒なら地術で調べられる。これはどちらだろうね?


 方法は単純だ。地術で干渉出来れば鉱物由来だ。早速試すと、この毒には干渉出来た。これは地術の範疇にある毒物だ。


 ……あ、これで毒も使えるようになっちゃったのか。マジかあ。


 そ、それは置いといて。次に試すのは風術と地術を混ぜた魔法だ。懐中時計によれば、これは合成術と呼ぶそうだ。魔法についての情報は、やはり持っているらしい。ただ、僕らにはそれを引き出す単語が無い。


 以前魔法について教えるよう命じたところ、何について知りたいのかと逆に聞かれてしまった。検索は出来ても、不特定に情報を引き出す事は出来ないらしい。融通の利かない奴だ。


 それはともかく。地術によって情報を得た毒を風術で探す。邸宅中の大気を対象とし、極めて少量でも大気内に含んでいたり、大気が触れていたりすれば見つけられる。


 果たして、毒は見つかった。先程の父親の書斎にある隠し扉の向こう側から、この毒物の反応が微かに感じられた。それだけわかれば良かったんだけど、僕は侵入を試みた。実物を見ておきたかったのと、侵入が簡単そうだった事が理由だ。


 魔術を使えば窓は内側から開けられるし、隠し扉も大した隠され方をしていない。書棚の陰にL字の取っ手があり、それを捻りながら引けば開くという程度の隠し方だ。見た目には、壁にしか見えないようカモフラージュされているけど。


 中からは、薬品の臭いが漏れ出て来た。それは風術で中に戻し、侵入の痕跡とならないようにしておく。自分の周りに薄く大気の膜を作って、臭い移りを防ごう。


 隠し部屋に入ったら、扉は一旦閉める。そして明かり代わりに小さく魔力の球を作って、暗い部屋を照らした。そこは棚が二つある程度の小部屋で、幾つもの大小様々な瓶や金属の箱などが並べられていた。


 これ、まさか全部毒物? はは、そんなわけないよね……。


 奥の壁にはタペストリーが一枚飾ってある。一筆書きに八芒星の印が描かれていた。何処かで見た覚えのあるそれを少しの間眺めたけれど、今一思い出せない。時間も無いし、今は放置しておいた。


 探してみれば、小箱の一つが目当ての物だとわかる。しかし、想定外の物まで見つけてしまった。


 それはアルグリッドの開拓中の村、ミードで僕が出会った毒物だ。


「石化毒……!」


 戦士の一人を石へと変えた、あの毒だ。何故こんなところに、と疑問を抱く。けれど今は考えている時じゃない。急ぎ戻って、閣下達に報告しなければ。







 戻ってみると、ちょうど決勝戦が始まるところだった。しかしマリエラも閣下もこの事態にあってそれどころではなく、完全に気が削がれてしまっていた。


「ハルト君!」


「ただいま。突き止めて来たよ」


「ほう! やるではないか、ハルトよ。突然飛び出して行くから驚かされたが、敵の情報を持ち帰るとは。後程大いに報いるぞ」


「ではハルト様。その話はわたくしめが」


 動くのは、やっぱりレナードさんみたいだね。決勝戦を眺めながら、わかった事全てを話して聞かせた。邸宅の位置や会話の内容は当然として、隠し扉と隠し部屋についても伝えておく。


「何と、そのような情報まで。ハルト様の前では、物を隠す事すら難しいようですね」


「簡単な隠し方だっただけですよ」


 マリエラと閣下は僕の無事な姿を見て、また事態の好転により安心したのか、決勝戦へと気持ちを切り替えていた。さっきまで程テンション高くとはいかないようだけど、二人で笑顔を見せてくれてる。


 一方で僕とレナードさんも笑顔ではあるものの、内心では冷たい炎を燃やしていた。二人共口元には笑みを浮かべているけれど、目が全く笑っていない。僕らは垂れ目がちなんだけど、それがさらに引き下げられていて据わっていた。


 僕は水竜走を台無しにされたように思えて、非常に不機嫌だった。そしてレナードさんは、閣下の命を狙う者を許しはしないだろう。







 眼下に見えるコース上ではエスパルーダさんとハルハスさんがデッドヒートを繰り広げ、メステーさんが抜き去る隙を窺うという構図が出来上がっていた。


 ハルハスさんは蹴る際に、水を押さえるどころか水に押させて前へと進んだ。一蹴り当たりの加速が上がり、それがエスパルーダさんを捉える要因となって現在二位の順位にいる。


