ほぼ冒険者、初めてのお仕事
担当の猫獣人さんを待つ間、マリエラさんは戦士組合の成り立ちについて話してくれた。
いわゆる冒険者ギルドのようなものだと思っていたこの組合も、その始まりは厳しい現実に端を発していた。
当たり前だけどこの世界にもやっぱり国があって、そしてやっぱり戦争があった。大陸の覇権を巡って幾つもの国が争い、生まれては消えてを繰り返す。民である多くの魔族達はその度に苦しめられたんだけど、もっと直接的に苦しめる要因があった。それは魔物だった。
国の一番の存在価値は民の安全であるはずなのに、戦争に明け暮れる国は民を蔑ろにし、魔物への対処を疎かにした。民は軽んじられ、幾つもの村が滅ぶ。けれど国を動かす王族や貴族達は、また作れば良いと浅く考えて守る事を忘れた。
結局自分達を守るのは、自分達自身でしかなかった。滅ぼされた町や村の生き残り達は、対抗するために身体と技を鍛えた。そして民を守るためだけに戦う戦士となった。
けれど、戦士達も個々では限界がある。間に合わない事や、力及ばず守り切れない事、そのまま命を落とす者も当然あった。
そんな時に、自分達も組織としてまとまって行動するべきだと声を上げる者が現れた。少しずつ仲間を集め、少しずつ組織を大きくし、商人や職人達とも助け合い、彼と彼の仲間達はやがて大きな組合を作り上げるに至る。
国は自分達の自由にならない彼らを認めなかったけど、実際に民を守っていたのは彼らだ。また商人や職人の組合とも連携している彼らには味方が多かった。良識ある貴族達も彼らの後ろ盾となり、いつしかその立場は確たるものになっていたという。
そうしてとうとう認めざるを得なくなり、国は戦士組合を認可した。以来この国の主要都市全てに支部が置かれ、戦士は民を守るための戦力としてだけでなく、それまでに繋がりを持った様々な者達から仕事を請け負う、何でも屋の側面を持つに至った。
ただしそのような成り立ちであるため、一つだけ守らなければならない規則がある。それは、戦争に荷担しない事。攻める戦争はもちろん、守る戦争にも参戦しない。それは国の仕事であり、それが出来ないようなら国の怠慢だという姿勢だった。
魔物から守る事を放棄してまで軍備を整えているにも関わらず守れないなら、国の存在価値など無い。そんなメッセージが込められているんだろう。
「実際には、こっそり守りに行くけどね」
「さすがに黙って見てられないか」
ほっとした。気持ちはよくわかるけど、苛烈過ぎないかと思っていたんだ。でもやっぱり行くんだね。
そんなところで、担当さんが帰って来た。
「登録が終わったわ。階級は始めだから無しね」
「階級?」
聞き返していると、首に下げられる程度の長さの革紐が付いた木製の札を渡された。縦三センチ横二センチ程の大きさで、そこには剣と盾をモチーフとしたデザインの紋章が描かれている。
戦士である事とその階級を表す首飾りらしい。必要がある時にさえ付けていれば、普段は外していても構わないそうな。
「五段階あって、級無し、銅、銀、金、白の順に上がって行くわ。実績も関わるけど、信用の方が重要だからそのつもりでね。失敗よりも不正や裏切りなんかの悪い行いが響くわよ」
随分簡単な登録だったし、信用出来る戦士を得るためのシステムだな。重要な依頼や機密に触れるような依頼をそこらの戦士に任せるわけにはいかないもんね。
大抵はその分報酬が良かったりするけど、そういう事なのかな。
「階級が上がると、報酬の良い依頼が受けられるようになるわ。頑張ってね」
やっぱりね。
そんな依頼は、なるべく遠慮したいな……。ゆっくりのんびり慎ましく稼がせてもらおう。
早速二人で依頼を探す。
戦士と言うだけあって、やはり戦う事になる依頼が多い。狩りや討伐依頼だね。でも商人や職人の組合と提携しているからか、素材の採集や護衛の依頼もある。こっちは僕向きだ。
現在無一文の僕は、一刻も早く依頼を達成してお金を得ないといけないんだよな。マリエラさんに頼るのは今日までのつもりだからね。
そう言えば彼女、何処かに向かってたんじゃなかったか?