 ターン直後の減速からの加速が速い二人に遅れを取っているのはメステーさんだ。突入する角度を緩くすればする程減速の影響は少なく出来るけれど、その分大回りとなって長い距離を滑る事に繋がる。そのぎりぎりを攻めているのだけど、それでは二人に届かないようだ。


 けれど勝機が全く無いわけでもない。最終ターンの後は、ただの直線となる。そこならば有利なのは、速度のある彼女だ。その時まで如何に離されないか。それが鍵になる。理解しているのだろう、位置取りとしては良さそうなところを滑っていた。


 一位でありながら一番不利に見えているのがエスパルーダさんだ。一番最短のルートを先行して逃げ切るのが彼のスタイルだけれど、ハルハスさんが近くにいる。どちらかと言えば、速度を長く維持出来るのはハルハスさんに見えた。ターンで少し離れたとしても、すぐに後ろへぴったりと付いて来る。それくらいに差が無かった。


 そして最後の直線になれば、メステーさんも前に出て来るだろう。エスパルーダさんの表情は厳しい。けれど、口元は笑っていた。




 僕からの報告が終わる頃、いよいよ最後のターンを迎えた。エスパルーダさん、ハルハスさん、メステーさんの順に浮きを回り込み、残るは直線のみ。


 しかし本人だけは気付いていたのだろう。ハルハスさんの表情は悔しげに歪んでいた。そして急速に、他二人から遅れてしまう。彼は、ここまでだった。魔力を使い過ぎたんだ。真っ直ぐただ滑る事しか出来ない。ゴールする時には後続の一人に抜かれ、彼は四位となっていた。精魂尽き果てて、海に浮いたところを三位の選手に担がれていた。


 お互いを称え合って、二人は盛大な拍手で迎えられる事となる。




 優勝争いは、大方の予想通りの二人で行われた。先をひた走るハーフリングと追い縋るダークエルフ。ゴールラインにはゴブリン、エルフ、鳥人という三人の審判が待ち受けており、しゃがみ、屈み、直立して直線に並び、目を皿のように開いて見極める構えを取っている。


 二人の選手は、ほぼ同時のゴールだった。審判三人の間で審議が持たれ、浜に戻った二人は休憩のための椅子に座って癒術による回復を受けながら待つ。


 審議はしばらく続き、観客席もざわめきが包んでいた。そして十分程の話し合いが終わり、審判の一人が高らかに宣言した。


「勝者はメステー選手! ルールには、胴部が目標線に触れたと判断される事でゴールと見なされるとあります! そしてメステー選手の胸が僅かに先行しておりました! 故に、胸差でメステー選手の勝利です!」


 その瞬間、メステーさんの豊満な胸に視線が集まった。彼女は思わず両手で抱えるように隠す。


 ……反応は様々だった。けれど罵声や怒号はあったものの歓声や笑い声の方が大きく、概ね問題無く受け入れられたようだ。


 エスパルーダさんは馬鹿みたいに笑って、笑い過ぎて椅子から転げ落ちていた。息も絶え絶えに何とか立ち上がって、メステーさんの肩をばんばん叩き、面白がりながら称えている。


 こうなると、一番の被害者ってメステーさんなんじゃ……。見えている首から上全部が赤く染まって、両手で顔を隠して恥じらっていた。


 水竜走初代優勝者はダークエルフのメステー選手。決め手は胸。


 ……語り継がれちゃうんだろうなあ。







 その後は閣下から最後の挨拶が行われ、無事閉幕となった。しかしそこにレナードさんの姿は無い。不届き者を捕らえるために、レナードさん自身が向かったからだ。


 僕らは閣下の友人として、そのまま城へと招待される。その内実は護衛として。閣下の居住区域である尖塔のサロンに通されて、僕はそこで待つ。マリエラは同性なので着替えにも同行した。


 二人は始終水竜走の話題に花を咲かせていて、特に閣下は襲撃があった事など忘れてしまったかのようだ。いや、実際忘れているのかもしれないな。あの程度の事、これまでに何度も経験している。そんな可能性も考えられた。だから特別気に留めないとか。恐ろしい話だけど。


 レナードさんを信頼している事もあるだろう。任せておけば、良いようにしてくれる。それも充分考えられるね。


 何にしても、何事も無かったような様子だった。さすがの胆力だ。そうでなければ、侯爵なんてやってられないんだろう。


 念のために魔眼と風術による探知は続けているけど、異常は見当たらない。今日はもう大丈夫かな。召使いの出してくれた茶に口を付けて、ゆっくり過ごさせてもらおう。


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