「ねえマリエラさん」
「さん、なんて良いよ付けなくて」
「あらそう。それじゃ、マ、マリエラ?」
慣れないよ!
「僕と会った時、何処かに向かってたんじゃない?」
「北にテトって言う村があって、そこに行く予定だったの」
「行かなくて良いの?」
「うーん……。明日の朝には街を出ないとかな」
そっか。それまで付き合ってくれるつもりなのかね。ありがたいけど、何か悪いね。
「あ、この護衛依頼なんてどう?」
「ええと、テトまで……? 連れてく気かい!」
いや、良いけどさ!
テトまでの道程約二日間の護衛が、その依頼の内容だった。
依頼は商人組合を経由して出されていて、信用性はばっちり。出発は明朝。依頼受付窓口によれば他に四人の魔族が受けていて、合計六人になるそうだ。
ここ最近、テトへの街道で魔物に襲われたのだろうと推測される事件が続いているそうで、そのためもあっての依頼らしい。
テトはこれまで特筆するような事の無いごく普通の農村だった。けれど一ヶ月程前に遺跡が見つかった。そのため探索目的の魔族が集まっていて、彼ら目当ての商人なども向かうようになっていた。そうした者達が狙われているのだとか。
護衛対象は馬車一台。二人組の商人で、村に必要な物をレヴァーレストで仕入れて運んで売っているそうだ。そしてテトの村では農作物を仕入れてレヴァーレストで売る。二点間での商いだね。
海洋もののゲームで僕もやったわ。地中海の奥で絨毯と美術品の二点間交易。そこで稼いで外洋に……何の話してんだか。
それはともかく、この二人組も普段なら三、四人程の護衛で向かっているらしい。でも今回は六人から八人程の募集だった。やはり警戒しているんだろう。
マリエラはどちらにしろテトに用事がある。そして僕は報酬を得られるまで、どうしたってマリエラの世話になるしか無い。そんなちょっと情けない事情で、この依頼を受ける事にした。
マリエラには、また何かでお礼したいね。いっそまた一噛み? もうそれでも良い気がするな。世話になり過ぎててさあ。
その日の夜は、部屋でお金について教えてくれた。
「ブレマー硬貨とシルエル硬貨、それにゴートマー硬貨の三種類を使ってるよ。ほとんどの場合材質の名前で、銅貨、銀貨、金貨って呼んでるけどね」
そう言って、マリエラは三種類の硬貨を並べて見せてくれた。確かに銅と銀、金だ。大きさとしては百円硬貨と同じくらい。
「今回の依頼の報酬は、銀貨二枚だね」
銀貨を一枚足して、二枚にして見せてくれる。
きらきらしてて綺麗だけど、マリエラは案外お金持ちなのかな? 金貨を出した袋は、結構膨らんでたぞ。
「百枚で上の価値になるから、銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚だよ」
「銅貨一万枚で金貨一枚ってわけね」
わりと単純で良かった。でもこれ、かさばるね。だからマリエラは、鞄以外にも袋を買ってくれたのか。あれにお金を入れるわけだ。ありがたい配慮だなあ。
ついでとばかりに時間についても聞いてみた。
すると一秒は気持ち短いくらい、五十秒で一分、百分で一時間、二十時間で一日、三十日で一ヶ月、十ヶ月で一年だった。結構違うな。慣れるまで大変そうだ。
「その分だと、何にも知らないんだね?」
「この国とか大地の事も、何もかも知らないんだ」
この際何もかも聞いてしまおう。
「大地? レアリースの事? 大陸ならゴートマーだけど。この国はゴートマー大陸の北西にあるの。名前はアーティマ王国。で、この街はそのさらに北西に当たるリヴァース侯爵領の領都、レヴァーレストね」
この世界の名前はレアリースと言うのか。それはまあどうでも良いんだけど、大陸や国の名前は知りたかったからちょうど良かった。ゴートマーにアーティマ王国ね。
でも頭が混乱して来た……。カタカナ多過ぎ!
「ええと……、うん。ゆっくり覚えるよ」
「そうだね!」
笑う事はないだろう。
翌朝は早々に食事を済ませ、中央広場南に位置する商人組合へと向かった。待ち合わせの刻限は正確に決められておらず、ただ朝とあった。さすがだ、この適当さ。
行ってみれば馬車と商人二人の支度は済んでいた。他の戦士四人はまだ来ていないようで、のんびりと待っている状態だ。
「ロルドさんとクランネルさん?」
「ええ、そうです。戦士組合の方ですね? よろしくお願いします」
この二人が依頼主で間違いないようだ。マリエラの確認に、二人の男性商人が応じた。御者席から降りた二人はまずマリエラと、そして僕と握手を交わす。
どちらもゴブリンで、身長は僕より高いけどマリエラの肩に届く程度。若いのか年なのかは、さすがに見分けられないな。腰は曲がってない。清潔感ある白のシャツに上着だったりコートだったりを着ていて、体格も少々わかり難いけど細身に見えた。
第一印象はお互い悪く無さそうだ。笑顔を絶やさない、営業スマイルだけども。和やかに雑談出来る程度には友好的だ。
ただ、多分僕の事も女性だと思ってるな。言葉とか対応の端々でそう感じた。
僕はそんな顔立ちなんだね。鏡が見れてないから、未だに自分の顔を知らないんだよ。
「今日は天気も良いし、四方八方雲がありません。良い旅路になりそうですな」
「降られないのは助かるよね。濡れると色々困っちゃうし」
「女性のお二人は特にそうでしょうな。万一そんな事になったら、遠慮せず幌の中へ避難して下され」
ほらね。
それから少し遅れて、他の四人が到着した。彼らは組んで仕事している四人であるようで、まとまって姿を見せる。ケンタウロスとオーガの男性にエルフとハーフリングの女性二人という構成だ。
茶の短髪なケンタウロスの彼は人間部分にチェインメイルと革の上着、革の篭手を身に付けている。馬部分にはしっかりした鞍があり、その側面に槍を提げていた。で、鞍にはハーフリングの女性が楽しげに座る。
赤い髪の彼女は軽装だ。鎧らしき物は纏っておらず厚手の上着やズボン程度、武器は腰の短剣と背中のリュックに括り付けた弓矢といった風だ。
それを微笑ましく見守るオーガは黒い坊主頭。全身を革製の防具でしっかり守っている。腰に剣、左手に円盾を装着し、守り重視な出立ちだ。
その柔和な表情はオーガの印象から随分かけ離れているけど、アンナさんの例もあるしあまり気にしないで良いんだろうな。
長い金髪を持つエルフの女性はクールな印象で、三人と距離があるわけではないけど温度差を感じた。深い緑のローブの腰に革のベルトを巻いて短めの杖を提げていて、見た目は魔法使いのようだ。
そして全員が、ハーフリング女性のようにリュックを背負っている。結構大きい。ただ、食料は支給してくれる話だから入れてないかもね。
「済みません、少し遅れましたか」
ケンタウロスの彼が穏やかに詫びた。遅れたと言っても、僕らより二十分も違わない。遅れたと言う程でもないような。
「私達もさっき来たところだよ」
「待ち合わせは朝、ですからな。問題ありませんとも」
マリエラもロルドさんもそう言っている。僕とクランネルさんも同意なので首を縦に振っていた。
「だから言ったでしょ? レイドは気にし過ぎだって!」
「ヘムリは気にしなさ過ぎですよ」
ハーフリングがケンタウロスをレイドと、ケンタウロスはハーフリングをヘムリと呼んだ。それがそれぞれの名前なのだろう。
ひとまずお互いの自己紹介を交わした。それによればオーガはドールブさん、エルフはリリーさんと言うそうだ。
ドールブさんは見た目通りに優しげな印象、リリーさんはクールなんでなくて無口、あがり症であるらしい。自己紹介だけで頬が染まって、とても愛らしい。印象逆転したぞ。
そうしてメンバーが揃ったところで、一行は出発となった。
初めての冒険者的お仕事だ。何事もありませんように……。